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不遇王子は脳筋になりたい  作者: 田中恵人
プロローグ
10/14

第10話 前に進む覚悟

 太陽が真南を指し、腹時計が正午を告げる。

 スキル習得の為の自傷行為を終えた後、僕はセシリアの部屋へと招かれた。あんな行為を行った僕を問い詰めるためだろう。婚約者の部屋に入れることは、本来ならば喜ばしいはずなのに、テンションが上がらない。

 可愛らしいぬいぐるみや動物の描かれた家具も、僕をじっと見つめているようで何だが不気味だ。

 

 「…どうしたの?」

 何事もなかったように声をかけると、椅子に座らせられた僕をセシリアが見下ろす。翡翠色の瞳には、僕に対する欺瞞で満ちていた。

 何も悪いことはしていないはずなのに、罪人を見つめるような視線を向けられる。居心地が悪くなっていた時、ついに重い口を開いた。

 

 「……あなた、誰ですの?」

 唐突な疑問にポカンとした。一体何事だと頭を傾けていたが、すぐに返答する。


 「そりゃあ、第二王子のサウザーだよ。何が何だか……」

 「誤魔化しても無駄ですの。数日前まで下ばかり向いて、何もできなかった女々しい王子が、一度毒で倒れた位で変わるなんて、ありえませんわ!」

 「ひ、酷い…そこまで言わなくてもいいじゃないか。オリジナルだったら泣き崩れてたぞ」

 「—―!やはり貴方は—―」

 彼女の言葉を遮るように、ポケットに入れていた手を突き出す。大方、僕が偽物だとでも考えているのだろうが、それは否定する。手の中のステータスカードを彼女に向け、『ステータスオープン』と宣言。表示された名前を見てフリーズした。

 

 「何で…サウザー様の名前が」

 「だから言っただろう。正真正銘、サウザー・アトラス・イーリスフロルだと。下の方を見てみて。【ユニークスキル】ってのがあるでしょ?」

 「え、ええ。これは何ですの?」

 「こことは異なる世界から来訪した者が持つ異能さ。僕、魂だけは異世界人なんだよね」

 ここで一度言葉を切り、背もたれに体重を預ける。眉間を抑えても、前世でかけていた眼鏡(我が半身)はない。若干のむなしさを抱えつつ、セシリアの反応を伺う。


 「…先ほど、オリジナルと言いましたが、それは一体…」

 「君が知ってる『無能王子』のことだろうね。当の本人は成仏してもういなくなったからこの体は僕のものになったよ」

 「にわかには信じられませんわ」

 「僕だって同じ立場なら信じないけど、これが現実だよ。それよりも……」

 今度はセシリアが首を傾げ、何が始まるんだと視線を送る。そんな彼女に、2本の指を提示した。

 

 「君には2つの選択肢がある。『僕』を受け入れるか、拒絶するかだ。もし後者を選ぶなら、僕の有責で婚約を破棄したっていい」

 婚約を破棄、と口に出した瞬間、胸がズキリと痛んだ。オリジナルサウザーの置き土産か、セシリアへの愛おしさが胸いっぱいに広がる。転生前なら寝込みそうなストレスを理性で抑え込んでいると、頬に柔らかい手が当たられた。

 強引に視線を合わせられると、ほっぺたを膨らませ怒りを露にした。

 

 「—―見くびらないでくださいませ。わたくしはメイフラワー家が娘にして聖女。我が身可愛さで見捨てたりしませんわ!」

 「……本当に?」

 「ええ。最後まで傍に寄り添いますわ」

 真っ直ぐ僕を見つめる顔には、貴族としての責任を背負う覚悟で満ちていた。

 

「……ありがとう。これから僕も頑張るよ」

 椅子から立ち上がり、固く握手を交わす。何だか形式ばったやり取りに、思わず笑ってしまう。それを見たセシリアも、上品な笑みを浮かべた。

 入ってきた時とは一転、明るく優しい空気で満たされた。

 

 バン!


 「話は済んだみたいだな。昼飯持ってきたぞ!」

 扉が思い切り開かれ、3人分のサンドイッチを持ってきたヤタガラスが入ってきたことで、二人きりの世界は終わりを告げる。

 セシリアと見合わせ、やれやれと言わんばかりにサンドイッチに手を伸ばす。同じ時間を共有し、共に食べるご飯は、これまで以上に幸せの味がした。


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