35・『無能』の姉
……。
…………。
「あら、早いお目覚めね」
目を開ける。
すると、そこには──シルヴィアが私を見下していた。
「シルヴィア……」
彼女の名前を呼びながら、状況を把握する。
……どうやらここは、先ほどの控え室とは違うみたい。
壁や天井の造りを見るに、城内ではあるかな? 薄暗くジメジメした場所だ。
一方のシルヴィアは、液体の入った瓶を右手の上でバウンドさせる。
彼女は華麗なドレスを身につけており、こんな状況でなければ結婚式の一招待客みたいだ。
「この香水、なかなか役に立つわね。ちょっと振りかけたら、すぐに眠ってくれた。大枚払って買った甲斐があったわ」
ニヤリとシルヴィアが口角を吊り上げる。
「シルヴィア……ここはどこですか? 護衛の人たちは……」
「護衛? 控え室の前にいた能無しなら、同じように眠ってもらってるわよ。まあ、さすがに抵抗したから、この力もちょっと使ったけど」
バカにするようにシルヴィアが言い放つ。
「な、なんてこと……だとしても、どうしてあなたはそんなことを……」
「ねえ、あんた、どうして私を式に誘わなかったのよ」
私の声を遮って、シルヴィアがそう問いかける。
「え……」
「私だけじゃない。お父様とお母様もだわ。殿下にペコペコ頭を下げていた、あの二人は誘われなくてもいいけど……なんで、親族である私たちを誘わないの? 喧嘩、売ってるわけ?」
シルヴィアと両親を誘わなかったのは、ライナス殿下の判断に私が賛同したからだ。
今さら、家族のみんなが式に来ても、ろくなことにならないだろう。そう考えた上での判断だった。
そして、その嫌な予想は当たろうとしている。
「でも……シルヴィアたちは……」
「でも? 口答えしないで!」
ガンッ!
シルヴィアが倒れている私を、思い切り踏みつける。
鈍い痛みが体を襲った。
「あんたのせいで、実家はメチャクチャ! 貴族名簿から除名されて、社交界での居場所を失った! 殿下が来てから、家の中はどうなったと思ってる? お父様とお母様は意気消沈し、使用人たちが次々と辞めていった! これも全部、あんたのせいなんだから!」
続けて、何度も何度も──シルヴィアは私を踏みつける。
私は彼女の凶行に、頭を抱えて耐えることしか出来なかった。
「……ねえ、あんた、知ってる?」
やがて、疲れたのか。
彼女は蹴るのをやめ、ゆっくりと語り始めた。
「あんたとライナス殿下の秘密のことよ」
「秘密……?」
「そう」
首を縦に振るシルヴィア。
「天賦の魔法の才があった殿下だけど、秘密があった。彼の体には、大昔に滅ぼされたと思われてきた魔神が宿っているのよ」
「はい……?」
「魔神は殿下の体を食い破って、この世にもう一度顕現しようとしている。殿下が苦しめられている魔力暴走も、魔神が暴れているせい。直に殿下の体は魔神に食い殺され、潰えるはずだった」
なんだろう……。
恐ろしいことを聞かされている気がするが、いきなりのことすぎて理解が追いつかない。
「だけど、予定は変わった。光の聖女の力を継ぐ──あんたのせいでね」
そう言って、シルヴィアは忌々しげに顔を歪める。
「ルネヴァン家は元々、光の聖女の末裔だったのよ。でも何千年も経ったことにより、ルネヴァン家はその使命も忘れ、力を失った」
「光の聖女の……末裔」
「光の聖女の力は“中和”。大昔、魔神を滅ぼした光の聖女と同じ力だわ。あんたがライナス殿下に触れると、彼の魔力暴走が治ってるんでしょ? そのせいで、殿下の奥底に眠る魔神は、少しずつ力を失っていた。これが、あんたとライナス殿下の秘密」
「ま、待ってくださいっ。そんなの、信じられるはずが……」
「だから、口答えするなと言ったでしょ! また蹴られたいの?」
シルヴィアが私を睨みつける。
彼女の顔を見ると、また体が萎縮してしまって動けなくなる。
「なんで……あんたなのよ。なんで、あんたに光の聖女の力が継がれたのよ。私でもよかったはずなのに……」
私が恐怖と戸惑いで震えている間にも、シルヴィアは悔しそうに歯軋りをする。
「光の聖女に選ばれたのが、『無能』のあんたじゃなくて私だったら、よかった。そうすれば、今頃殿下の隣にいるのは私だった」
「そんなの……」
「そこでいい提案があるの」
一転して。
シルヴィアはにっこりと笑みを浮かべ、上機嫌に手を叩く。
「ライナス殿下、私にくれない?」
「は……?」
「あんたの“中和”の力って、殿下は気付いていないんでしょ? だったら、今なら入れ替われるはずだわ。殿下だって冴えないあんたより、私の方がいいでしょうし」
「私が……シルヴィアと入れ替わる……?」
「そうよ。元々、『選定の儀』に行くのは私だったし、なにも困らないでしょ。今まで、私の身代わりご苦労様」
──彼女はなにを言っているんだろう。
今さら、私とシルヴィアが入れ替われるはずがない。
たとえ、同じ桃色の髪をしていても……だ。
しかし、そのことをシルヴィアに言っても、彼女は納得しないだろう。
それほど、今の彼女の瞳は闇を孕んでおり、話が通じなさそうだった。
「これから、ルネヴァン家はさらに落ちぶれていく。そんな家に私はふさわしくない。だけど、殿下と結婚すれば全部チャラ。私が王妃になり、殿下と共に国を支えることになるわ」
そう言って、シルヴィアが私に手を伸ばす。
「ねえ……いいでしょ? あんたには分不相応だったのよ。私に殿下を渡しなさい」
じっと私の答えを待つシルヴィア。
……今まで、私は彼女に逆らえなかった。
だって、私は『無能』だから。
シルヴィアに勝てるところなんて、なに一つないんだから。
両親は私を捨ててることになって、喜びこそしたものの、悲しむ様子は一切なかった。
今まで、シルヴィアに全てを奪われてきた。
家族からの愛も。幸せも。
でも──。
「嫌……です」
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




