中学1年生③ 約束
月曜日。拓海が学校に行って席に着くや否や、美空が彼の方に駆け寄った。まだ教室には人が半分もいなく、唐原をはじめとするサッカー部員たちも登校してはいなかった。
「ねえ。拓海君サッカー部に入ったんだね。私ソフトボール部だからさ、拓海君の練習姿、見えたよ」
「僕も美空が練習しているところを見ていたよ。自主練習までして熱心だね」
「うん。今はソフトボールが一番楽しいかもしれない」
「それは何より。夢中になれるものができるのは良いことだよ」
美空は部活の話から声のトーンを変えることなく、
「ところで提案なんだけどさ、今週の土曜日、私は練習がないの。サッカー部はどうなの?」
拓海はふと予定を思い返し、
「サッカー部も練習はないよ。だけど代りに日曜日の練習がある。うちの顧問が春の大会の役員をやっていて、出張があるから土曜日はなくなった」
「私も同じ。それならさ、土曜日、一緒に遊ばない?」
その言葉は突然だった。小学6年生のときに1度も遊んだことがないのに、中学生になって早々に誘いを受けること、また初めて誘われたことに拓海は困惑した。根暗な自分でいいのか、と一瞬だけ悲観的になった。彼は困惑という酔いが醒めないまま、覚束ない返事をして首を傾げる。
「なっ、何で急に?」
「何でと言われても、遊びたくなったから。それしかないでしょ」
「いやそうじゃなくて、何で僕なんかと一緒に遊びたいのかを、知りたい……」
拓海は話途中で言葉尻がすぼみだした。彼の戸惑いに、美空は言葉を濁すように言った。
「拓海君はさ、モバイルゲーム結構やっているでしょ」
「まぁ、そこそこはね。最近はあまりやっていないけど」
「その……一緒にゲームしたいなって……」
今度は美空の言葉尻が弱弱しくなった。明らかに何かを誤魔化す素振りだが、拓海はその何かに突っかかることはせず、
「ちょっと時間がほしい……」
と考えを濁して、半ば否定的に応えた。
それでも美空は拓海の迷いを物ともせず、
「私の家で遊ぼ! ねっ!」
と言って身体を乗り出し、にっこりと笑った。
互いの顔が近づき、拓海は動揺で何度も瞬きをした。顔の距離が20センチほどまで近づくと、美空の興奮が落ち着きだす。冷静になると、恥ずかしさからかすぐに拓海から目を左に逸らし、顔を紅潮させた。
「ごっ、ごめんね。変な詰め寄り方をしちゃって……」
美空は拓海の方をチラチラと見て、彼に見せる左頬を左手で隠した。彼女のひどくおどけた仕草に、彼は注意しようにも躊躇いを露わにする。
「いいよ。あんまり心配しなくて」
拓海が優しくなだめると、美空はゆっくりと顔を拓海の方に向けて、
「それじゃあさ、私と遊んでくれる……?」
興奮と冷静の落差に情報が処理しきれていないのか、拓海の、時間がほしい、という要望を退けてそう言った。会話の始めと比べて、美空には威勢がなかった。今の誘いは勇気を振り絞った末のものであることを察すると、拓海は尚の事黙りこくる。
美空の震える唇と今にも泣きだしそうな顔が、返事を半ば強制的に差し迫った。拓海が考えを咀嚼している間にも、美空は頻繁に「ねっ、ねっ」と言って、拓海にイェスを求める。
堪らず彼は、
「……まぁ、いいよ」
と言ってしまった。美空の誘いがあまりにも積極的なので土曜日の午後、拓海は誘いを受け入れてしまった。
約束が結ばれると、次はスマートフォンを持っているかという話になった。拓海はタブレット端末しか持っていないのに対し、美空は自分のスマホを持っていた。その確認ができると、美空は土曜日の流れをざっくりと示した。
「じゃあ、当日は学校に集合しようよ。スマホで連絡が取れないなら、一緒に私の家に行こうよ!」
「いいと思うよ。集合は何時?」
「拓海君の好きにしていいよ。でも、あまり遅くはならないでほしいかな」
「それじゃあ、正午は?」
「いいよ、決定! それじゃあ、土曜日はよろしくね!」
約束はあまりにも大雑把にまとまったが、すぐに忘れてしまいそうで、何度も脳内でそれを反芻させる。
拓海は、美空に予定の管理を任せていいのか不安になった。
それでも彼女の心底嬉しそうな笑みを見ると、彼は何故だか嬉しさを込み上げて、頬を赤らめた。
拓海の中に募る不安はそれだけではない。サッカー部の練習のとき、美空との関係を久方ぶりに盛られていじられた。もし遊んでいることが知人に見られたら、どれほどいじられるのだろうか。どれほど嫌味を言われるのだろうか。美空にもからかいを被ることになるのではないか。
1つの不安から幾つもの不安が派生されると、彼はこめかみから額を包むように頭を抱えて、増殖する懸念を抑え込んだ。
そして、囃し立てられようとも彼は吹っ切れて気にしないと心に何度も誓った。
そもそも、美空はそのへん吹っ切れ散れているのだろう、と不確かな仮定を心の隅に放り投げながら。
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三峰勾洋
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