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中学1年生② サッカー部入部

 サッカー部は校庭の4分の1区画を使って練習しており、荷物の置き場所は校舎1階で校庭の側にある多目的室を使っている。


 練習が始まると、長方形の練習スペースの端に置かれているサッカーゴールを4つ、長方形の頂点を作るように置き、いつでも試合が行えるよう備えることとなる。


 平日の練習では、先輩の指導による練習スペース外周の走り込み、筋力トレーニングといった基礎体力作りが主となり、あまりボールに触ることができず退屈であった。


 土曜日は朝8時半に多目的室に集合した。靴を履き替えて準備体操をすると、いきなり練習スペース外周を20周走った。経験を重ね、走り慣れている先輩とは違い、拓海たち1年生は皆で固まってゆっくりと息を切らしながら走る。サッカー経験者の拓海でも先輩には追い付けず、やがて先輩全員に1周差をつけられた。


 何とか走り終えた1年生を、ゴール地点で待っていた先輩たちは優しく、お疲れ様、と声をかけた。1年生の中だと、田崎と倉石が特に早く、拓海がゴールに着いた頃には既に休憩も10分で、切らしていた息も回復していた。そして誰よりも遅く走り終えたのは唐原であった。


 唐原の体力を鑑みて、休憩時間は5分増やされた。拓海と田崎、倉石は同じベンチに座り、他の部活動を眺めている。その間に唐原は、体育館裏の水道で溢れる水を口に含んでいた。


 校庭では、サッカー部とソフトボール部、野球部、陸上部が練習しており、各部で校庭の4分の1ずつを使用している。ベンチに座っているときには他の部の練習を眺める。それがサッカー部員の休憩時間の過ごし方であり、先輩もそうしていた。


 野球部の方を見ると、光太郎が他の先輩を圧倒するほどの叫びをあげた。試合になるとバッティングの精度も抜群で、打たれた球は野球部の練習スペースギリギリまで転がり、守備も他の部の練習に干渉しないように注意を払うので精一杯であった。その野球技術の高さに他の野球部員も唖然とし、その様子をサッカー部員はベンチから興味深そうに眺めていた。


 光太郎の野球を初めて生で見る拓海は、光太郎自身が自分のことを自慢げに語ることがなかったのもあり、田崎に顔を合わせて絶句した。


「光太郎ってあんなに野球上手いの? 何か想像以上だったんだけど」


「俺もあいつの野球は初めて見た。上手すぎて言葉が出ねえよ」


 衝撃を受けている田崎の肩を叩くように、倉石が光太郎のすごさを、自分のことのように語った。


「あいつは、小学校の頃から甲子園を目指せるぐらいには野球が強かったからな。本人は甲子園を目指すつもりはないらしいけど、勿体無いなとは思うよ」


 拓海は、そうなのか、と意外そうな目をした。


 次に彼らは、サッカー部の横で集団に並んで走っているソフトボール部を見た。部員は女子しかおらず、前列に先輩、後列にいくに従って1年生の割合が増えた。「1、2。1、2」と甲高くも力強い声が響く。


 拓海は顔を前かがみにして、彼女らの集団走を注意深く見ている。


 最後列に髪を1本に束ねた美空がいるのに気が付くと、同時に見てはいけないものを見たような後ろめたさを感じた。拓海の横でソフトボール部を眺める田崎と倉石は、彼女らを眺めて妄想に浸った。


「なぁ、倉石よ。ソフト部楽しそうじゃねえか?」


「ああ、わかるよ。走り込みも楽そうだしね。絶対に20周も走っていないだろ」


「くそー、俺も女子に混ざりてえよ。何でサッカー部も女子部員がいねえんだよ」


 拓海の気まずさを余所に2人は嘆いた。


 休憩が終わると、サッカーの練習メニューが再開された。まず、体全体の筋肉をよく伸ばして、ストレッチを入念に行う。


 次はペアを組んでインサイドキックの練習となる。先輩からの指示出しが行われると、周りの者はすぐにペアを組み始めた。先輩は先輩同士で、1年生は仲の良い者同士で。田崎と倉石は2人でペアを組んでしまい、拓海はまだペアを組めていない。彼と同じでペアを組めていない者は唐原だけだった。拓海は、唐原を見た瞬間に侮蔑的な表情を浮かべて、拒もうとしたが、周りは皆ペアを組んでしまっていて、余り者同士でペアを作るしかなかった。]


 拓海の曇った顔つきとは対照的に、唐原の顔つきは非常に嬉しそうだった。それがまた拓海にとって憎たらしく、唐原の品の無い言動に振り回されることを恐れた。


 その恐れは不本意にも芽生えてしまう。部員はペア同士横1列に並び、ペア同士では約10メートルの距離を、他の部員間ではぶつからない程度の距離をとって、練習スペースにバラけた。


 嫌々ながら、拓海は右足の内側を正面に向けてボールを蹴った。ボールの軌道は、正面の唐原が動く必要もないほど正確であった。


 唐原がボールを蹴るとき、右足首のひねりが浅く、ボールは大きく右側に逸れた。唐原は、悪い悪い、とわざとではないことを先に提言しつつ、へらへらと謝る。拓海は仕方なく逸れたボールを追うが、唐原の蹴ったボールの軌道と他のペアのボールの軌道がちょうど重なり衝突、ボールは弾けた。ボールを遮ってしまったのは先輩のペアであり、拓海は顔を3回素早く首を振って謝った。


 その後も、唐原のデタラメなボール捌きに翻弄され続けた拓海は、仕返しにボールを大きく右側に逸らせて蹴った。拓海はわざとらしく謝ることもしない。一方の唐原は、やる気なさそうにボールを取りに行った。


 初めてのインサイドキック練習で、拓海の中の士気が大きくかき乱されたのは確かだった。


 インサイドキック練習が終わると、学年ごとに集まって円形に固まりパス回しを行う。拓海に多くパスが回されるが、彼は決して唐原にはパスを回さなかった。他の部員はボールに夢中でそのことに気がついていないが、唐原は拓海を見つめて不満そうな表情を浮かべていた。


 一連の基礎練習が終わると、先輩がお手本となり試合が行われた。新入生はベンチで座りながら、先輩が3人対3人でボールに集中している。


 拓海は少し集中力が切れてしまい、サッカーコートの奥で休憩するソフトボール部の練習に注目する。


 背の高い女子がキャプテンらしく、その人が他の部員に慕われており、顧問が不在の休憩中には、部員からピッチングや走り方など、ポジションに関わらず相談を受けている。


 美空も相談者の1人のようで、気さくに話しているのが見え、その光景を拓海は気にかけていた。


 キャプテンと美空が話していると、2人がサッカー部のベンチを見つめているのがわかり、途端に拓海は目線を逸らしてサッカーコートに注視する。その様子を田崎に不審がられた。


「おい、お前どこ見てたんだよ」


 拓海は、ビクッ、体を痙攣させて誤魔化すも試合を見ていないことはバレていた。


「まぁ、ソフトボール部には鈴木さんがいるしな。お前やっぱり気になっているの?」


 田崎の問いかけに、拓海は声の抑揚をかき消して否定したが、内心怯えていた。


 美空との関係性が盛られている。こう揶揄されるのは久しぶりであり、拓海も忘れていた苛立ちの種が芽吹きそうであった。


 拓海は、一瞬田崎の顔を見ると、真剣な目で先輩の試合を見ているため、田崎の集中を逸らしてまで文句を言うことができなかった。


 拓海も一緒になって先輩の試合を見ていると、自分の未熟さを痛感したが、同時に先輩のプレイに夢中になっていた。


 高まる胸の鼓動に、いつしか自分をいじってきた田崎に対する不信感は砕けた。



 この日は先輩と新入生を交えて、5人対5人の試合を行い、正午前には練習が終わった。自主練習で残る者もいたが、拓海は多目的室に戻って荷物の整理をした。


 帰り際、ソフトボール部が練習する横を通って行くと、自主練習に励んでバットを振る美空の姿があった。逆光で表情が上手く読み取れないが、汗のしぶきが光で輝き、彼女のシルエットは非常に美しかった。

いつも読んでいただきありがとうございます。

毎日朝6時に投稿していきます。

気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします!



三峰勾洋

X:@mitsu_kooyoo

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