クロの受難
町内には――
「言ったことが必ず当たる」
そんな驚くべき力を持った猫がいるという噂があった。
麟はその話を、星夜から聞いていた。
「麟ねーちゃん!聞いて聞いて!」
いつものように屋敷の庭で遊んでいた星夜が、興奮気味に駆け寄ってくる。
「え?どうしたの星夜、そんなに急いで」
「この町にね、なんでも当てちゃう猫がいるんだって!予言者ってやつ!」
その小さな体を躍動させながら、キラキラとした目で話し出した。
「へぇ〜、そんな猫がいるの?面白そうね。一度会ってみたいな〜。クロ、知ってる?」
麟が隣にいた黒猫に目を向けると、クロは頷いて答えた。
「はい、存じております。町外れに住んでおられる“占い屋のチイさん”です。鋭い勘と観察力で、過去も未来も言い当てるとか」
「おお〜ますます気になる!行ってみようよ!」
「ぼくも行くー!」
麟と星夜の勢いに押されるように、クロは小さくため息をつきながら「では、参りましょう」と歩き出した。
町外れの小道を抜け、古びた茶屋のような建物の前にたどり着くと、ちょうど暖簾が風に揺れていた。
「ここです。失礼して……チイさん、ご在宅ですか?」
クロが声をかけると、障子の奥からかすかな声が返ってきた。
「入っておいで、来るのは分かってたよ」
麟と星夜は目を合わせて、顔を見合わせた。
「ほんとに予言者だ……」
中に入ると、薄暗い空間の真ん中に、白髪交じりの長毛猫が座っていた。目は細く、しかし鋭い光を放っている。
「いらっしゃい、麟さんに星夜くん、そして……あぁ、クロか。なるほどなるほど、今日は“運命のさざ波”が強く揺れてるわけだ」
「運命のさざ波……?」
麟がきょとんとして聞き返すと、チイはにやりと笑った。
「まぁ、ちょっとした波紋さ。さて、今日は誰の未来を見てほしいんだい?」
「クロお兄ちゃんの未来が見たいな〜」
星夜が無邪気に言い放つ。
クロは思わず「えっ」と声を上げた。
「いえ、わたしは特に……」
「見てほしい!」
麟と星夜の視線を受け、観念したようにクロは座り込む。
チイは目を細め、しばらくクロをじっと見つめた後、静かに告げた。
「ふむ……クロ、お前さんには“女難の相”が出ているよ」
「……えっ」
「しかもかなり強いのがね。今後しばらく、お前さんは“女”に関わって色々な苦労を背負うことになる」
「じょ、女難……ですか……」
クロの顔が一瞬で青ざめた。その横で、麟と星夜は笑いをこらえきれず肩を震わせている。
「やっぱクロお兄ちゃんってモテモテだったんだね!」
星夜の素直な一言が追い打ちとなる。
「ちょ、ちょっと星夜、それは誤解を生む発言ですよ……!」
横でくすくす笑う二人を、クロは苦々しい顔でじっと見ていた。
そんな中、ふと麟が二人を見比べて首をかしげる。
「ねぇ、よく見たら……あなた達、なんだか似てるわね」
「へ?」
「もしかしてだけど……星夜って、クロの子供だったりして?」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ! そんな覚えは全くありませんからね!」
クロが慌てて否定するが、星夜が調子に乗ってぱっと顔を輝かせる。
「えっ!? クロが僕のパパなの!?」
「違います、違いますったら!!」
クロは半泣きになってうなだれた。
「ふふ、冗談よ冗談。星夜もこの辺にしといてあげなさい」
「はーい。クロおにーちゃん、ごめんなさい〜」
そんな和やかなやりとりが続くなかチイ宅を後にする一行、予言の話しに盛り上がりながら帰り道屋敷が見えて来た、その時だった。
「クーローさーま〜っ!!どこですの〜?クロさま〜!!」
どこかで聞いたような高い声が、屋敷の方からこちらへ近づいてくる。
「ま、まさか……」
クロの耳がぴくりと動いた。
次の瞬間、屋敷の門が勢いよく開き、一匹の猫が飛び込んできた。
金色の毛並みに鮮やかなピンクのリボンをつけた猫――隣町からやってきた鈴音だった。
「はぁ、はぁ……間に合いましたわ……やっとお会いできましたの、クロ様っ……!」
その美しい顔立ちは怒りで染まり、まるで嵐のような勢いでクロに詰め寄った。
「クロ様が、クロ様が……私に何も言わずにこちらに来てたなんて! ああっ、心配で、いてもたってもいられなかったんですのよ!」
鈴音は息を切らせながら、クロの前までずかずかと進み出て、鼻先が触れるほどの距離で詰め寄る。
「鈴音さんっ!? な、なんでここに……!?」
「リリーおねーさまと武先生のところで全部聞きましたの! あなたがこちらの世話人のところへ同行していたこと、そして……わたくしを置いてけぼりにしたことも!!」
「どうして私に会いに来てくださらなかったのですの!?どこの雌猫と浮気していたのですか!?西町?東町?ま・さ・か南町のいけ好かないあの猫じゃありませんでしょうね!?」
クロは必死に手を振りながら後退る。
「誤解です!違います、鈴音さん、落ち着いてください!」
麟と星夜は、まるで演劇を見ているかのように目を丸くしていた。
「……クロって、本当に女難の相、当たってるんじゃ……」
麟がぽつりとつぶやき、星夜が「こわい……」と震えながら小さくなった。
嵐のような鈴音の登場により、チイの予言が恐ろしいほど的中したことを、誰もが認めざるを得なかった――