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26・もう一度、デートをしないか?

 いつもの日課を終え、ライナス殿下に挨拶をしようと執務室に向かうと、彼の姿はなかった。


「どこに行ったのかな?」


 気になる。


 とはいえ、彼が城を出ることは珍しくない。なにも公務は書類仕事ではなく、視察は来客の対応もあるからだ。

 だからあまり気にせず、ライナス殿下が帰るのを待とうとしていると……。


「ライナス殿下……!」


 廊下の向こうから、ライナス殿下の姿を見つけた。

 しかし、その足取りは覚束ない。ふらふらと歩き、今にも倒れてしまいそうだ。右手は胸に添えられ、苦しんでいるように見える。


 これは……。


「ま、魔力暴走!?」


 そう言って、急いでライナス殿下の元に駆け寄る。


 ライナス殿下の肩に手を触れると、「アリシア……?」とようやく私の姿を認識したのか、彼が声を零す。


「どうされたのですか? こんな日中に魔力暴走が起こるなんて、珍しいじゃないですか。なにが──きゃっ!」


 思わず、短く声を上げてしまう。

 突然、彼が私を力強く抱きしめたからだ。


「アリシア……! アリシア……!」


 私の背中に手を回し、ライナス殿下は何度も名前を呼ぶ。

 その声は悲壮感に満ちており、とても無視出来るものではなかった。


「……どうされたのですか」


 あらためて、冷静に問いかける。


 すると。


「ルネヴァン家に行ってきたんだ」


 ルネヴァン家──。

 言わずもがな、私の実家だ。


 彼が婚約者の実家に行くことは、さほどおかしなことではないけど……私に黙って? それに、この彼の様子は?


「そこで、君の家族に会ってきた。醜かった。ヤツらは自分のことしか考えていないような、貴族の風上の置けない連中だった。あんな地獄に、君は十八年間もいたんだな」

「え、えーっと、もしかして殿下は……」

「ああ。君の事情は分かっている。君が、あの地獄でどのような扱いを受けていたのかについてもな」


 ……やっぱり。

 ライナス殿下に迷惑をかけてはいけないと思って隠していたけど、さすがに限界だったみたい。

 とうとうバレてしまったのだ。


「俺はそのことに薄々気付きながらも、なかなかルネヴァン家の断罪を下さなかった。ヤツらが言い逃れ出来ないよう、証拠を集めていたからだ」

「そうだったんですね。ということは、あなたの今の様子も、私の家族に会ってきたから……?」

「ああ」


 答えるライナス殿下。


「俺の大事な婚約者を、酷い目に遭わせたんだ。到底、許せるはずがない。だから結婚支度金の停止、さらには貴族名簿からルネヴァン家を除名した」


 貴族名簿からの除名。

 私だって、それがなにを意味するかは分かる。


 ルネヴァン家に力があるのは、貴族名簿に名前を連ねる公爵家だからだ。その名簿から弾かれても、すぐには崩壊……というわけではないけど、力は衰える。


 両親もシルヴィアも、贅の限りを尽くしていた。それもルネヴァン家が社交界で力を持ち、寄付金も多かったからだ。


 その地位が揺らぐとなったら……実家の未来は暗い。


「ここまでしたら、少しは気が晴れると思った。だが……実際は逆だった。醜い人間とはいえ、ヤツらは君と血の繋がった家族。そんな家族を……俺は冷酷に手を下した。残虐非道で冷酷な王子と言われても仕方がない」

「…………」

「騎士の中には、いくら敵国の兵士でも殺せば、その時の感触が一生残ると言っていた。今、俺は彼らと同じ気持ちだよ。だから……」

「ライナス殿下」


 抱きしめられながら、震える彼の背中を私は優しく撫でる。


「殿下は、とても優しい方なんですね」

「君の家族を、冷酷に処分した俺が……か? 君に相談もしなかったんだぞ」

「私の身を案じてくれていたからでしょう。実家に手が及ぶと知れば、気に病むと思って」


 正直、実家が没落していく様を目の当たりにするのは、複雑な心境がある。

 ざまぁみろ、と思えれば、私ももっと楽に生きられただろう。


 しかし、ライナス殿下を恐ろしいとも思わない。

 私のことを考え、ここまでボロボロになりながらもケジメを付けに行った彼に、尊敬の念すら抱いていた。


「ありがとうございます。それに、これで両親や妹が破滅するわけではありませんよ。今までの贅沢な暮らしを見直し、身の丈に合った生活をしていけばいいだけです」

「アリシア……」

「だからライナス殿下、どうか気に病まないで。私は、あなたが悲しんでいる方がよっぽど辛いです」


 私の言葉を噛み締めるように、ライナス殿下はなにも語らない。


 だけど、程なくして。

 彼はゆっくりと、私から体を離した。


「……ありがとう。君と話したおかげか、魔力暴走も治ったよ」

「いえいえ」


 笑顔で謙遜する。


 それにしても……今、私ってライナス殿下に抱きしめられていたんだよね?

 お嬢様抱っこをされたり、手を繋いだり、首元にキスをされたりしたことはあったが、抱擁は初めてだ。


 冷静になると、なんだか恥ずかしくなってきた。

 私は無意識に頬に手を当ててしまうのであった。


「アリシア……一つ、お願いしてもいいか?」

「なんでしょうか?」


 首を傾げる。


「よかったら、先日のデートの再戦をさせてくれないか?」

「再戦……ですか?」

「ああ。次は、君をお気に入りの喫茶店に連れて行くと言っただろう? なかなか行けなかったが……ようやく君の実家での一件も片付いた。そろそろ、どうかと思って……」


 それはいい話だ。

 ライナス殿下も私の実家の一件で、今まで思い詰めていただろう。これを機会に、ぱーっと遊んで気分転換をするのも有りかもしれない。


「私……行きたいです!」

「そうか」


 ライナス殿下は微笑みながら、私の頭を撫で。


「今すぐ……というのは、君も困るだろう。週末、デートに出かけよう。それまでに、俺の方でも準備を済ませておく」

「わ、分かりました」


 そう言い残して、ライナス殿下は執務室の方へ歩き去っていった。


「デート……か」


 あの時はまだライナス殿下お気持ちがよく分からず、戸惑ったり緊張することの方が多かった。

 だけど今はそうじゃない。一緒に過ごしてきて、彼のことをより理解するようになった。


 週末に向けて、早くも胸が弾んだ。

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