8・王城生活一日目の朝
翌朝。
「やっぱり、夢じゃなかった……」
ゆっくり上半身を起こす。
目が覚めたら、全部夢でした……となる可能性も考えていたが、それはなさそうだ。
間違いなく私は今、王城にいる。
「えーっと、昨日は」
あらためて、今の自分の状況を整理する。
ライナス殿下の婚約者を探すため、『選定の儀』が行われることになった。
その際、本来は妹のシルヴィアが行くはずだったんだけど、彼女が嫌がったせいで私が代わりに王城に向かった。
共に『選定の儀』に呼ばれていた、他の三人の令嬢は全員豪華な衣装に身を包んでいる。
使用人のボロボロの服を着ている自分が、ライナス殿下に選ばれるはずがなかった。
しかし、事態は急展開。
なんと、ライナス殿下は私を婚約者に選んだのだ。
その理由は八年前、私が一人の男の子を助けたことに起因する。
その男の子は幼い頃のライナス殿下で、彼は私を探すために一年前から『選定の儀』を行なっていたのだ。
ライナス殿下からの求婚に断れるはずもなく、私は首を縦に振った。
疲れていたということもあって、昨日はそのまま部屋の中で一晩を過ごすことになった。
……まだ夢の中じゃないかと思いかけて試しに頬をつねってみるが、ちゃんと痛い。
その痛みが、現実であることを示していた。
「私、これからどうなるんだろう……私が魔力を持たない『無能』だってことを、殿下にも言いそびれちゃったし」
それが心残り。
ライナス殿下は私の魔力を求めていないようだったが、『無能』と王子が結婚(正しくはまだ婚約段階だけど)するなんて、前代未聞なんじゃないだろうか?
公爵令嬢が『無能』だなんて、思いもしないだろうし。
このまま言わないでおこうか……と一瞬思いかけるが、いずれバレる話だ。
幻滅されて婚約破棄をされるなら、早い方がいい。
「……うん。やっぱり、隠し事はいけないよね。ちゃんとライナス殿下にお伝えしなくっちゃ」
決意を新たにして、ベッドから立ち上がると──。
「アリシア様」
「ひゃ、ひゃい!」
突然、扉の向こうから女性の声が聞こえて、盛大に噛んでしまう。
「朝のご支度にまいりました。入っても、よろしいでしょうか?」
「どうぞ!」
髪を手櫛で整えながらそう言うと、程なくして一人のメイド服を着た女性が部屋に入ってきた。
「初めまして。私は今日から、アリシア様の専属メイドに任命されたミレーユと申します」
「ア、アリシアです。よろしくお願いします」
お互いに一礼する私たち。
すると、彼女──ミレーユさんは意外そうな顔をして。
「どうして、アリシア様が頭を下げるんですか? 私はメイドで、アリシア様はライナス殿下の婚約者。頭を下げる必要はありませんし、そんなに丁寧に喋らなくてもいいんですよ?」
「そ、そうなんですかね?」
まあ……我ながら一使用人にする対応として不適切だと思うが、なにせ今まで私もその使用人みたいなものだったのだ。
妹のシルヴィアにすら『お嬢様』と言わなければ叱られていたし、丁寧な対応が身に染み付いている。
今さら直せる気もしない。
もっとも。
「ど、どうか、お気になさらず。私はこちらの方が楽ですから」
本当のことを話すわけにはいかないけど。
「そう……ですか」
ミレーユさんは不思議そうな顔をして首を傾げたものの、あまり追及するのもどうかと思ったのだろう。
コホンと一つ咳払いをして、こう続ける。
「では、アリシアお嬢様。早速ですが、朝の身支度を手伝いにまいりました。まだ眠いようでしたら、時間をあらためてもいいですが……大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です」
実家では、いつも固い木製のベッドの薄い毛布一枚を敷いて眠っていたので、王城のベッドは驚くほどフカフカに感じた。
おかげで色々考えすぎて一睡も出来ないなんてこともなく、ぐっすり眠れたのだ。
「それはよかったです」
ミレーユさんは頬を綻ばせて、鏡台の前の椅子を引く。
「さあ、どうぞこちらにお座りください」
「お、お願いします」
緊張しながらも引いてくれた椅子に座る。
ミレーユさんは鏡に映った私を見ながら、ゆっくりと髪に櫛を入れる。
実家にいる頃は私がシルヴィアの髪を手入れしていたのに、今では真逆。ただ座っているだけなのに落ち着かない。
「あ、あのー……ミレーユさんはメイドとして勤めて、長い方なんですか?」
そわそわして仕方がなかったので、私は彼女にそう質問した。
「そうですね。八年……ほどでしょうか。三十年以上勤めている使用人もいるので、その方に比べれば、私はまだまだ新人です」
「八年? とてもお若く見えましたので驚きました」
「無理もありません。今年で私は十八歳。八歳からメイドとして働かせてもらっているのですから」
十八歳……私と同じだ。
八歳の頃からメイドとして働いているなんて、なにか事情があるんだろうか?
……いや、物心ついた時から使用人同然に働かされていた私が、なにを言ってるんだという話だが。
「あっ、複雑な事情はありませんよ? ただ私の一族は代々、王城のメイドとして働いているからです」
私の心情を察したのか、ミレーユさんがこう続ける。
「それ以来、私はライナス殿下を近くで見守ってきました。だから驚いたんですよ。あの唐変木の王子に、とうとう婚約者が出来たんだ……って」
「は、はは」
曖昧な笑いを零すことしか出来ない。
ライナス殿下を『唐変木』だなんて……かなり失礼な発言だと思うが、ミレーユさんの言葉からは殿下への親しみを感じる。
十年も王城で仕えているのだから、私なんかよりもずっとライナス殿下に詳しいのだろう。
だけど、『唐変木』という評価を聞き、ライナス殿下に対する『残虐非道で冷酷な王子』というイメージがさらにかけ離れていく。
「次はお着替えです。アリシア様、少し立っていただいてもよろしいですか?」
「は、はい」
なされるがまま、服を脱がされていく。
やっぱり、慣れない……これから毎日、こんな感じなんだろうか?
そう考えていると、
「あれ……?」
ミレーユさんの手が、不意に止まった。
「どうされましたか?」
「い、いえ、なんでもございません」
問いかけるが、すぐにミレーユさんは再び手を動かす。
……? なんだったんだろう?
疑問に思うが、やがて。
「終わりました」
あっという間に身支度が終わった。
鏡の前であらためて自分の姿を眺めて、こう声を零す。
「これが……私?」
髪は艶やか。
病的なまでに白かった肌は、化粧のおかげでほんのりと血色が浮かんでいるように見える。
今まで一度も着たことがないドレスに身を包んだ私は、まさしく一国の王女様のようだ。
「アリシアお嬢様、とてもおキレイです。さすがは、ライナス殿下が選ばれた方ですね」
驚いている私を、ミレーユさんも絶賛してくれる。
「あ、ありがとうございます。こんなにキレイに着飾ってくれて……この服も、パーティー用のドレスではありませんよね?」
「パーティー用? なにをおっしゃいますか。パーティーなら、もっと華やかなドレスを着てもらいますよ。お嬢様は先ほどから、変なことを言いますね」
と首をひねるミレーユさん。
「え、えーっと、そういえばライナス殿下はどちらに? 昨日のお礼とか……他にも色々話したいことがあるんです」
「殿下なら執務室にいます。案内いたしましょうか?」
「お願いします」
深く頭を下げる。
……キレイなドレスに身を包んで気持ちが上向きになったが、戦いはこれからだ。
なにせこれからライナス殿下に、私が『無能』であることを伝えなければならない。
『無能』だと聞いたら、ライナス殿下はどんな顔をするんだろうか?
不安な気持ちを抱えながら、私はミレーユさんの後に付いていった。
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