1・虐げられた令嬢
私にとって、この世は地獄だった。
──魔力で全てが決まる世界。
ここ、フェルディア王国では代々、魔力の宿る人たちで婚姻し、その家系を貴族と呼んだ。
それなのに、私──アリシアはルネヴァン公爵家の貴族として生まれながらも、魔力を持たなかった。
魔力は遺伝するものなのに、それを持たない人間は『無能』と呼ばれ、この世界では蔑まれる。
『無能』な私は、家の中でも使用人同然として扱われ、両親は『家の恥』『不吉』『なんで生まれてきた』と酷い言葉を浴びせる。
何度も一縷の希望に縋って、魔力測定をやり直した。
しかし、無駄なのだ。
魔力測定器に何度手をかざしてみても、私の時にだけ嘘のように反応しなくなる。
最初に『無能』だと判断された際の両親は激昂っぷりといったら、今でも思い出せる。十歳の幼い私は、頭を抱えて両親の怒りが治ってくれるのを待つしかなかった。
そして、それは二歳下の妹、シルヴィアが魔法師としてメキメキと力を伸ばしてから、より顕著になったと思う。
『無能』の私と違って、シルヴィアの魔法の才は随一だった。
百年に一度の天才。
ルネヴァン家の神童と謳われたシルヴィアには、ありとあらゆる贅沢が許された。
欲しいものがあれば、なんでも買ってもらい。
両親は笑って、彼女の我儘を受け入れた。
『無能』の私とは、雲泥の差だ。
両親から愛されるシルヴィアを尻目に、私は他の使用人に混じって、屋敷中の掃除をする。
私にとって、この世は地獄だった。
私はただ、誰かに必要とされたかっただけなのに──。
そして今日も私は、使用人がするようなお使いを命じられ、街に出かけていた。
「えーっと……お砂糖は買ったから、次はシルヴィアが食べるお菓子で……」
両親に罵倒されながら必死にメモした紙を片手に、市場を歩く。
公爵令嬢としては本来屈辱的なことではあるが、私は案外、このお使いが嫌いではなかった。
だって、お使いに出かけている時は、両親に叱られないから。
『無能』の私には、自由な外出も許されていない。
ほとんど屋敷に閉じ込められた生活を送っているが、一月に一回ほど、こうしてお使いを命じられることがあった。
だけど、決して気を抜けるものではない。
少しでも屋敷に帰るのが遅れれば、両親からの折檻が待っているからだ。
寄り道をせずに、効率的にお使いをこなす必要がある。
早足で市場を歩き回っていると……。
「痛い……」
唐突に、男の子の声が聞こえた。
「え?」
思わず足を止めてしまう。
私はいてもたってもいられなくなって、男の子の声がする方へ気付けば足を動かしていた。
そして、いた。
「どうしたの?」
薄暗い路地裏。
そこで一人うずくまって、痛みに耐えている男の子がいた。
「い、痛いんだ……それにとっても、苦しい……死んだ方がマシだって思えるくらいに……」
呼びかけると、男の子がゆっくりと顔だけを上げ、私を見た。
歳は私と同じくらい。
目立つ、キレイな金色の髪をしていた。
貴族……だろうか?
他の大人たちはどうしているの? なんで貴族の子どもが、こんな庶民が出歩くような市場を一人で歩いているんだろうか?
疑問はあるが、すぐに助けを求めようと後ろを振りかえる。しかし、大人たちは私たちを一瞥すらしなかった。
気付いていないのか。それとも、気付いた上でトラブルに巻き込まれたくないから無視しているのか。
なんにせよ、彼をこのままにはしておけない。
「え、えーっと……すぐに医者? を呼んできたらいいのかな。少し待ってて……」
「無駄だよ……こういうのは初めてじゃないんだ。今回は特に酷いみたいだけどね。どんな医者や魔法師も、僕の病気を治せなかった」
「だったら、どうすれば──」
「手を……」
焦る私に、男の子は手を伸ばす。
「手を……握ってくれるかな。一人じゃないって思えるだけで、少しは楽になるかもしれないから……」
「わ、分かった!」
咄嗟に男の子の手を、包み込むようにして両手で握る。
脂汗すら浮かんでいる男の子であったが、手は驚くほどに冷たかった。
辛かったんだね……。
大丈夫、私が守ってあげるから。
そう願ったところでどうにかなるものだとも思えないが、それでも強く、彼の手を握り続けた。
すると。
「君の手……とっても安心する。こうしているだけで、ちょっとずつ楽になってきて……」
その手に、徐々に体温が戻ってきた。
男の子の顔色も、途端によくなっていく。
それから、三十秒ほど経ったくらいだろうか。
「……もう大丈夫」
男の子はすっと立ち上がり、私にお礼を言った。
「ほんと? 無理してない?」
「うん。君のおかげで、痛みも全然なくなったよ。本当にありがとうね」
柔らかい笑みを浮かべる彼。
本当にもう大丈夫だと察し、私はほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……もう一人で帰られるよね?」
「うん。あっ──そうだ。まだ名乗っていなかったね。僕は──」
男の子がなにかを喋り出そうとするが、ふと見上げた空が夜へ移り変わりつつあることに気付いてしまう。
「……っ! いけない! 早く買い物の続きをしなくちゃ! お父様たちに怒られる!」
突然現実に引き戻され、私は彼に背を向け走った。
「ま、待って! せめて君の名前だけでも──」
遠くなっていく男の子の声を聞きながら、あの調子ならもう大丈夫とさらに安心して、走る速度を上げた。
少し心配は残るけれど……あの子が貴族である可能性は高い。
だとすると、ここで時間を食えば、後々両親の耳にもこの出来事は届くだろう。
決して悪いことをしたわけではない。だけど、両親は私を家の恥だと思っている。
なのに、他の貴族と不用意に接触したら、「『無能』が余計なことをするな。家の格を落とすだけだ」と私は叱るだろう。私の両親はそんな人なのだ。
だから名前も告げずに、男の子の前から走り去った。
でも、どうしてだろう。
このことは素敵な思い出として、私の胸に深く刻まれることになったのだ。
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