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2・妹のシルヴィア

 ──あれから八年が経ち、私も十八歳になった。



 しかし、家の中での扱いは変わっていなかった。


 使用人同然として扱われ。

 両親の癇癪に触れれば、折檻を受ける。


 毎日、朝から雑用をこなし、日付が変わる頃に泥のように眠り込む毎日。


 相変わらず魔力には覚醒せず、『無能』呼ばわりされている。

 しかも今まで、両親の怒りをかわないように注意すればよかっただけだが、もう一つ、悪い方向に変わったことがあった。


 それは……。



「──今、王都に来てる舞台俳優がカッコいいのよ。思わず見惚れちゃったわ。あんたもそう思わない?」



 妹のシルヴィアの髪の手入れをしていると、不意に彼女がそんなことを話しかけてきた。


「……失礼ながら」


 彼女の髪を梳きながら、私はこう答える。


「私は、流行りに疎いのです。今、王都でなにが起こっているのかも知りません。舞台俳優なんて尚更……」

「ふんっ」


 シルヴィアは私の言ったことを、バカにするように鼻を鳴らす。


「相変わらず、あんたはつまらない女ね。あんたも成人になったんでしょ? 少しは流行りに興味を持てばいいのに」

「……()()()の、おっしゃる通りです」


 私は声を絞り出すように、そう言葉を返すことしか出来ない。



 ──ここ八年で、シルヴィアの私に対する態度は様変わりした。



 八年前のシルヴィアはまだ幼かったせいか、よくも悪くも私に対して無関心であった。


 しかし、十六歳になったシルヴィアは両親と同じく、私を厳しく責め立てる。

 贅沢好きな性格にも拍車がかかり、さらに高価なものを両親に求めるようになった。


 もっとも、シルヴィアの魔力の才は随一だ。

 魔力によって全てが決まるこの世界では、それさえあれば一財産を築くことが出来る。

 両親もシルヴィアを甘やかし、嫁入り前の彼女が幾多の男性と恋瀬を重ねようが、なにも言わない。


 今こうして手入れをしているシルヴィアの髪も、それこそ見事にキレイなものである。

 高級な髄液(トリートメント)を使っているんだろう。光を反射するほど艶やかで、まるで一種の芸術作品のようだ。


 一方の私は見窄らしいもの。

 化粧などの美容品なんてもってのほか。毎日、井戸の冷たい水で髪の脂を取るだけで一杯一杯だ。


 桜のような桃色の髪は、彼女と一緒のはずなのに……。

 どうして、ここまで差がつくのか。考えれば考えるほど、悲しい気持ちになる。


「もういいわ」


 そう言って、シルヴィアは私の手を払う。


「もっと、早くしなさいよ。ほーんと、『無能』は髪の手入れ一つ取っても役立たずね」

「申し訳ございません、お嬢様」


 深く頭を下げる。


 シルヴィアは私の妹だが、こうして『お嬢様』と呼ばないと、烈火のごとく怒る。

 おそらく、私と血が繋がっていることすら嫌悪しているのだろう。

 ここまで屈辱的な扱いを受けても、私は文句一つ言うことすら出来ない。


「さっさと次の仕事に移りなさい。あんたの陰気臭い顔を見てたら、苛々してきたわ。それとも……」


 ニヤリと笑って、シルヴィアは手をかざす。


()()()()()()をしたい? 私はそれでも全然構わないけど」

「……っ! い、いえ、そんなことは。すぐに掃除に向かいます!」


 踵を返し、シルヴィアの部屋から出ようとする。


 その際、酷く慌ててしまったせいだろう。

 右肘が、棚に置いている香水の一つに当たってしまった。

 あっ……と思ったのも束の間、手を伸ばすことすら間に合わず、香水は床に落下する。


 カリーンッ!


 そんな甲高い音を響かせて、香水瓶は割れる。もちろん、中の液体も全て台無しになってしまった。


「こんの……っ!」


 振り返ると、シルヴィアが怒りで顔を歪ませた。


「あんた……っ! どういうつもりよ! その香水、私のお気に入りだったんだけど!? この責任、どう取ってくれるつもりよ!」

「すみません! すみません! お許しください、お嬢様!」


 床に手を突き、何度も謝罪する。

 怖くて体が震える。

 シルヴィアの顔も見れなくなっていた。


「謝って済む問題じゃないのよ!」


 だが、シルヴィアは私の前に立ち、再度手をかざす。

 その手のひらには炎が。


「何度やっても、あんたの間抜けは治らないみたいね。いいわ。そんなに罰を受けたいなら、お望み通りにやってあげる。歯を食いしばりなさい」

「……っ!」


 咄嗟に立ち上がり、その場から走り去ろうとする。


 しかし、遅かった。

 シルヴィアの手から放たれた炎は、私の肩をかすめた。


「熱いっ!」


 燃える右肩を押さえて、私は悶え苦しむ。


 魔力というのは、基本的に火・水・雷・氷・土・風の六属性に分けられる。

 他にも細かく光や闇、なんの属性にも類さない治癒魔法などがあるけど、シルヴィアは『火』の魔力に優れていた。


 魔力によって練られた炎は、ただの炎ではない。

 それがたとえボヤ騒ぎの火力でも、なかなか消えない地獄の業火になるのだ。


 何度も何度も、関節が外れるんじゃないかと思うくらいに右肩を床に叩きつけると、ようやく火は消えてくれた。


「ははは! いい気味ね!」


 涙を浮かべ息を整えている私の身をシルヴィアは案じることもなく、見下して高笑いを上げた。


「あんたが『無能』だから悪いのよ! そんな軽く放った火くらい、あんたが魔法を使えれば、なんてことなかったのにね! 右肩のところに火傷跡、残るんじゃない? あんたにお似合いの化粧かもしれないわね!」

「す、すみません」

「謝ることしか出来ないの? まあいいわ、ちょっとは気が晴れたし。さっさと割った香水と同じものを買いにいきなさい。ここの掃除は他の使用人にやらせるわ。言っとくけど、少しでも遅れれば……分かっているわよね?」

「しょ、承知しました!」


 今度こそ、慌ててシルヴィアの前から走り去る。

 たった今、実の姉を傷つけたというのに、シルヴィアは「バカね」とくすりと笑うだけだった。



 ──いつまで、こんなことが続くのかな。



 同じ年頃の普通の女性は、たとえ貴族でなくても両親からの愛情を一身に受け、人並みに恋愛もしているのだろう。


 それなのに私は、同じ家族から酷い仕打ちを受け……。

 たまに命じられるお使いを除いては、屋敷からろくに出ることも出来ない。

 私はこのまま、地獄のような場所で一生を終えるのだろうか?


 走りながら、私はそんなことを考えていた。

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