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4・家族から捨てられた令嬢

「認めたくないけど、一応“これ”だって、ルネヴァン公爵家の令嬢には違いないんだし。どう? 名案でしょ」


 そう言って、シルヴィアは私に視線を向ける。

 先ほど香水を渡す時は私なんてどうでもよさそうだったのに、今は希望を見つけたかのように目が輝いていた。


「おお……っ! その手があったか!」

「そうよ! つい、忘れてしまってたけど……“あれ”だって、ルネヴァン公爵家だからね。王子の希望には沿うはずだわ」


 続けて、お父様とお母様も顔に喜色を浮かべて私を見る。

 一方の私としたら、依然なにを話しているのか分からず、戸惑うばかりだった。


「え、えーっと……なんのことですか?」

「いいか? シルヴィアには──」


 お父様が訥々(とつとつ)と話をし始めた。


 このフェルディア王国には、成人になった第一王子がいる。

 それがライナス・フェルディア。

 他者を圧倒する、歴代最高とも称される類稀なる魔法の才がある。王位継承権一位であることも理由で、彼が次期国王になるのは揺るがないものだと思われている。


「ここまでは、お前でも知っているな?」

「は、はい。有名な話ですから……」


 いくら世間の事情に疎い私でも、次期国王になるであろうライナス殿下のことは聞き及んでいる。


「でも、殿下は確か……」


 そこで言葉を止める。


 ライナス殿下は魔法の才にも優れており、頭脳や身体能力も随一。まさに完璧を絵に描いたような王子だ。


 だが一方、彼には悪い噂がある。

 それが、『残虐非道で冷酷な王子』という噂だ。


 話によると、自分に逆らう者は誰一人許さず、五年前に大量の臣下を解雇する大粛清が行われたと。

 情状酌量を求める声が多くあっても、『反逆の芽は事前に処理する』と聞く耳を持たなかったと。


 それだけではない。

 いつもその表情は冷徹さに染められ、彼の笑顔を見た者は誰一人いないともいう。


 もちろん、どこまで本当か嘘か分からない。

 だが、火のないところに煙は立たないとはよく言ったもので、ライナス殿下がそう言われるにはなにか理由があったということだろう。


「うむ……そうだ。残虐非道で冷酷な王子。ライナス殿下の能力が次期国王としてふさわしいものでありながら、まだ即位していのもそれが理由とも言われている。お前でも、さすがにそこまでは知っていたか」


 バカにするように、お父様が私を見下す。

 シルヴィアとお母様にも視線を移すと、彼女らはクスクスと蔑むように笑っていた。


「その、ライナス殿下になにかあられたのですか?」

「ライナス殿下はここ一年ほどで、婚約者を探しているんだ。そのために『選定の儀』と称して、国中から貴族令嬢を集めている」


 それは初耳だ。

 しかし、当然の話かもしれない。

 貴族令嬢でありながら、私はこの家の中では使用人同然として扱われている。

 シルヴィアに言われるまで、両親も私のことを娘だと忘れているようだったし、王子殿下の婚約者探しなど──遠い話すぎて、分からないのが当然だ。


「今まで、数々の貴族令嬢が『選定の儀』に臨んだ。しかし誰一人、ライナス殿下のお眼鏡にはかなわなかった」

「第一王子の婚約者といったら、大切な立場ですからね。慎重になるのも仕方ないのでは?」

「慎重になる……だけで済めばいいんだがな。問題は『選定の儀』に臨んだ令嬢は、帰ってきたらまるで()()()()()()かのように呆然となっていることだ。中には他のことも手につかず、ライナス殿下の名前を出されるだけで震える者もいるという」


 魂を取られたかのように……。

 ライナス殿下の婚約を選ぶ……えーっと、『選定の儀』? に臨んだだけで、そうなるものなのだろうか。

 それではまるで……。


「うむ。その顔だと、お前も薄々察しているようだな。相手は残虐非道で冷酷な王子だ。おそらく、『選定の儀』に臨んだ令嬢たちは、殿下に傷物にされたのだろう」


 私の考えていることを先読みし、お父様が言う。


「そんな事件が起こっているなら、いかにライナス殿下の婚約者探しのためとはいえ、『選定の儀』は中止になるのでは?」

「『選定の儀』に臨んだ令嬢は皆、口を閉ざししてしまっていると聞く。なので、噂は噂。中でなにが行われているのか知っているのは、その令嬢とライナス殿下だけだろう。殿下の側近はなにか知っているかもしれないがな」


 痛々しい表情で、お父様が続ける。


「そして……とうとう、ルネヴァン公爵家の令嬢──つまりシルヴィアに順番が回ってきた。断ることは不可能だ。そんなことをすればいくら我々が公爵家とはいえ、どのような制裁を与えられるか分かったものではない」

「そうだったんですね。ですが、色々問題はありながらも、お相手は第一王子。その婚約者になることは、未来の王妃となるでしょう。もし、選ばれれば光栄なことでは──」

「あんたねえ!」


 後ろの方でニタニタと笑みを浮かべていたシルヴィアが、血相を変えて私に食ってかかる。


「私がどうなってもいいっていうの!? 仮にライナス殿下に選ばれたとしても、待っているのは地獄のような生活! きっと狭い部屋にでも閉じ込められて、自由を奪われるに違いないわ!」


 それは考えすぎな気もするが……。

 と思うが、口に出したりはしない。そんなことをしても、シルヴィアの反感を買うだけだからだ。


 だけど、ここまで地位を重んじるシルヴィアが、第一王子の婚約者になることを拒むなんて……。

 いかに、ライナス殿下が恐ろしい人物なのか分かるようだった。


「もっともな話だ。シルヴィアはこの家の宝。冷酷な王子にやるわけにはいかん」


 断定するお父様。


 だんだん話が見えてきた。

 つまり、お父様たちは……。


「そこでアリシアよ、お前が代わりに『選定の儀』に臨むのだ。お前ならどうなっても、構わん」


 ああ、やっぱり……。

 薄々予想していたことを言われ、私は呆然とする。


「『選定の儀』の招待状には、『ルネヴァン公爵家の令嬢』としか書かれていないわ! だから、あんたが行っても問題ないわよね!」

「そうよ。この家の恥晒しだったお前が、いよいよ私たちの役に立てるのよ? 胸を張りなさい」


 シルヴィアとお母様も、嬉々とした表情でそう告げる。


「ま、待ってください。いくら、お相手はシルヴ──お嬢様を指名していないとはいえ、分かりきったことだから『ルネヴァン公爵家の令嬢』としか言わなかったはずです。私が代わりに行けば、どんな仕打ちがあるか分かったものではないのでは?」


 この家の中では使用人同然の私だが、対面的にはいないものとして扱われている。

『無能』を家で囲っているというのを、周りに知られたくなかったのだろう。だからといって、殺すのはさすがにまずいというわけ。


 ライナス殿下にとっても、ルネヴァン公爵家の令嬢はシルヴィアただ一人。そう思い込んでいるはずだ。

 なのに私なんか行ったら、それこそ殿下の怒りをかうだけなのではないか。


「私がそこまで頭が回っていないとでも思ったのか?」


 バカにするようにお父様が言う。


「もし聞かれたら、お前は『シルヴィアを押し除けて、無理やり来た』とでも言えばいいんだ」

「無理やり……ですか」

「そうだ。そうすれば、殿下の目にもお前が悪女だと映るだろう。罰せられるのはお前だけ。それから……もし、『選定の儀』で選ばれなくても、この家には帰ってくるな。殿下から酷い仕打ちを受け、呆然とする置き物が家にいても邪魔なだけだ」

「そうよ! アリシアは『選定の儀』で殿下に殺されたということにすればいいだけなんだから」


 私の意思など聞かず、両親は次々と話を進める。



 ──結局、私はいらない子だったんだ。



 いつか、両親とシルヴィアも私のことを認めてくれるかもしれない。

 平凡な家族の姿を手に入れられるかもしれない。

 そういう希望を一瞬抱いてしまったが、全てが私の勘違いだったのだ。


 彼らにとって、私はルネヴァン公爵家の恥晒し。

 ライナス殿下になにをされようが、知ったことではない。それどころか、もうこの家に帰ってくるなと言う。

 ゴミ同然として捨てられようとしている現状に、私は悲しくてただただ歯を噛み締めることしか出来なかった。


「分かったら、さっさと部屋から出ていけ」

「……はい」


 ぐっと涙を堪えて、部屋から出ていく。


 十八年間暮らしてきた我が家。

 地獄のような場所だったけど……これだけ長く暮らしていれば、さすがに愛着も湧いてくる。


 だけど、私はもうここに戻ってこられないのだ。

 不意に零れた涙を拭って、私は自分の部屋に戻るのであった。

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