中学1年生⑥ 日曜日 回想
美空と遊んだ翌日から
翌日。サッカー部の練習が始まると、拓海はいつものように走り込みから始まる基礎練習を雑にこなしていた。昨日の公園で懸垂をしたせいで筋肉痛になり、動けば動くほど体を苦しめる。それもあってか、拓海はトレーニングに集中できず、隙があればソフトボール部の練習を見ていた。
砂の上で腕立て伏せを行うと、顎を引っ込めて腕と、そして足の僅かな隙間からなら誰にもバレることなくよそ見ができた。
この日のソフトボール部は、白髪の外部コーチの男性が来ており、練習中の雰囲気はピリついていた。その空間には当然、美空の姿も見えた。彼女はテキパキと動き、彼女であるとはっきり区別できるほど大きな声を出していた。
拓海は、精力的に練習する彼女とは対照的な、士気の下がった自分の練習を惨めに思いながら、このまま惨めで構わないかも、と自分の素直な気持ちを肯定した。
一通りの練習が終わると、拓海はベンチに座って両肘を膝に置き、両手に顔を載せて休憩をした。彼はまたもやソフトボール部の練習を見ていた。見つめ続けて石像のように動かない彼の隣には倉石が座る。
「どうした? ソフト部ばかり見て。サッカーに飽きたのか?」
口以外微動だにせず、拓海は言い返した。
「そうかもしれない」
「それともソフト部に可愛い女がいるのか?」
「知らないよ」
「鈴木さんとか可愛いじゃん。お前仲良いだろ」
「それ先週田崎にも言われた」
「そうか、ごめんごめん」
倉石も田崎や光太郎のように、拓海を本気で陥れてやる、という気概は全くなく、あるのはその場の雰囲気を和ませるための冗談だけ。
倉石が拓海と一緒にソフト部の練習を見つめていると、そこに唐原が興味津々で近づいてきた。唐原が近づいても、拓海は相も変わらず動かなかったが、倉石はハエを追い払うように手で唐原を制止させた。
唐原の声を聞くと、拓海は1年前の帰り道、美空の悪評を聞かされたことを思い出す。
しつこい。美空に対して今まで感じたことはなかったが、彼女のしたいことに付き合ってあげた拓海は、その感情をふいに過らせた。
(今にして思えば、美空はわがままだったのかな……)
拓海は、しつこいとは感じていなかったが、同時に退屈を感じていた。もっとも、後先考えず図書館に行こう、と提案したのは拓海であるし、自分にも非があることは認めていた。
考えに耽る拓海の目を、唐原はいたずらに手で覆った。目の前の視界が乱されると、拓海は我慢できず唐原の手を掴み、砕けそうなほどいっぱいに力を入れた。唐原は慌てて手を大きく振りほどく。
「痛いよ。俺の骨をへし折る気か」
「それなら僕の休憩を邪魔しないでよ」
拓海は不満そうに言うと、唐原が畳みかけるように問いかけた。
「ソフト部の方ばかり見ているのが休憩なのか? あの中に気になる女子でもいるのか? そういえば鈴木美空の奴、ソフト部に入ったよな。あいつとはよりを戻したのか?」
拓海が全く応える素振りを見せないのを良いことに言いたい放題であった。よりを戻した、それはあながち間違いではないが、拓海はこのまま関係性を発展させるべきか悩んだ。
「なぁ、最近どうよ。鈴木との関係は?」
唐原から催促された拓海は、美空との交友がバレたくない一心で、
「別に、あの人といても面白くはないよ。僕だってあの人のことが好きで関わっているわけじゃないし」
と、これ以上深堀されないよう念を押してそう言ったが、その言葉には少しばかり本音も含まれていた。
拓海が美空をついに否定した、と思いあがった唐原は、そんな彼女の不幸を歓迎するかのような笑顔を見せた。唐原は拓海の肩に腕を添えたが、拓海は唐原の肩には一切触れようとしなかった。2人の体が密着すると、唐原は拓海の耳元でささやく。
「去年言っただろ。あいつに関わるのはおすすめしない、って。お前は1人でもやっていけるんだし、あいつに振り回される必要は無いぞ」
久方ぶりに飛び出す唐原の嫌味。1年前の拓海なら、その場で不快感を露わにしていただろう。しかし、彼は肯定も否定もしなかった。
美空の誘いを断り切れなかった結果、美空のしたいことに振り回された。彼女の家に居た時間、そして公園にいた時間を自分が本を読むのに費やしていたら、どれほど有意義だっただろうか。
それでも唐原の前で肯定と捉えられる発言は慎んだ。拓海は、知らん、と一蹴して虚空を見上げると、ユニフォームの胸元を握り締め、嘆きたくなる気持ちを抑えた。
練習が終わり、校庭脇の水道でタオルを濡らす拓海。彼がタオルの水を絞ると、練習終わりの光太郎が乾いたタオルで顔の汗を拭いてやって来た。
「お疲れさん。サッカー部の練習は終わりか?」
「うん。今日も疲れたよ」
「そうか。俺も練習は終わった。本当に疲れたよ。腕痛いし」
光太郎のユニフォームは泥だらけで、白い下地の半分は茶色に染められていた。
拓海はその容姿に驚いたが、光太郎は泥を名誉の勲章と言わんばかりにどこか誇らしげだった。光太郎もタオルを水で濡らすと、それを首に巻いた。
水道の傍、木の陰に2人は座った。仄かに濡れた肌はたなびく風に当たり、程よく涼む。
無言の間。拓海が隣を見ると、光太郎は手を入念に揉んでいたが、その顔は爽やかであった。そんな姿が拓海には、あらゆる物事を受け入れる広い器のように思えた。
「あの、光太郎。相談したいことがあってさ。いいかな? 疲れているところだとは思うけど」
「んっ? あぁ、気にするな。相談なら乗るぜ」
拓海は、ほっ、と一息つくと、頭に美空との出来事を過らせた。
拓海よりも交友関係に広く、かつ信頼を置く光太郎なら、たとえ美空の交友関係を話しても外に漏れださないだろう、という確信を持っていたため、拓海は昨日の事を素直に話した。
「昨日、鈴木美空の家に行って一緒に遊んだんだけどさ、率直に言うと楽しくなかった……と思うんだよ」
「何だよ。随分と曖昧な言い方をして」
「まぁ、遊んだことっていうのが、家に行ってタブレットでゲームして、飽きたら公園でソフトボールの練習に付き合わされた。あと図書館にも行った」
「ほぉー、割と楽しそうだけど、イマイチだったということか」
「うん。それで相談なんだけど、僕は美空に、つまらなかった、と素直に言うべきなのかな? それとも楽しかったと言うべき?」
光太郎は顎に右手を添えてしばらく地面を見つめた末、
「俺は、素直に言った方が良いとは思うな」
拓海と光太郎は互いを意外そうな目で見つめた。
「そもそも何で拓海は自分の気持ちに嘘をつこうとするんだ?」
「いや、僕は今まで遊びに誘われたことが無いからさ、せっかく誘ってくれたのに誘った人の気持ちを踏みにじることにならないかな、って心配しているんだよ」
「何だよ、それ。俺だって友達誘って遊ぶことはあるけど、誘いに付き合ってくれてありがとう、って感じているぞ。むしろ誘う側の俺が気持ちを踏みにじっていないか怯えているくらいだし。多分だけど、誘う側は相手の素直な反応を聞きたいと思っているはずだよ。本心じゃないと次誘っていいのか、誘うとして今までとは変えた方がいいのか、この辺がわからなくなるし誘う側が困ると思う」
拓海が目を大きく開けて納得していると、光太郎は付け加えるように、
「でも、誘う側の意見としては、やんわりとした言い方にしてほしいなあ。例えばストレートに、つまらん、って言われたらちょっと悲しいかも」
つまらん、と言うときだけ光太郎は目を細めて喉に籠るような声を発した。
「結局は半々ってことでいいのかな?」
「そうだな。何事も極端になりすぎるのは良くないと思う。塩梅は考えろよ」
軽く忠告をすると、光太郎は微笑を浮かべ、野球部の練習コートに戻って行った。
彼が去った後も、拓海は木陰で思慮を巡らせていた。振り返れば、美空と遊んだことに対して光太郎は何もからかうことなく、驚きもしなかった。拓海と美空が仲良くしていることを、さも当然のことのように扱っていた。
意図的にそのことに触れなかったのか、疲れてそのことを掘り下げ忘れたのかはわからない。
ただ、変に気を遣われなかったことが、拓海にはありがたかった。
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三峰勾洋
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