10・冷酷な王子様
ライナス殿下に連れられ、私が向かった場所は城内の中庭だった。
「で、殿下っ!」
城の渡り廊下を歩き、中庭に出ようとすると、その前に立つ一人の騎士がピンと背筋を伸ばす。
「うむ」
対して、ライナス殿下はそっけなく答え、騎士を鋭い目線で一瞥した。
「きょ、今日はどうされましたでしょうか?」
「婚約者を案内していたんだ。彼女は次期王妃になる女性。城内の内観を知るのも、おかしくないだろう?」
「そ、そうでしたか……」
ライナス殿下と話している際、騎士はずっと恐縮しっぱないで、声も震えていた。
「どうか、ごゆっくりしてくださいませっ」
「…………」
なにも答えず、ライナス殿下は再び歩き出す。
去り際、ライナス殿下が背を向けると、騎士がほっと息を吐いたのが見えてしまった。
やっぱり、ライナス殿下のことが怖いのかしら……。
騎士を相手にするライナス殿下も、私に話しかける時より数段冷たい声をしていた。
冷酷な王子。
あらためて、彼がそう呼ばれていることを思い出し、ぞっと鳥肌が立った。
「アリシア、手を」
「は、はい」
考えていると、中庭に降りる階段の前で、ライナス殿下はすっと手を差し出す。
私も恐る恐るその手を握り、階段を降りる。
とはいっても、三段くらいの階段だったけどね……。
階段というより、これではただの段差だ。
たったそれだけの階段でも、手を差し伸べてくれるのだ。とても、先ほどの騎士へ向けた冷たい眼差しが信じられなかった。
「わあ……」
しかし、そんな私の失礼な考えを、中庭を一望して塗り替えられる。
一面の咲き誇る花々。
中央には噴水があり、そこから噴き上げる水が太陽光に反射してキラキラして見えた。
「ようやく、笑ってくれたな」
隣で、ライナス殿下が安心したような顔で、私に声をかける。
「す、すみません。不満があるわけじゃないんです。ただ、城に来てからずっと緊張の連続で、上手く笑えなかったかもしれません」
「何故、謝る必要がある? 俺は嬉しいんだ。俺の予想通り、君は笑っている顔が一番魅力的だから」
ふんわりした柔らかい口調で言うライナス殿下。
……やっぱり、優しい。
私が相手だから? 八年前、たった一度会っただけなのに?
そうだとしても、過剰すぎる気がする。どうしてこんなに優しいのに、彼は冷酷な王子と呼ばれているんだろう?
「……なにか言いたげだな」
そんな私の疑問に気付いたのか、ライナス殿下がそう問いを投げかけけてきた。
「い、いえいえ、そんな……」
「気になることがあれば、なんでも言ってくれと頼んだばかりだろう? もっとも、先ほどみたいに使用人のような仕事を希望されても、すぐには頷けないがな」
冗談混じりにそう口にするライナス殿下。
彼が意識的に、リラックスした空気を作ってくれたからだろう。私は意を決して、こう口を開く。
「殿下のお噂……についてです」
「俺の?」
「はい。殿下は私に対して、とても親切にしてくださっています。なのに、どうして……」
「残虐非道の冷酷な王子」
質問すると、ライナス殿下がただ一言そう告げた。
「……周りが、俺に言っていることだ。なんでそう呼ばれているのか、疑問に思ったのか?」
「は、はい」
「昨日も言ったが、俺は生まれながらにして類稀なる魔法の才があった。そのおかげ──いや、そのせいで昔から苦労した」
それは昨日、ライナス殿下の口からも聞いた。
内に宿る魔力が膨大すぎて、よく暴走を起こす。そのせいで、昔はよく周りを困らせていた……と。
「この世界は魔力によって、全てが決まる。君は、その考えについてどう思う?」
「どうでしょう? 昔から当たり前の考えでしたから……でも、どこか歪な気がします」
「俺も同意だ。だが、望む望まないにしろ、この世界は魔力を中心に回る。魔力の多さはそのまま、王族としての優秀さにも繋がる。だから俺は昔から、魔力暴走をよく引き起こすとはいえ、周りから期待されていたんだ」
「む、『無能』の私とは大違いです」
「だが、反面──桁外れの魔力を有する俺を、不気味がる周囲の人も現れた」
そう言うライナス殿下の横顔は、どこか寂しげであった。
「俺のことを、化け物と言う人間もいると言っただろう? それは魔力暴走を克服した今でも、同じことだ。先ほどの騎士も、その中の一人なのだろう。皆、俺を怖がっている」
「そ、そんな……っ! 酷いです。ライナス殿下だって、望んで魔力を有して生まれてきたわけじゃないのに」
「ありがとう。とはいえ、それはまだ優しい方だ。俺のことを利用しようとする者も現れた」
ライナス殿下は拳をぎゅっと握り、声を絞り出すように話を続ける。
「俺の前だけ、良い顔をする大臣。俺の魔力を金儲けのために使おうとする商人。そういう悪意ある者たちに辟易としていると、俺が信頼出来る人はほとんどいなくなった。君の専属メイドに任命したミレーユは、数少ない信頼のおける人間の中の一人だ」
「そうだったんですね……」
「そういう俺を、周りの無責任な連中は冷酷と思ったのだろう。まあ、俺もそちらの方が好都合だったがな。だから、特段噂を正そうとも思わなかった」
穏やかな彼の口ぶりの裏に、ふと孤独の影が差し込んだ気がした。
私も、実家の中で孤独を感じていた。
理由は全く違うけど……ライナス殿下も、同じような寂しさを感じていたのかもしれない。
彼の心情を察すると、胸が苦しくなった。
「他には、俺についてなにか知っているか?」
「え、えーっと、五年前に逆らう重臣を処罰したとか」
「五年前? まだ、魔力暴走に苦しんでいた時だぞ。当時の俺に、そこまでする力はなかった。賄賂を受け取っていたのがバレ、地方に飛ばされた役人は何人かいたかと思うがな。他には?」
「『選定の儀』に向かった令嬢が、全て魂を抜かれたように帰ってきただとか……」
「自分で言うのもなんだが、どうやら俺の容姿は人をおかしくさせるらしい。『選定の儀』に来てくれた令嬢のその後は細かく追っていないが、俺が具体的にどうこうしたわけじゃない」
昨日の光景を思い出す。
あれほどライナス殿下の悪口を言っていた令嬢が、ひとたび彼を見ると一気に態度を変えた。
人をおかしくさせる──ライナス殿下の言ったことも、あの様子を思い出せば頷けるものだった。
「すっきりしたか?」
次になんて言葉を紡げばいいのか分からず黙りこくっている私に、ライナス殿下は微笑みかける。
「は、はい。ありがとうございました。話しにくいこともあったと思うのに、わざわざ喋ってくれて……」
「いいんだ。君には、なるべく隠し事をしたくないからな」
そう言って、ライナス殿下は顔を前に向ける。
「城の中ですら信頼出来る者が少ないというのは、なかなか辛いところがある。だが……この庭に咲く花々を見ていると、自然と心が休まるんだ」
「分かる……気がします。私も花が好きですから」
実家では庭の手入れもさせられていたけど、そうしている時が唯一心休まる時だったかもしれない。
花々は、私を『無能』呼ばわりしないし、両親やシルヴィンみたいにぶたないからだ。
「そうか。君と好きなものを共有出来て、嬉しく思うよ」
と彼は破顔し。
「特に、どんな花が好きなんだ?」
「そうですね……コスモスとかでしょうか。コスモスを見ていると、なんだか元気が湧いてくるんです」
「分かった」
私の答えを聞くと、ライナス殿下はパッチンと指を鳴らす。
急にどうしたんだろう? そう思っていると、慌ただしく駆け寄ってきた騎士に、ライナス殿下はこう伝える。
「庭師に言って、すぐにこの庭にコスモスを植えろ。少々、という話じゃないぞ? この庭をコスモス一面で満開にしろと伝えろ」
「か、かしこまりました!」
と騎士の彼は敬礼して、走り去ってしまってしまった。
「で、殿下!? さっき、この庭をコスモス一面で満開にしろ、というようなことが聞こえましたが……」
「当然だ。君が好きだと言ったんだからな。好きな人の願いを叶えようとするのは、当然の話だろう?」
首を傾げるライナス殿下。
コスモスが好きだと言っただけで、別にすぐに増やしてくれと言ったわけではないんだけど……。
まあ、別にいいのかな?
ライナス殿下のこういう早とちり(?)なところも、知られてよかったし。
戸惑いつつ、私は彼に苦笑いで応えるのだった。
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