第4話 赤髪のお姫様
拓真の魂が宿ってから数日、毒に侵された体は回復した。
今はセシリア同伴で王城内を散策している。手入れの行き届いた美しい庭園や、巡回する騎士を眺めていると、この場所で過ごした記憶がよみがえってきた。
「サウザー様、あちらにフリージアが花開いてますわ」
「あそこで花冠を作って君にかけたこともあったね。あの後母さんに『王子らしくない』なんて責められたけど」
「……そう、だったのですね」
僕の過去に心を痛めたのか、生気が抜けたようにテンションが下がる。……僕がサウザーに転生してからわかったことが一つ、それは、まともな愛情を受けずに育ってきたことだ。特に、母やその取り巻きからは過度な期待と落胆の感情を押し付けられたものだ。
いつか落とし前をつけねば……そう考えると、母への負の感情が沸き上がってきた。が、今はセシリアとの散歩に集中するべきだと思い、気持ちを切り替える。
「そんなことより、次はどこ行く?近衛兵の訓練場とか――」
「あら、もう元気になったのね。サウザー兄様」
「ぬ?……ああ、心配してくれて感謝するよ」
燃え盛る炎のような赤髪をたなびかせ、ヒールの音が静かな廊下に響く。音の主は腹違いの妹、第一王女のイングリッドだった。彼女は僕と違い、彼女の母や淑女達から絶大な支持を集めている。自信に満ちた金色の瞳には、僕への侮蔑がにじみ出ていた。
やや不機嫌になった僕を他所に、距離を詰めてくる。
「どういたしまして。…ところで、アタシが来月から学園に通うのはご存じかしら?」
「当然、僕も通ってるところだしね。…で、夜会用のドレスでも買ってくれと?父さんに買ってもらえよ」
「……⁉」
断られると思わなかったのか、驚きを露にする。確か、1年前に隣国の王子との縁談が台無しになったんだっけ。
この国では婚約者に装飾品などの贈り物を交換する風習があるのだが、イングリッドにはその相手がいないので、代替案として兄である僕にねだる魂胆なのだ。
パートナー不在に加え、他の家族は支援してくれないだろうし、割と切羽詰まってるんじゃ?そう考えると、なんだか不憫に思えてきた。
「……時間があるなら、今から行こうか。セシリアに新しいのを買うついででね」
小馬鹿にするように笑うと、彼女はムッとした顔でうなずいた。一度解散し、出かける準備をしてから集合すると決め、外の噴水前に待機する。庭に生えている花をもしゃもしゃ食べていると、外行きの恰好に着替えた二人が姿を現した。
セシリアは白い清楚なワンピース、イングリッドは黒いカジュアルな服を身にまとっていて、二人の可愛さを引き出していた。
「おお……!すっごく似合ってるよ!」
「うぅ……恥ずかしいですわ」
「あら、アタシも負けてないでしょう」
「はいはい、そうですねー」
思わずセシリアを賛美する言葉が出てきてしまう。今まであんまり言わなかったせいか、慣れない言葉に照れていた。イングリッドはからかうように反応するが、そっちは適当にあしらっておこう。
早速、城を出て街に向かい、王室御用達の店へと向かった。
店に入ると、煌びやかな空間が僕たちを出迎えた。ズラリと並んだドレスはそれ自体が光を発しているかのように輝いていて、どれほどの価値があるのか想像がつかない。
呆然としている間に、セシリアとイングリッドは一つ一つ手に取りながら吟味している。
「この水色のはどうでしょう?落ち着いた雰囲気が出ますわ」
「いやいや、お姉様には暖色の方がいいわ。そうでしょ、サウザー兄様」
「そうだね、お約束を守るより、着たいと思ったものを選ぶといい。あ、オレンジ色なんてよさそう」
イングリッドの言う通り、セシリアは太陽のごとき輝きを放つ子だ。この手のものには婚約相手のテーマカラーを入れるのがお約束だが、彼女には紫や青よりも明るい色が似合うだろう。
悩んだ末、先にイングリッドのを選ぶことになった。ピンときた至極の一品は見つからなかったのだろう。彼女はセシリアと見ている間に既に候補を絞り込んでいたのか、赤と黒の二つを試着していた。
「安定の赤にするか、それとも黒いのは……ちょっと大人っぽいかな?」
「うーん……僕は黒の方がいいと思う。並みの女性ならドレスに着られそうだけど、僕の妹たる君なら着こなせるはずさ」
「……わかった。じゃあこっちにする」
すぐに決まって良かった。
セシリアは最終的にオレンジ色を選んだようで、すぐに会計しに行った。僕は慌てて追いかけ二人分の料金を支払う。宝石や刺しゅうがない原型だけでも金貨が何十枚もするのが恐ろしい。日本円でウン千万のドレスとか、よく着れるなと思う。
「サウザー兄様、セシリアお姉様、私のためにありがとう。大事にするわ」
「こちらこそ、イングリッド様とお買い物できて楽しかったですの!機会があれば、また行きましょう」
買い物を終えた頃には、すっかり仲良しになっていた。僕のほぼ全財産を支払う羽目になってしまったが、二人の楽しそうな表情を見ると、誘ってよかったと思う。




