27・二回目のデートも二人っきり(?)で
週末。
私たちは予告通り、二回目のデートに出かけた。
今回もミレーユさんに服を選んでもらい、ライナス殿下お気に入りの喫茶店に向かったんだけど……ある理由で、私はそわそわしていた。
「あ、あの、ライナス殿下。やっぱり、その服はどうか……と」
喫茶店に着き、対面に腰を下ろすライナス殿下に、私は恐る恐る口にした。
「なにを言う? 君がくれたセーターじゃないか。着て行くのは、今日しかないと思っていたんだ」
ライナス殿下は私がどうしてそう言うのか本気で分からないのか、とぼけた顔をして首を傾げた。
現在──ライナス殿下は、私が作ったセーターを着ている。
中央にどでかく、リンゴの刺繍が施されているセーターだ。
私は主に、城内で着てもらうためにとセーターを作った。私があげたセーターは子どもっぽく、殿下が外出用の服として使うには不適格だと思ったからだ。
なのに、恥ずかしげもなくそれに袖を通すライナス殿下を見て……嬉しいことには違いないけど、少し申し訳なくもあった。
「それに、君も俺があげた髪飾りをつけているじゃないか。とても似合っている」
「私がもらった髪飾りは、外出先で付けても素敵なものですから……」
視界の端でちらちらと映るリンゴの刺繍が気になったけど、これ以上なにも言わないでいよう。
「オムライスを頼んでみたいです。殿下の好物なんですよね?」
「そうだ。では、俺もオムライスにしよう」
そう言いながら、ライナス殿下は店員の方をちらりと見る。
するとすかさず、厨房の奥から赤髪の店員が出てきた。
「え!?」
彼を見て、思わず声を上げてしまう。
「リュカさん!?」
「リュカ? なんのことですか?」
赤髪の店員──リュカさんは首をひねる。
何故かとぼけているが、双子でもない限り、間違いなくリュカさんだ。
どうして、彼がここに……。
「リュカさん……もしかして、お城の給金だけではやっていけないんですか? 相談だったら、私も乗りますが……」
「そう不憫な顔で見ないでくれ。俺はリュカじゃない、リューだ。決して、心配性な殿下のために、隠れながらアリシアさんたちを護衛しているリュカじゃない」
……名乗ってないのに、私の名前を知ってるし。
ライナス殿下にも視線を移すと、彼は呆れたような顔をして頭を抱えていた。
……多分だけど、先日の──シルヴィアとの一件があるから、ライナス殿下はリュカさんを護衛につけてくれたんじゃないだろうか。
だけど、二人きりでデートをしたい。ゆえにリュカさんには変装して、私たちを見守ろう……と。
問題はリュカさんの変装が下手でバレバレだったことだけど、ライナス殿下のご配慮だ。ここで突っ込みすぎるのも無粋というものだろう。
「私は、オムライスを」
「俺もだ。食後の飲み物は珈琲でいいか? アリシア」
「はい」
「はいはい、かしこまりました〜」
間延びした返事をして、リュカさんが厨房に引っ込んでいく。
程なくして、オムライスが(ちなみに、来たのはまたリュカさんだった)運ばれてきた。
「わあ……!」
「頂くとするか」
私たちは向かい合いながら、同時にオムライスに口をつける。
「……! やっぱり美味しい!」
ほっぺに手を当て、思わず声を大きくしてしまう。
とろとろの半熟卵が、ケチャップご飯と絶妙に合わさって、頭を幸せで満たす。
気付けば人目も気にせず、あっという間に完食してしまった。
「ごちそうさま……殿下、とても美味しかったです。何度でも、食べたくなるくらいに」
「君も気に入ってくれて、俺も嬉しいよ。それに、今日一度だけではない。君が来たくなったら、何度でも来よう」
「──はい!」
その後、喫茶店を出て、王城に直帰するのも味気ないと感じ、私はライナス殿下と街中をぶらつくことにした。
だけど、ここでも気になることが。
「ま、またリュカさん!?」
「んー? リュカって誰だ? オレっちは、リンゴ飴の屋台店主のリオンだぜ」
手拭いを頭に巻いたリュカさんが、屋台で何故かリンゴ飴を売っていた。
それだけではない。
ぶらりと立ち寄った楽器屋の店主。二本の棒を器用に扱う大道芸人。公園のゴミを拾っている清掃スラッフ……。
至るところで、リュカさんの姿を見かけた。
それなりに変装しているようだが、肝心の燃えるような赤髪と端正な顔立ちはそのままだから、遠目からでも彼だと分かる。
「ヤツめ……隠れて護衛するのを頼んだのは俺だが、もう少しやりようがあっただろうが。これでは二人っきりでデートをしている気分にならないぞ」
大通りを歩きながら、ライナス殿下が顰めっ面でぶつぶつと呟く。
この調子だとリュカさん、あとで怒られそうだ。
もちろん、ライナス殿下も本気で怒っているわけじゃないと思うけど……あまりリュカさんを叱らないよう、私からも頼んでおこう。
ちなみに、数メートル先のベンチで新聞を読んでいるベレー帽を被った男性もリュカさんだ。わざわざ話しかけたりしないけれど。
「アリシア、次はどこに行きたい?」
「そうですね……でしたら、博物館に……」
そう言いかけた時だった。
「あっ!」
喧騒を掻っ切るような、子どもの高い声。
え──と目を向けると、右手を空に伸ばす男の子がいた。
男の子の視線の先には、風船がふわふわと上昇している。
うっかり手放してしまったんだろうか? だけど風船は男の子の腕どころか、大人でも届かない位置まで上昇し、三階建の建物を追い越そうとしている。
数メートル先ではベレー帽を被ったリュカさんが新聞を下げ、咄嗟にベンチから立とうとする。
しかし。
「──心配するな」
ライナス殿下にそう肩が叩かれたかと思うと、彼は男の子に向かって疾駆する。
そして、すかさず彼は空中で氷の足場を作った。
氷魔法だ。
次々と氷の足場を作り出し、風船にまで続く階段が出来上がる。それらをライナス殿下はひょいひょいと駆け上がっていき──風船を掴んだ。
「……ふう」
そして足場から飛び降り、地面に着地したライナス殿下は大きく息を吐く。
「ほら、もう離すんじゃないぞ」
「うん! ありがとー、お兄さん!」
子どもは目の前の男性がまさかライナス殿下だと思っていないのだろう。笑顔で手を振り、その場から走り去ってしまった。
「ライナス殿下、大丈夫ですか?」
「これくらい、朝飯前だ。魔力暴走も起こっていない」
心配してライナス殿下に駆け寄ると、彼は笑顔で答えた。
「急に驚きましたよ。まさか、ライナス殿下が魔力暴走のリスクを抱えながら、子どものために動くだなんて……」
「冷酷な王子には似合わない、そう言いたいのか?」
冗談っぽくライナス殿下は口にする。
「い、いえ! そういうわけでは!」
「……まあ、俺も似合わない行動を取ってしまったと思っている」
そう言いながら、ライナス殿下は私をじっと見める。
「だが、気付いたら体が動いていた。君が見ていたからかもな。君にカッコいいところを見せたい……と」
「──っ!」
その言葉に、すぐに返事を紡げない。
先ほどのライナス殿下。子どもために颯爽と駆けるライナスは、素直にカッコよかった。
やっぱり、彼は冷たい人じゃない。分かっていたけど、誰よりも心が優しい人だ。
二回目のデートで、心に余裕が出来たからだろう。
あらためて、自分の気持ちを振り返ることが出来た。
──私はライナス殿下のことが好きだ。
「博物館に行きたいと言っていたな? だったら、この近くにある。行こうか」
「……はい」
差し出されるライナス殿下の手を、迷いなく握る。
なんだか先ほどのカッコいいライナス殿下の姿が目に焼きついてしまったせいで、彼の顔が見れなくなっていた。
「ライナスのヤツめ、あんなに楽しそうな顔は久しぶりに見るぜ。ありがとな、アリシアさん」
そんな私の耳に、リュカさんの声が風に乗って届いた気がした。
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