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中学1年生① 4月 入学式

挿絵(By みてみん)

 卒業式から1ヶ月が経った4月6日。拓海は慣れない学ランの袖を通し、家の前の通学路を歩いて、美登中学校へと向かった。


 美登小学校とは街道を挟んだ対象側に位置するそこが、拓海たちの新たな青春の1枚目を刻む箱庭である。歩く道はいつもの道、小学生の6年間を通い続けたその道であった。


 通学路は私服と制服に染められているが、先月までの前者だった自分とは違い、小学校を卒業した後者になったことに、拓海の心の中で期待と不安がせめぎ合った。大人びていると思っていた制服姿も、大人になろうと見栄を張っているに過ぎない、と一種の恥ずかしさすら覚えるほどであった。


 拓海が歩いていると、見覚えのない顔も頻繁に見るようになり、環境が変わり始めていることを感じ始める。


 美登小学校にいた児童は半分ほど減り、同市内の別の小学校の児童が新たに生徒として加わった。


 拓海は校門をくぐった。校舎は去年建て替えられたばかりでまだ新しく、小学校と大差はないほど広々としていた。下駄箱もヒノキの匂いが漂い、床にはシミ1つついていなかった。


 教室へ向かう途中のトイレも、未使用かと疑う程に真っ白な便器と掃除された床であった。


 廊下の歩みを進めていると1年1組の教室があった。中に入ると見覚えのある女子が、教室の1番後ろの席で本を読んでいた。


「あれっ、美空?」


 うっかり声をかける。美空が拓海に気付くと、本をしまい、彼の方に歩み寄った。


「拓海くん。同じクラスになったんだね」


「まぁ、そうらしいね……」


 美空が目をパッチリと開いて見つめてくるものだから、拓海は少し気まずくなり目線を逸らした。 


 卒業式の日に見せた笑顔には満たないものの、彼女の顔には艶やかさがあり、紺のブレザーが全く不格好に見えないほど制服を着こなしていた。


 拓海は1年間で体格が大きくなり、彼視点での美空の体は初めて会った時より幾分も小さく見えた。


「また拓海君と一緒になれるなんてすごく嬉しい。小学校のときは、あまりガツガツと話せなかったからさ」


「そうかな? 僕としては結構話していたつもりだったけど」


「学校内でしか話さなかったでしょ。今度は2人で遊ぼうよ」


「2人……⁉」


 美空は何食わぬ顔でいるが、拓海は動揺して声が数段大きくなり、声をかき消そうと慌てて口を手で塞いだ。指の隙間から細く、


「何で2人……?」


 と言ったことを、美空の耳は逃さなかった。


「私、もっと拓海君のことを知りたいの」


 言葉が流れるにつれて美空の声のキーが高くなり、抑揚が強くなった。拓海への膨らむ興味に、美空は安息の表情を浮かべる。


 思いがけぬ再会で会話を尻上がりに弾ませる2人。


 拓海が受け身で美空の話を聞いていると、教室のドアが、バンッ、と音を出して開かれた。他の生徒数人も、その粉砕しそうなほど大きな音の発する方向に目を向ける。


 不格好な学ランと耳にまでかかる短髪、頬のニキビと拓海に近しい背丈、その男は教室に入ってキョロキョロと見回すと、直ぐに拓海と美空に気が付いた。美空はその男、唐原に冷たい視線を送る。


「やっほー。拓海も同じクラスだったのか」


 唐原は拓海に胸を躍らせるも、美空をまるっきり無視した。美空は拓海から距離を置き、静かに教室の外へ出た。拓海は美空を見送りながら唐原に応対する。


「何でお前も同じクラスなんだよ」


 拓海は不快感を露わにした。


「本当に偶然だな。よろしくな」


「よろしくない」


「何でだ。まぁ鈴木もいたっぽいし。また2人はイチャコラするのか?」


「知らないよそんなの」


「知らないわけないだろ。俺が教室に来るまで喋っていたじゃないか」


 拓海は黙りこくって自分の席の方向、教室の左前の席に向かった。拓海の丸まった背中を見て唐原は、


「相変わらずつまらない人間だねえ」


 と罵った。


 しばらくすると、教室に全ての生徒が揃った。拓海は、砂川光太郎と再び同じクラスになり、そのことにお互いが喜んだ。その他にも、田崎と倉石も6年生のクラスに引き続き一緒になった。菅野亜季は1年3組となり、関わる機会はほとんど失せそうで、美空は少しばかり悲しんだ。


 担任の先生は新任の女性で、背丈は160センチメートルほど。ショートヘア、かつ裸眼であるため、その優しそうな見た目から、すぐさまクラスの者から人気を得た。


 この日は、入学式が終わるとすぐに下校となった。初日の慣れない景色と人間関係の処理に多大な労力を要したため、生徒は一目散に帰ろうとした。


 拓海がのんびりとリュックに荷物を詰めていると、彼の机の前に美空がやって来て、彼の視線に入ろうとしゃがみこむ。拓海は美空を見ると、目が合ってしまった気まずさから一瞬硬直した。美空が立ち上がり、顔が視界から外れると、拓海の体は静かに動きを戻した。そんな彼を勇気づけるように、


「私、新しいクラスで友達ができるか不安なの。半分以上が別の小学校からの人だったし。でもね、拓海君がいるならこのクラスでもやっていけるかな、って思っているよ」


 美空は期待の眼差しを見せつけた。


 しかし拓海の心情に記されていたのは、依存される恐怖であった。


 彼は、そうなんだー、と雑に返事をすると、美空は思いを吐露でき満足したのか、バイバイ、と言って優しく手を振った。


 拓海は、自分が美空に対してどう思っているのか、その整理がついていなかった。6年生で出会ってから1年が経ち、時々美空の像に変化が起きて、未だに正確な輪郭を描き切れていない。彼女が持つ、あるいは持っていた関心と無関心の差に、拓海の精神は、振り子のように幾度となく揺れ動かされた。


 美空に関心を寄せられていることを実感しながら学校生活は始まった。平日の昼間は勉強をこなし、夕方と土曜日に部活動を行う、これらの新しい習慣は楽しくもあり辛くもある。



 拓海はサッカー部に入部した。同じクラスの田崎と倉石、そして案の定、唐原も入部することになり、彼の中で期待が3分の2、不安が3分の1を占めた。

いつも読んでいただきありがとうございます。

毎日6時に投稿していきますので、気に入っていただけましたら、ブックマーク、ポイント、感想、SNSでの拡散等をよろしくお願いいたします!

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