5・選定の儀
『選定の儀』当日は、あっという間にやって来た。
「眠い……」
なにせ、この国の第一王子と会うことになるからだ。元々の彼の評判のこともあるし、昨晩は色々考えて全然眠れなかった。
とはいえ、すっぽかすわけにはいかない。
私は最低限の身支度をして、眠気を抑えながら、王城に向かった。
「ルネヴァン公爵家のシルヴィア様ですね」
王城に入る前、騎士の一人に問いかけられる。
「い、いえ、私は姉のアリシアです。こちらが招待状です」
「アリシア様……? 確か、ルネヴァン公爵家の娘はシルヴィア様だけだったとお聞きしましたが……」
私が渡した招待状を見ながら、彼は不思議そうに首をひねった。
「まあ、招待状は本物です。なにか手違いがあったのでしょう。部屋までご案内します。付いてきてください」
「ありがとうございます」
頭を下げる。
やっぱり、ライナス殿下はシルヴィアを呼んだつもりだったんだ……。
私だと分かったら、烈火のごとく怒るんじゃないかと心配になったが、もう後戻りは出来ない。
あの家に、もう私の居場所はないんだ。
暗い気持ちを抱えながら、案内してくれる使用人に付いていくと、やがて控え室のような場所に辿り着いた。
もっとも、控え室とはいえ、実家で私に与えられた馬小屋みたいな狭い部屋より何十倍も広い。
まさに雲泥の差である。
部屋に入ると、既に私以外に三人の令嬢がいて、彼女らが怪訝そうな目を向けてくる。
彼女たちも『選定の儀』に呼ばれたのだろうか。
疑問に思っていると、使用人は一礼をしてから、その場を後にしていった。
「私……本当に、ここにいてもいいんだろうか」
ぽつりと呟く。
少し前までは、ライナス殿下の婚約者候補として、王城に来るとは思っていなかった。
しかし、嬉しい気持ちは一切ない。ライナス殿下が噂通りの人だったら、これから私に待ち受けているのは世にも恐ろしい光景だろうから。
不安になりながら、まるで死刑の執行を待つかのように、『選定の儀』が始まるのを待っていた。
「ねえ……あの子」
所在なく部屋の片隅で俯いていると、既にいた令嬢たちが私の方を見てヒソヒソと話をしだす。
「見窄らしい格好……本当に、あの子も貴族かしら?」
「ここにいるんだから、貴族で間違いないんじゃない? それにしても……よく、あんな汚らしい格好で来られたものね。私なら恥ずかしくて、家の外に出たくないわ」
「あの子が、ライナス殿下に選ばれればいいのよ。そうすれば、殿下の怒りが私に向かないだろうし」
ああ……やっぱり、こうなるか。
見窄らしい私とは違って、話をしている彼女たちは豪奢なドレスに身を包んでいる。
ライナス殿下の婚約者に選ばれたくないかもしれないが、ここは王城。失礼があってはいけないと思っているのだろう。
一方の私は、ボロボロの服。
所々糸の解れもある。
これは、『さすがに王子殿下の前に立つのだから、最低限の服は着させてやる』とお父様に与えられたものだ。
もっとも、使用人の一人がボロボロになるまで使い古したお下がりのようで、令嬢たちとはかなりの差がある。
しかし、これでもマシな方。私がいつも来ているお使い用の服は、もっと汚れているんだから。
そんなことを思いながら、耐えるようにライナス殿下が現れるのを待ち続ける。
少しの時間だったと思うが、令嬢たちの蔑むような視線を受けながら待つのは、永遠のように感じた。
そして、程なくして。
「お待たせしました」
ようやく、一人の赤髪の男が控え室に入ってきた。
「これより、『選定の儀』を始めます。皆様、どうかライナス殿下をお迎えください」
一瞬、彼がライナス殿下だと思ったが、そうではないらしい。
彼の言葉を聞いて、令嬢たちが片膝を付いて、頭を下げる。
私も彼女たちにならって、同じようにした。
トン、トン──。
足音が響く。
一歩一歩を踏み締めるような、重厚な音だ。
「皆、顔を上げろ」
続けて、先ほどの赤髪の彼とは違う、男性の低い声が聞こえる。
私たちはその言葉を受けて、一斉に顔を上げる。
そして、私たちは言葉を失うことになる。
私たちの前に立つ男性は──この世のものとは思えないほど、美しい見た目をしていたのだから。
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