小学6年生⑪ 本心
拓海は美空についてどのように思っているのか。
率直に記すと、何も考えないようにしている。今までのように休み時間に質問をして教え合ったりする関係性ならともかく、美空から過剰に好意を持たれるのは嫌だったし、自身も彼女に欲情しないように努めていた。
拓海は、自分たち2人の関係性を過剰な好意に基づくものとは思っていなかったが、他人の尺度で測ればそれは過剰であった。
拓海は、唐原だけが勝手に思っているだけ、と考えていた関係性は、他の者が見てもそう思うほど発展していたらしい。そのことを拓海は信じたくなかった。そう思われる、陰で噂を立てられる、ということが自分の心を侵害し、脅かされて怖かった。
ほとんどの者が拓海に興味がないということを念頭にはおいていたが、だんだんと彼の中のクラスメイトがペンキで真っ黒に塗りつぶされるような不信感に襲われる。
美空と仲が良いことが揶揄の対象になるとわかると、美空が嫌いじゃないのに嫌いになりそうだった。亜季の、助けてあげて、という言葉も、二人の関係性を裏で囃したてたいだけでは、と勘繰るほどに拓海は悩みを暴発させた。
彼は気を散らせるために、枕に口を擦りつけて、わーわー、と声を籠らせて叫ぶ。美空に対するあらゆる気持ちを忘れるぐらいには何もかもを有耶無耶にしたかった。
拓海は何度思慮を巡らせようとも、唐原の侮辱の対象が一貫して美空であることが腹立たしかった。度々拓海をいじることはあっても、美空に対する嫌い方は、悪魔にとりつかれたように極端であった。
侮辱の対象が拓海なら、全ての負の感情を受けたし、自分で対処する覚悟が持てると感じていた。
しかし、美空がいじめを受けるとなると、自ずと関係性の高い者が助けようとする。彼女にとってそれは拓海であった。
(何で僕が助けなきゃならないんだ? 美空自身で、または大勢で助けるべきじゃないのか?)
ふいに過るのは亜季の弱音であった。思考が荒んだ拓海にとってみれば、亜季の弱さをさらけ出す行為も否定の対象となり、彼女のことも、唐原の介護を数人で分散せず1人に擦り付けて自分1人だけ責任を逃れた、と批判的に考えるようになった。
それほど歪んだ思考の中でも、光太郎は金輪際関係性をいじるようなことはしない、と確信していた。光太郎だけは信頼したがっていた。そうすることでしか自己を正常に保てないような気がして、藁にも縋るような気持ちであった。
いつしか拓海はこう思うようになる。
(女子と話をしただけで揶揄われる。それなら女子の話なんてしなければいい)
この日から幾日も経過した。拓海と美空は席が隣同士であるにもかかわらず話さなくなった。常に背後に唐原の存在がある、そんな状況下で美空は、以前のように拓海に質問をすることもなく、寡黙に過ごす時間が増える。クラス内でも2人は疎遠になっていき、目を合わせることも減った。
拓海は始め寂しさを覚えたが、次第にその感情も無関心へと移り変わっていった。
席替えが行われると、2人の席は無理矢理にでも引き剥がされて接点を断たれた。このとき、拓海は教室の後列、美空は前列の席になっていた。
授業中、ぼーっと前を眺めていると、彼女のうなじから醸し出される、悲しみに満たされて喜びが空っぽな雰囲気に心を痛めた。虚ろな彼女を見る時だけ、拓海は血液が心臓に集められて不安が呼び起こされる。
しかしそんな彼女の姿も見慣れてしまい、そのうち教室の背景の一部と錯覚するほどに何も感じなくなった。
結局、1年間で2人の関係が発展することはなかった。4月の始業式の日、最初に植えた球根はつぼみまで成長した後、咲き誇ることなく枯れた。
3月13日。美登小学校の卒業式となった。2人の関係を皮肉るかのように、校庭には満開の桜が咲き誇った。6年間を過ごした箱庭にも別れを告げるため、校内には朗らかながらも厳粛な雰囲気が流れた。
式の出席には正装が求められる。男子は皆、中学校の制服を不格好に着て式に臨む。女子も多くは中学校の制服に袖を通していたが、3人だけ振袖に身を包んでいた。
美空もその3人のうちの1人で、赤を基調として牡丹の刺繍が金と銀に縫われた振袖は、黒と白で統一された教室には不自然過ぎるほど煌びやかであった。
卒業式は始まったが、気が付くとあっさり終わった。式の始まる前は怠いと感じていた一同も、退場する頃には万感の思いが胸を圧迫し、涙を流していた。その思いは、旅立ちを祈る空気では希釈できないほど溢れだした。
皆が帰宅の準備をして校舎を出ると、学校の敷地の内外で時間の許す限り写真を撮っていた。
拓海は光太郎やサッカーで交友のある田崎、倉石と写真を撮った。
彼らは来月から美登中学校に通うため、別れゆえの悲しみに暮れることはなく、大げさに泣く他の者を軽く嘲笑すらしていた。
用が済むと拓海は、校門を後にしようとして正門に向かうが、門の前では美空が亜季たちと写真を撮っており、拓海は思わずその光景を見つめる。普段以上に優美で上品さに磨きがかけられた美空に思わず見とれそうになる。
立ち止まって執拗に見ていると、美空の方から拓海にアイコンタクトをとり、慣れない草履のよちよちとした歩きで彼の方へ向かって来た。幾ヶ月ぶりに彼女が見せた、太陽にも劣らないほど眩しい笑みは、拓海の小学生の最後の1ページの見出しに刻まれる。
美空は、駆け寄るなり一言。
「中学校でも、よろしくね!」
拓海は静かに頷いた。彼女の思いを受け止めるために。
次回から、中学1年生編に入ります。
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三峰勾洋
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