18・初めてのデート
三日後。
とうとう、デート当日になった。
「待たせたな」
そう言って、ライナス殿下が待ち合わせ場所である城内の中庭まで走ってくる。
今日のライナス殿下は、少し装いが違う。
いつもはきっちりした王族衣装だが、今はラフな格好だ。
だけど、どこか品のよさが滲み出ている。
香水を付けているのだろうか、彼が来るとふんわりとした柔らかい香りが鼻先をくすぐった。
「いえいえ、私もようやく身支度が済んだところだったので」
そう答える。
ちなみに……私も、城内で身につけている服とは違っている。
身支度を手伝ってくれたミレーユさんいわく、『春を意識した』──らしい。全体的に桃色の髪がよく映える服で、着ていて心が穏やかになる。
ミレーユさんは褒めてくれたけど……変じゃないかな?
そう思って俯いてしまっていると、ライナス殿下は私の全身を眺めて、こう口にした。
「君は、そういう庶民的な服も似合うんだな。キレイだ──思わず、見惚れてしまったよ」
「……っ!」
ライナス殿下に褒められ、耳の先が熱くなっていく。
彼は貴族よりも上の、王族だ。幼い頃から女性を褒めることを教えられてきたのだろう。
だけど、仮にお世辞だったとしても『似合う』と言ってくれて、まだデートは始まってすらいないのに、胸の鼓動が騒がしくなった。
「で、殿下もとてもお似合いです」
「ありがとう」
ライナス殿下も笑って、そう答えるのだった。
王都の市場──。
編み物の材料を買うために歩き回っていると、周囲の視線を嫌でも感じることになった。
「おい、あれ……ライナス殿下じゃないか?」
「どうして、殿下がここに? 買い物なら、使用人に任せればいいものを」
「よく見ろよ、隣にキレイな女性がいるだろう? 多分、あれが最近噂になっている殿下の婚約者に違いない」
「ああ、どおりで……だったら、今日はお忍びデートってところか」
「お忍びになってねえけどな」
うぅ、落ち着かない……。
覚悟はしていたが、いくらいつもの王族衣装と違うとはいえ、ライナス殿下の美しさは目立つ。
すぐにその正体を見破られ、周りの通行人たちはヒソヒソと話をし出した。
中には、ライナス殿下の色気にやられて、その場で倒れる女性の姿も。
もっとも、さすがに声をかけようとしてくる人はいないみたいだが。
「どうした?」
そわそわしている私に気付いたのか、隣からライナス殿下が心配そうに声をかけてくる。
「いえ……みんな、殿下を見てらっしゃるなと思いまして」
「まあ、しょうがないだろう。自分の立場は分かっているつもりだ。嫌でも注目を集める」
「ですよね……」
「それに、なにも俺だけを見ているだけじゃないと思うぞ?」
へ?
ライナス殿下からよく分からないこと言われ、私は目を丸くしてしまう。
「それはどういう……」
「みんな、君も見ているんだ。君の美しさの虜になっている」
私も……?
いやいや、そんなバカな。お使いに出ても、周りの人たちはみんな、私に目もくれなかったけど?
……いや、あの時は粗末な服を着て、フードで髪も隠していた。化粧なんてもってのほかだったし……だからなのかな?
しかし、ライナス殿下の言うことはやっぱり大袈裟で、とてもその通りだとは思えなかった。
「そんなことありませんよ。不細工……とまで言うつもりはありませんが、私の顔はごく一般的です」
「君は自己評価が低いんだな。だとすると……今、俺が考えていることも分かりもしない」
「殿下の考えていること……ですか? 失礼ながら、分からないです……」
「嫉妬しているんだ」
そう言って、ライナス殿下は忌々しげな目で周囲に視線をやる。
「こうして街に出れば、美しい君は自然と注目を集めてしまう。そのことに気分のよさもあるが……同時に悔しさも感じるんだ。アリシアの美しさは、俺が独占したいのだから」
「え、えーっと、そんなことを考えなくても、私はライナス殿下のものですよ? 安心してください」
「ありがとう」
微笑むライナス殿下。
彼の笑顔に、周囲の人たちが沸きだった。
城内の人もそうだったけど、やっぱり彼が笑うことは相当珍しいらしい。
「まだまだ、今日という一日は始まったばかりだ。どこでも、君に付き合──」
とライナス殿下が言葉を続けようとした時だった。
彼はとある街の一角で、足を止める。
「ここは……」
私も声を零す。
ライナス殿下の視線の先には、薄暗い路地裏が続いていた。
なにもなく、普通なら足を止めないような場所だ。実際、この一角だけ人が少ない気がする。
「アリシア、覚えているか?」
「ええ、もちろんです。八年前、私はここで初めて殿下とお会いしました」
痛そうに、うずくまる少年。
お使いの最中だったけど、そんな少年を見捨てることが出来ず、すかさず昔の私は駆け寄ったのだ。
ライナス殿下いわく、魔力暴走で苦しんでいたようだが──私が手を握ってあげると、程なくして彼の苦しみはなくなった。
あの時の感覚は、今でも鮮明に覚えている。
「不思議なものですね。ここでたまたま偶然、殿下とお会いしただけなのに、婚約にまで至るなんて」
「そうだな、運命的なものを感じるよ。思えば、あの時俺は君の手を握るだけで、魔力暴走が治った。運命的な繋がりが、俺たちの間にはあったかもしれないな」
とライナス殿下が言う。
蒼瑠璃の一件といい……意外と彼はロマンチストだ。
そのせいで時たま、毎日私にプレゼントを渡すだなんていう、ちょっとずれた行動にも出るのだけれど。
「……行こうか」
とライナス殿下は名残惜しそうに、路地裏に背を向ける。
「思い出に浸るのもいいが、大事なのはこれから先の未来だ。これからも、君とたくさんの思い出を刻んでいきたい」
「同感です」
路地裏から離れ、私たちは再び市場を歩き出した。
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