第2話 不思議な少女
「ここは……なんだ?」
辺りには無限にも思える暗闇が広がっていて、自分という存在があいまいになってくる。一歩前に踏み出し、しばらく歩いていると、すすり泣く声が聞こえてきた。
『どうして私ばかり……誰も私を見てくれない……。何をしたっていうのよ』
近くに行くと、発生源の姿が見えた。座り込んだそれは、腰まで伸びた紫髪にヨレヨレのドレスを身に着けた美少女で、サファイアの瞳からはポロポロ涙がこぼれていた。
他に見えるものもないため、近づいて話しかける。
「やあ、ここってどこか知ってる?」
『ふぇ⁉あなた誰⁉』
「まあ落ち着いてよ。僕は悪い人間じゃないよ」
『……』
ジト目で僕を見つめていたが、やがて観念したのか、ポツポツと語り始めた。
『………あのね、私、王族だったんだ。だけど、突然死んじゃって。気づいたらここにいたの』
「なるほど、つまりここは死後の世界だと?僕死んでないんだけど」
『そうなの?—―じゃあ、ここは私の魂の世界だと思うの。なんであなたが来たのかはわからないけど』
どうやら今いる場所は、少女の魂の世界だと言う。僕が入ったことを不思議に思ったようで、神の計らいによって転生しに来たと伝えた。
『そっか…じゃあさ、あなたが私の体に入れば、生き返るってことかな。だったら、私の代わりに生きてくれない?』
「元よりそのつもりだけど…君は復活しないの?僕と一緒に来れば、多重人格みたいに生きれると思うんだけど」
『……うん、いいの。生きてた時は過度な期待と失望で病みそうだったから。あなたなら私よりかはマシなんじゃないかって』
諦めたように呟いたその時、真っ暗な空間に、光が差した。最初は遠かった光が、だんだんこちらに近づき、間もなく僕と少女を包む――はずだった。
立ち上がった少女が僕を光へと突き飛ばし、当人は闇の中へと消えてしまった。
そして、光が僕一人を包むと、意識が現実へと引き戻される。先行きに不安を覚えながらも、異世界への期待に胸を躍らせる。
次第に光が晴れ、目を開くと、最初に映ったのは、豪華な天蓋と、僕の顔を覗く金髪の美しい天使だった。
「良かった……!目を覚ましましたの」
ゆっくり体を起こし、対面する。日本では見たことのないほど整った容姿に、エメラルドの瞳が僕を射抜いていた。そして――あまりの美しさに、思考が停止する。やはり彼女はこの世に舞い降りた天使だと、確信した。
「……。」
「どこか痛みますか?」
「ううん、大丈夫。セシリア、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。何か欲しいものはありますか?」
僕は彼女の名前を呼ぶと、すぐに僕を気遣ってくれた。とにかく今は状況を整理する時間が欲しいので、一人になりたいと伝える。
「……そうだ、お腹が空いてきたから、サンドイッチを持ってきてくれるかい?」
笑顔を浮かべて頼めば、彼女は「お水も持ってきますわ」と言って急ぎ足で部屋から出ていった。
「相変わらず天使だったな……僕にとっては初対面のはずだけど」
今退出した彼女は、ここイーリスフロル王国随一の治癒魔法の使い手であり、【聖女】の称号を持つ。そして、この僕――第二王子サウザーの婚約者だ。
部屋に置いてある鏡には、短く切り揃えられた紫髪に、青い瞳の男の子が写っていた。
「……?暗闇で会ったのは女の子だったよな。でも体はどう見ても男。それで生きるのが嫌になったのかな?」
体と心の性が一致しない、トランスジェンダーかもしれない。そりゃあ、僕に体を明け渡すよな、と納得した。
静まり返った一室で、眉間に指を添える。眼鏡がないせいで落ち着けないが、ひとまず記憶の整理を始めた。




