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7・八年前の男の子

 …。


 ……。


「ん……」


 眩しい光。

 目を開けると、そこは知らない部屋だった。


 どうやら、私はベッドで寝かされているらしい。

 白を基調としたキレイな部屋であり、窓から差し込む光は神々しさすら感じる。


「そうだ……私、眠って……」


 朧げだった記憶が徐々に鮮明になっていく。


 あの場を後にし、私が連れて行かれたのは城内のとある一室だった。

 そこで、詳しく話を──となる前に、私が明らかに眠そうだったのに気付いたのだろう。ライナス殿下と赤髪の男性が、『一度寝るように』と言ってくれた。

 いくらなんでも、それは──と思ったが、眠気には勝てない。ベッドで横になると、すぐに目を開けていられなくなって、寝入ってしまったのだ。


「でも……なんで、私が……もしかして、夢とか?」


 まだ記憶が曖昧だ。具体的にはライナス殿下に抱きかかえられた前後の記憶が飛び飛びになっている。

 続けて、記憶をさらに遡ろうとした時だった。



『大丈夫か?』



 ノックの音と共に、扉の向こうから男性の声が聞こえてきた。


「は、はい!」


 肩を上下に震わせて、そう答える。


『入っていいか?』

「ど、どうぞ!」


 髪を手櫛で整えながら言うと、やがて扉が開いて──。


「ぐっすり眠れたようだな」


 男性が中に入ってくる。


 凛々しい顔立ち。

 隠せない品の高さ。


 ──ライナス殿下だ。


「ラ、ライナス殿下!」


 私は即座にベッドから出ようとするが、彼はそれを手で制して。


「そのまま、横になっていろ。君はまだ安静にする必要がある」

「わ、分かりました……」


 ライナス殿下の言葉に、私はそう返事をする。

 横になっていろ……と言われたが、ライナス殿下を前にしてそれではさすがに落ち着かないので、上半身だけを起こした。


「あ、あの……『選定の儀』は結局どうなったんでしょうか? なんだかまだ夢の中にいるようでして……記憶が曖昧で……」

「『選定の儀』は終わった。婚約者候補が見つかったからな。あれ以上続けるのは、時間の無駄だ」

「婚約者候補? 誰が……」

「君だ。君──名を、アリシア・ルネヴァンというらしいな」


 そう言って、ライナス殿下は私を真っ直ぐ見つめる。


 ……わ、私!?


 思いもしなかったことに、つい前のめりになってしまう。


「わ、私がライナス殿下の婚約者候補ですか!? どうして?」

「『選定の儀』で、俺が君に言ったことも覚えていないのか?」

「え、えーっと……」


 記憶を辿る。


 確か……ライナス殿下が現れて、『選定の儀』に乗り気じゃなかった令嬢たちが、一気に目の色を変えた。

 こぞってアピール合戦を始める令嬢たちを尻目に、私はなにも出来なかった。

 そして、一人の令嬢の肘が当たって転倒して……気付いたら、ライナス殿下が目の前までやってきて……。



『やっと見つけた、俺の愛する人』



「……っ!」


 ようやく記憶が追いついてきて、私は顔に熱が帯びていくのを感じた。


 愛する人……そんなことを言われたのは初めてだ。

 両親も妹のシルヴィアも、私をゴミのように扱っていたわけだし。


 もちろん、ライナス殿下とは初対面のはずだ。

 それなのに、“やっと”というのはどういうことだろうか。

 疑問は多い。


「思い出したか?」


 私の反応を見て、ライナス殿下がくすりと笑う。


「は、はい……すみません。実は、昨日からほとんど眠れず……だからかもしれません」

「謝る必要はない。いきなりのことすぎて、君が戸惑うのも仕方がないしな」

「私、どれくらい眠っていたんでしょうか?」

「二時間だ。二時間の間、君は眠っていた」


 二時間……長いんだか短いんだか。


「そ、それで……私を、その、あ、愛する人というのは? やっと見つけた……というのも……」

「うむ」


 そう言って、ライナス殿下は腕を組む。


「君は八年前、一人の男の子を助けなかったか?」

「男の子?」


 首を傾げる。


 私はお使い以外で、ほとんど家の外に出してもらえなかった。そして、お使いが終わったらすぐに帰る必要もあった。


 その間に、男の子を助けたとなったら……。



『痛いっ……』



 あの時。

 路地裏で苦しそうにうずくまっていた、金色の髪をした男の子の顔が脳裏に浮かんだ。


「は、はい……助けました。とはいえ、私はただ彼の手を握っただけ。助けたというの語弊があるかもしれませんが」

「謙るな。君の行為は、確かに一人の男の子を救ったんだ。俺を──な」


 真っ直ぐ言葉を届かせるライナス殿下。

 ということは……。


「あ、あの男の子はライナス殿下だったんですか!?」

「そうだ」


 表情一つ変えずに頷くライナス殿下。


「ど、どうして、殿下ともあろう方が、あのような場所に一人でいたんですか?」

「そうだな……そのことを説明するには、軽く俺の昔話をしよう」


 ライナス殿下は昔を懐かしむように、こう続ける。


「生まれながらにして俺は、類稀なる魔力を有していた。その魔法の才は、随一だったという」

「存じております。確か、王族の中でも歴代最高だったと」

「そうだ。だが反面、強すぎる力を身を滅ぼす。魔力の制御が上手く出来なかったり、感情が大きく揺れ動いた時、体の内側では魔力を保持しきれず、『魔力暴走』という形で激しい痛みや苦しみに襲われることがあるんだ。子どもの頃、俺はそれに悩まされていた」


 魔力暴走……確か、幼い頃のシルヴィアにもあった。


 魔力を過分に宿すものは、多かれ少なかれ、同じ症状で悩まされるらしい。

 とはいえ、成長していくにつれて、徐々に魔力の制御方法も学んでいく。ゆえに大人になれば、ほとんど起きないのが通例だ。


「簡単に言うと、魔力暴走というのは、体では抑えきれない魔力が外に放出されることによって引き起こされる症状だ」


 ライナス殿下は続ける。


「ゆえに時間が経てば、自然と症状も治っていくが……魔力暴走を引き起こしている間、自分の力で魔法を制御出来なくなり、周囲に被害を及ぼすことがある。そんな俺を、周囲の人間は『化け物』と言ったよ」

「ひ、酷い……」


 素直にそう思う。


 自分の力ではどうしようもないのに、周囲は勝手にライナス殿下に酷い言葉を浴びせる。

 種類は全く違うが、魔力がなくて『無能』と呼ばれた自分につい重ね合わせてしまい、ライナス殿下に同情した。


「もっとも、今となっては魔力の制御も出来るようになり、魔力暴走は克服したがな。これを見てほしい」


 そう言って、ライナス殿下は右の手のひらを上に向ける。

 するとそこに、彼は魔法で氷の花を作った。とても繊細な形で、完璧に制御しなければ作れないような気がする。


「キレイです」

「キレイ……か。ありがとう。そう言ってくれるのは、君くらいだよ。周囲の人間は、これを見ても恐怖を感じるようでな」


 伏し目がちに言ったライナス殿下が手を握ると、同時に氷の花も割れた。


「そして、八年前のあの時も魔力暴走の兆候があった。化け物と言われるのを嫌がった俺は、一人で城を飛び出した。そうすれば、誰にも迷惑をかけなくて済むと思ったから」

「お言葉ですが、街中で魔力暴走を起こしてしまった方が、大変な事態を招くのでは?」

「君の言う通りだ。だが、当時の幼い俺ではそこまで頭が回らなかった。恥ずかしい話だよ」


 と苦虫を噛み潰したような表情で、ライナス殿下は言う。


「魔力暴走はなんとか防げたが、半面、強い力を無理やり抑え込めれば反動もある。胸が苦しくなって呼吸もしにくくなり、俺は路地裏でうずくまることしか出来なかった」

「まさか、その時に私が殿下を?」

「その通りだ」


 ライナス殿下は頷き、昔を懐かしんでいるのか少し視線を上向きにして、こう続ける。


「君が手を握ってくれた時、嘘のように心が穏やかになって、魔力暴走が鎮まったんだ。君の温もりを、俺は片時たりとも忘れたことはない」


 知らなかった。あの時の彼──ライナス殿下に、そんな事情があっただなんて。

 なのに、私は名乗りもせずに逃げるように、ライナス殿下の前から走り去ってしまった。

 せめて相手の名前を聞いておけば、少しはなにかが変わったかもしれない。


「それから俺は、これまで以上に魔法の鍛錬に打ち込んだ。俺の魔法で大切な人を守れるように。そして……胸を張って、俺を助けてくれた女の子──つまり君の前に立てるように」

「きょ、恐縮です」


 なんだか自分のことを言われているとは感じず、つい恐縮して肩を狭めてしまう。

 嘘のような話だ。


「そして、自信もつき始めた頃。俺は『選定の儀』と称して、あの時の女の子を探すことにした。まずは国中の貴族令嬢を集めた。それでも見つからなければ、平民の中からも探すつもりだった」

「婚約者探し……と聞いていましたが、裏にはそのような事情があったんですね」

「強ち、間違いでもない。もし見つけられれば、俺は彼女に求婚するつもりだったからな。そして……やっと見つけた」


 そう言って、ライナス殿下は包み込むようにして私の両手を握る。


「アリシア・ルネヴァン。どうか、俺の伴侶となってほしい。君のことは俺が一生守る。俺の隣を一緒に歩いてくれないか?」

「──っ!」


 ライナス殿下の顔が目の前まで来て、私は息を呑んでしまう。


 やっぱり、キレイな顔だ。

『選定の儀』で、あの場にいる令嬢全員が言葉を失ってしまうのも納得がいく。


 そして、そんな素敵な王子様が私に求婚(プロポーズ)している。

 お伽話のような話が現実のものとなって、再び頭がクラクラしてしまった。


「わ、私は……」


 すぐに答えが出ない。

 ……だけど、断る理由はない。


 なんてたって、私は家族に捨てられた身。

 ここで首を横に振っても、帰るべき場所がないのだ。


 それに──なにより。

 私だって、八年前の出来事は片時たりとも忘れたことはない。

 人から求められることの嬉しさを感じたから、あれからの八年間を耐えられた。


 だから……今度は、私がライナス殿下に恩を返す番だ。


「はい……。私の方こそ、よろしくお願いします」


 そう言うと、ライナス殿下は柔らかい笑みを浮かべた。



 ──こうして家族に捨てられた私は、ライナス殿下と婚約することになったのだ。

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