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8/12

8・王城生活一日目の朝

 翌朝。


「やっぱり、夢じゃなかった……」


 ゆっくり上半身を起こす。


 目が覚めたら、全部夢でした……となる可能性も考えていたが、それはなさそうだ。

 間違いなく私は今、王城にいる。


「えーっと、昨日は」


 あらためて、今の自分の状況を整理する。


 ライナス殿下の婚約者を探すため、『選定の儀』が行われることになった。

 その際、本来は妹のシルヴィアが行くはずだったんだけど、彼女が嫌がったせいで私が代わりに王城に向かった。


 共に『選定の儀』に呼ばれていた、他の三人の令嬢は全員豪華な衣装に身を包んでいる。

 使用人のボロボロの服を着ている自分が、ライナス殿下に選ばれるはずがなかった。


 しかし、事態は急展開。

 なんと、ライナス殿下は私を婚約者に選んだのだ。


 その理由は八年前、私が一人の男の子を助けたことに起因する。

 その男の子は幼い頃のライナス殿下で、彼は私を探すために一年前から『選定の儀』を行なっていたのだ。

 ライナス殿下からの求婚に断れるはずもなく、私は首を縦に振った。


 疲れていたということもあって、昨日はそのまま部屋の中で一晩を過ごすことになった。

 ……まだ夢の中じゃないかと思いかけて試しに頬をつねってみるが、ちゃんと痛い。

 その痛みが、現実であることを示していた。


「私、これからどうなるんだろう……私が魔力を持たない『無能』だってことを、殿下にも言いそびれちゃったし」


 それが心残り。


 ライナス殿下は私の魔力を求めていないようだったが、『無能』と王子が結婚(正しくはまだ婚約段階だけど)するなんて、前代未聞なんじゃないだろうか?

 公爵令嬢が『無能』だなんて、思いもしないだろうし。


 このまま言わないでおこうか……と一瞬思いかけるが、いずれバレる話だ。

 幻滅されて婚約破棄をされるなら、早い方がいい。


「……うん。やっぱり、隠し事はいけないよね。ちゃんとライナス殿下にお伝えしなくっちゃ」


 決意を新たにして、ベッドから立ち上がると──。


「アリシア様」

「ひゃ、ひゃい!」


 突然、扉の向こうから女性の声が聞こえて、盛大に噛んでしまう。


「朝のご支度にまいりました。入っても、よろしいでしょうか?」

「どうぞ!」


 髪を手櫛で整えながらそう言うと、程なくして一人のメイド服を着た女性が部屋に入ってきた。


「初めまして。私は今日から、アリシア様の専属メイドに任命されたミレーユと申します」

「ア、アリシアです。よろしくお願いします」


 お互いに一礼する私たち。


 すると、彼女──ミレーユさんは意外そうな顔をして。


「どうして、アリシア様が頭を下げるんですか? 私はメイドで、アリシア様はライナス殿下の婚約者。頭を下げる必要はありませんし、そんなに丁寧に喋らなくてもいいんですよ?」

「そ、そうなんですかね?」


 まあ……我ながら一使用人にする対応として不適切だと思うが、なにせ今まで私もその使用人みたいなものだったのだ。

 妹のシルヴィアにすら『お嬢様』と言わなければ叱られていたし、丁寧な対応が身に染み付いている。

 今さら直せる気もしない。


 もっとも。


「ど、どうか、お気になさらず。私はこちらの方が楽ですから」


 本当のことを話すわけにはいかないけど。


「そう……ですか」


 ミレーユさんは不思議そうな顔をして首を傾げたものの、あまり追及するのもどうかと思ったのだろう。

 コホンと一つ咳払いをして、こう続ける。


「では、アリシアお嬢様。早速ですが、朝の身支度を手伝いにまいりました。まだ眠いようでしたら、時間をあらためてもいいですが……大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」


 実家では、いつも固い木製のベッドの薄い毛布一枚を敷いて眠っていたので、王城のベッドは驚くほどフカフカに感じた。

 おかげで色々考えすぎて一睡も出来ないなんてこともなく、ぐっすり眠れたのだ。


「それはよかったです」


 ミレーユさんは頬を綻ばせて、鏡台の前の椅子を引く。


「さあ、どうぞこちらにお座りください」

「お、お願いします」


 緊張しながらも引いてくれた椅子に座る。


 ミレーユさんは鏡に映った私を見ながら、ゆっくりと髪に櫛を入れる。

 実家にいる頃は私がシルヴィアの髪を手入れしていたのに、今では真逆。ただ座っているだけなのに落ち着かない。


「あ、あのー……ミレーユさんはメイドとして勤めて、長い方なんですか?」


 そわそわして仕方がなかったので、私は彼女にそう質問した。


「そうですね。八年……ほどでしょうか。三十年以上勤めている使用人もいるので、その方に比べれば、私はまだまだ新人です」

「八年? とてもお若く見えましたので驚きました」

「無理もありません。今年で私は十八歳。八歳からメイドとして働かせてもらっているのですから」


 十八歳……私と同じだ。

 八歳の頃からメイドとして働いているなんて、なにか事情があるんだろうか?

 ……いや、物心ついた時から使用人同然に働かされていた私が、なにを言ってるんだという話だが。


「あっ、複雑な事情はありませんよ? ただ私の一族は代々、王城のメイドとして働いているからです」


 私の心情を察したのか、ミレーユさんがこう続ける。


「それ以来、私はライナス殿下を近くで見守ってきました。だから驚いたんですよ。あの唐変木の王子に、とうとう婚約者が出来たんだ……って」

「は、はは」


 曖昧な笑いを零すことしか出来ない。


 ライナス殿下を『唐変木』だなんて……かなり失礼な発言だと思うが、ミレーユさんの言葉からは殿下への親しみを感じる。

 十年も王城で仕えているのだから、私なんかよりもずっとライナス殿下に詳しいのだろう。


 だけど、『唐変木』という評価を聞き、ライナス殿下に対する『残虐非道で冷酷な王子』というイメージがさらにかけ離れていく。


「次はお着替えです。アリシア様、少し立っていただいてもよろしいですか?」

「は、はい」


 なされるがまま、服を脱がされていく。

 やっぱり、慣れない……これから毎日、こんな感じなんだろうか?


 そう考えていると、


「あれ……?」


 ミレーユさんの手が、不意に止まった。


「どうされましたか?」

「い、いえ、なんでもございません」


 問いかけるが、すぐにミレーユさんは再び手を動かす。

 ……? なんだったんだろう?


 疑問に思うが、やがて。


「終わりました」


 あっという間に身支度が終わった。

 鏡の前であらためて自分の姿を眺めて、こう声を零す。


「これが……私?」


 髪は艶やか。

 病的なまでに白かった肌は、化粧のおかげでほんのりと血色が浮かんでいるように見える。

 今まで一度も着たことがないドレスに身を包んだ私は、まさしく一国の王女様のようだ。


「アリシアお嬢様、とてもおキレイです。さすがは、ライナス殿下が選ばれた方ですね」


 驚いている私を、ミレーユさんも絶賛してくれる。


「あ、ありがとうございます。こんなにキレイに着飾ってくれて……この服も、パーティー用のドレスではありませんよね?」

「パーティー用? なにをおっしゃいますか。パーティーなら、もっと華やかなドレスを着てもらいますよ。お嬢様は先ほどから、変なことを言いますね」


 と首をひねるミレーユさん。


「え、えーっと、そういえばライナス殿下はどちらに? 昨日のお礼とか……他にも色々話したいことがあるんです」

「殿下なら執務室にいます。案内いたしましょうか?」

「お願いします」


 深く頭を下げる。


 ……キレイなドレスに身を包んで気持ちが上向きになったが、戦いはこれからだ。

 なにせこれからライナス殿下に、私が『無能』であることを伝えなければならない。


『無能』だと聞いたら、ライナス殿下はどんな顔をするんだろうか?

 不安な気持ちを抱えながら、私はミレーユさんの後に付いていった。

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