第9話 鉄の拳
ヤタガラスと名乗る魔族の女性が僕の護衛となると告げられた時はびっくりして言葉が出なかったが、状況を整理するため邸宅を歩き回ることにした。道中簡単に自己紹介を済ませ、再び中庭に出る。
「へえ…それで、弱い自分を変えたくて、トレーニングを始めたんだな。いいじゃないか」
「そう言ってくれて嬉しいよ。冒険者からしたらガキの遊びでしかないけどね」
最前線で魔物を相手にする者に自慢するようなものじゃない。自嘲するようにつぶやくと、彼女は俯く僕の前に回り込み、顔を下から覗き込んだ。
「うわっ!何だよいきなり」
「――サウザーはさ、どんな風に強くなりたいんだ?」
「それは……」
唐突な質問に言葉が詰まる。思えば、僕がやっているのはランニングや簡単な筋トレだけで、基礎体力をつけるという逃避に過ぎない。薄々感じていたことだが、無意識のうちに具体的な目標を立てず目を逸らしていたらしい。
「……。」
ここで問われているのは、僕がどう在りたいのか、理想像を求めているのだろう。そこで浮かんだのは――王族としての期待と失望の視線だった。それが体を捨てたオリジナルサウザーの苦しい過去だというのなら、僕は報いてやりたい。
「…い」
「?」
「力が欲しい。気に入らない奴をぶん殴り、地を這わせるだけの力が!」
ヤタガラスの金色の瞳を正面から見つめ、想いをぶつける。決して褒められたものではないし、セシリアだったらドン引きしそうな発言だ。だが、彼女は僕の目を逸らすことなく、満足そうに頷いた。
「……なるほど、お前が目指すのは攻撃・防御極振りのパワーファイターってことだな。わかった。それじゃ、今から特訓といこうか」
すっと立ち上がると、騎士が訓練する中庭へと移動した。しばらくして戻った彼女の腕には、使い古された鋼鉄の鎧が抱えられていた。
「これは…何に使うんだ?」
僕が困惑している間、ヤタガラスは枝木とほうきを紐で結び、殴りやすい高さに鎧を固定した。サンドバッグを工作した彼女の顔には「やり遂げた」と言わんばかりにドヤ顔を浮かべていた。
「これからお前には【鉄の拳】というスキルを習得してもらう。こいつをサンドバッグにして、ひたすら殴るんだ。ポーションがあるから傷ついても治るぞ」
言い渡された課題は、鎧をひたすら殴るといったものだ。彼女の話では、パンチによる自傷ダメージを受け続けると【鉄の拳】スキルが得られるらしい。…いや、何言ってんだ?意味がわからない。
「…スゥ――。」
こうなったら覚悟を決めるしかない。スキルを得ることが強くなるために必要ならば、受け入れるしかないと思い、お手製サンドバッグの前に立つ。どっしりと腰を据え、拳を構えた。
「はあっ!」
拳が鎧にぶつかった瞬間、ゴン!と鈍い音と共に、肉が、骨が軋む感覚が僕を支配した。あまりの痛みに頭がチカチカし、口から唾液が零れ落ちる。膝から崩れ落ちそうになったが、ここ数日でのトレーニングのおかげでギリギリ踏みとどまれた。脳に酸素を送るため荒い呼吸を繰り返し、反対の拳を繰り出した。
再び激痛が襲うが、歯を食いしばって耐える。そして【メビウスリング】を発動し、魔力を生命力に変え拳を修復。再生する骨や筋肉が痛みを発するが、そろそろ慣れた。魔力が尽きるまで繰り替えそうと考え、ボクシングを再開した。
「――っ!サウザー様!」
体感で魔力が半分くらいになった時、セシリアが血相変えて飛び込んできた。慌てて発動した治癒魔法が飛ばされ、損傷した骨肉が癒された。
「何をしていますの⁉ヤタガラス、今すぐ止めなさい!」
「そいつは無理な相談だ。むしろセシリアも協力してくれ。そうすればポーション代を節約できる」
「…僕からもお願いだ。君の力を貸してくれ」
自傷を強要する護衛に、それを肯定し自らを痛めつける婚約者。異常な状況にセシリアは混乱していた。
良い返事は期待できないと判断し、拳を握りしめ血の付いた鎧へと向き直る。結局、彼女は僕の魔力が尽きて膝をつくまで呆然としていた。




