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中学1年生⑦ テスト返却

 月曜日になり、早めに学校に着くと、待ち構えていた美空が拓海の席に寄って来た。


「拓海君、改めて土曜日はありがとう」


「いいよ別に。そんなにかしこまらなくても」


 拓海は教材を机の上で整理している間、美空は目を合わせてくれない彼を見つめていた。


「あのさ……」


 その言葉で拓海は動きを一瞬止めて、美空は溜まった唾を飲み込んだ。


「もし……よかったら、また一緒に遊ばない……?」


 美空の言葉は途切れ途切れで単語ごとの間が長かった。唇も振るわせて、彼女の勇気が絞られたのが拓海にも感じ取れる。


(やっぱりそう言うよな、美空なら)


 と彼は再び誘われる覚悟が既にできていた。そして、んん……、と言葉始めを悩みながらも静かに、


「……ごめん」


 2人の作る場が一瞬純白に覆われたと勘違いするほどの静寂に満ちた。すぐに教室のがやでかき消されると、美空は悲しそうな表情で俯いた。


「僕、あまり同級生と遊ぶことに慣れてなくて。実は土曜日が初めてだったんだ、他の人と遊ぶのが。一緒にいるとき、内心ではビクビクしていた……」


 誘いを拒むための言い訳、しかしこの言葉は本当だった。言いかけて拓海は、美空に対する申し訳なさが込み上がり、今にも破裂しそうだった。咄嗟に、


「またっ……」


 と言うと、美空は逸らしていた視線を、横目で拓海に合わせた。


「いつか遊ぼうよ!」


 美空に対するせめてもの励まし。いつか、という不確かな日程を提示して僅かな希望を与える。拓海は本当に遊びたいとは思っていなかった。


 しかし些末な口約束も、美空は肯定の印として好意的に受け取った。


「いつかね。絶対だよ! 絶対!」


 気が付くと美空の顔には喜びの表情が散りばめられていた。幾分か気も昂らせて念を押すと、拓海はその優しさの裏にある欲求に気圧されそうになる。


「うん、いつか遊ぼ」


 雑にその場を濁した。誘いは限りなく断っているに等しいが、美空はほんの僅かに残された希望を既に観測しているかのようで、絶対に遊ぶんだ、という強い意志は態度から汲み取られた。


 拓海が何気なく教材の整理を再開すると、美空は自分の席へと戻って行った。彼が見た美空の顔は、最後まで笑顔を作っていた。教室の後ろ、拓海からは直接見えない位置で美空がどのような表情を浮かべたかは彼女しか知る由もない。


 拓海の視界から美空が完全に退けられる。


 彼女から今の自分がどう見られているのか。


 拓海は怯えて後ろを振り返れなかった。


(いつかは遊ぶ、と言ってしまった。絶対に思い通りじゃないのに美空は納得してくれたのかな?)


 正直な気持ちを全て吐露しきれていない中、美空は拓海の気持ちを尊重してくれた。


 いつか。そのいつかとは、いつなのか? 曖昧の重ね塗りは互いの距離を遠ざけることとなる。


 事実上、拓海は美空を振った。これで良かったのか? 彼はその問いに、イェス、と言えるよう自身を奮い立たせるしかなかった。


 これまで美空との関係は、馴れ馴れしくいる時期と全く話さない時期が周期的に訪れた。


 美空と初めて2人きりで遊び終わった今、拓海は彼女に心を閉ざしてしまった。


 拓海を誘いきれなかったことを残念に思ったのか、美空も同じで拓海と接することはめっきりと減った。教室の後列からただ見つめるだけで、空き時間に拓海に近づくこともなくなった。



 5月の下旬。中学校入学後初めての中間テストが行われる。テスト前は部活動も休止して、全生徒が勉強に打ち込めるよう学校全体が流れを作り出す。拓海はその流れに従がって、休み時間も真剣な表情で勉強に取り組み続け、他者を寄せつけない雰囲気をより醸し出した。


 そんな中、美空がソワソワとしつつも拓海に勉強の質問をした。集中するゾーンに入っていた彼は、美空が自分の机の目の前にいるのにも気づかず、彼女が2回呼びかけたことでようやくノートを書く手を止めた。


 美空は考え込むように教科書を拓海に見せて、彼も質問されたことを、筋道をなぞるように教える。


 久しぶりに人に質問された。そのことが拓海にとっては嬉しかったし、美空との関係性も今のような、馴れ合いにまでは達さず気が付くと離れてしまいそうな関係性がちょうどいいと感じていた。



 やがてテスト当日がやって来た。拓海は休み時間、黙々と教科書を読み込み、ワークブックの問題を何度も反復していたのもあり、テストで確かな手応えを感じていた。


 テストが全て返却され、成績表が担任の先生から配られた。拓海は表の上の方に小さく記された、『クラス順位 1位』の項目を見て内心大きく喜んだが、喜びを完全に抑えつけることはできず、ほのかな笑みに形を変えて表れた。


 教室内は、順位が低すぎて落胆する者や高い順位を取り周りに自慢する者で騒がしかった。1組は成績が悪い傾向にあるらしく、クラス内では出来の悪かった者同士で順位の低さを競うことまで行われていた。


 クラスの後方では、光太郎が皆に演説を行っているかのように、


「俺、クラス順位2位だったぞ! 誰だよ1位は? 出てこい!」


 と成績表を頭上に掲げて騒ぎ出した。拓海は、光太郎が自分の想像以上に勉強ができる、ということに驚いた。小学校時代は全然勉強ができないと言っていた彼が、中学校に入って勉強に目覚めたのか、人知れず努力を積み重ねていたことに、感嘆する気持ちが表れると同時に、自分が勉強で追い抜かされるかも、という危機感を持った。


 光太郎はその後も、1位出てこい、と呼びかけたが、それに応えることはしなかった。ここで自分の成績を言うとについて、拓海はそれを自慢に感じてしまい、自慢をする自分を嫌がった。自分からひけらかすのではなく、自分は言うつもりはなかったが他人が勝手に言うものだから1位であることがバレてしまった、という状況を作りたがった。


 承認欲求が1番満たされる方法を模索していると、美空が拓海の前にやって来て、


「拓海君、成績どうだった?」


 拓海から答えを聞くまでもなく、美空は成績表を覗き込み、


「えええっ、すごい!」


 と乾いた声で褒め称えた。拓海は毅然とした振る舞いで、彼女に順位を聞き返した。


「私はクラス20位だった。全然できていないね」


「そんなことないよ。これから巻き返していけば大丈夫」


 拓海はとりあえず励ました。


 そのやり取りをこっそりと聴いていた唐原が、拓海の前にやって来るや否や彼の成績表を勝手に取り上げた。


「お前すげえな。クラス1位かよ」


 その言葉でクラスの皆の視線が一斉に拓海に向いた。宮浦君なのか、あいつ流石だな、と褒め称えるざわつきが発生すると、拓海は今までになく褒められる快楽に溺れそうになる。


 しかし、唐原を前にして祝福の雨はあっという間に晴らされた。徐に自分の成績表を見せる唐原。その上部には『クラス順位 7位』と書かれていた。


「拓海にはまだ勝てそうにないな。俺も頑張らないと。でも、鈴木よりは順位高かったからそれは安心だな」


 あからさまな嫌味。美空は唐原と軽く口論になった。


「ねえ、私の順位は関係ないでしょ」


「でもお前、拓海に質問していた割には全然成績良くないじゃん」


「それはそうだけど……。私には私の基準とペースがあるの」


「随分と低い基準だね。そんなにのろまじゃ、どんどん成績は下がっていくよ」


 唐原は嘲笑った。


「お前も大変そうだな。こんな奴に勉強を教えなければいけないなんて」


 唐原は拓海を可哀想だと言わんばかりにわざとらしくなだめるが、続け様に、あいつがちゃんと理解できるまで丁寧に教えたのか、と発したことで、美空は拓海を侮辱しようとする目論見に腹を立てた。


「ちょっと、それ私が悪いの?」


 唐原に言った直後、質問相手を拓海に変えて、


「私ってやっぱりしつこいの? ねぇ、どうなの?確かに私は成績が良くなかった。でも拓海君の名誉のために言わせてもらう。拓海君に教えてもらった箇所はちゃんとテストで解けたよ。拓海君に教えてもらわなければもっと点数は低かった。それだけはわかってほしい……。だから改めて訊くよ。私って……、しつこいの?」


 うん、と言えば唐原が喜ぶ。逆なら呆れと失望の眼差しを向けられる。拓海の答えに迷いはなかった。


「そんなことないよ。美空が質問してくれるから、僕も内容を復習できるし。美空に教えることが僕の勉強にもつながる」


 美空は花のつぼみが咲いたように、しんみりした顔を綻ばせた。唐原は自分の意にそぐわないとなると、舌を口内で思いっきり弾き、自分の席に帰ってしまった。


 厄介者を追い払えて一安心する2人。美空は恥ずかしそうに、


「それじゃあ、これからも質問はしていいの?」


 拓海は当然のように、うん、と返した。


 周りは未だにテストの成績で騒ぎ立てられる。拓海が一瞬注目されていたことなど、その喧騒の中ではすぐに淘汰されてしまった。


 拓海への注目度の低下、それが美空にとって都合が良かったのか、彼女は会話の勢いのまま、


「それじゃあさ、今度一緒に勉強しようよ。私の家でも図書館でもいいからさ」


 再び誘いを申し出た。そのとき、拓海の微笑は静かに消えた。1ヶ月忘れていた美空からの誘い、今1度断るのは拓海にとっては心苦しかった。


「まだ予定がわからないから……。わかったら教えるよ」


 拓海は咄嗟に、学校と部活以外で埋まっているはずもないカレンダーに空の用事を書き加えていく。


「いつになったら予定がわかりそうなの?」


「それもわからない」


「……そっか」


 美空は気まずそうに拓海から一歩引いた。美空のその言葉で拓海は、自分が誘いに乗る気が無いのがバレている、と思った。美空の残念がる顔つきは、拓海の心情を察した合図に思えた。


 吐露しきれなかった思いが不本意ながらに伝わったと感じると、美空は話を雑に丸めあげ、


「まあ、質問はすると思うからさ、これからも教えてほしい」


 随分と慌てて言い切ると、彼女は自分の席に戻って行く。


 拓海は美空の願望を素直に受け入れた。質問されることには慣れているし、唐原の監視の目がある意味でストッパーの役割を果たし、過度な馴れ合いにさせないだろうと考えていた。


 最も拒みたい人間のおかげで最も望む形の人間関係が得られるなんて、皮肉なものである。


 拓海は、人間関係にはこだわらないし、特に深めたいとも思っていない。美空とは今まで通り休み時間に勉強を教え合う程度の関係性を維持したかった。

いつも読んでいただきありがとうございます。

毎日朝6時に投稿していきます。

気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします!



三峰勾洋

X:@mitsu_kooyoo

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