再会の笑顔
自宅へ無事に戻ると、クロは屋敷の猫たちに報告をするため、そっと身を翻して夜の街へと消えていった。
私はというと――
「明日、学校から早く帰ってすぐに迎えに行こう」
「……あの子、良くなってるといいな……」
「そうだ、名前も決めてあげないと……」
そんなことを一つ一つ考えているうちに、気づけばベッドに潜り込み、静かにまぶたを閉じていた。
あれこれ思い巡らせながら、そのまま眠りに落ちていたのだった。
──そして、朝が来た。
目覚ましが鳴るよりも早く目を覚まし、慌ただしく支度をして家を出る。
けれど学校ではもう、何も手につかなかった。
黒板の文字も、先生の声も、友達の話も耳に入らない。
頭の中はずっと、あの小さな子猫のことでいっぱいだった。
(ちゃんとご飯、食べられたかな……)
(ちゃんと目、覚めたかな……)
授業が終わるや否や、私は一目散に家へ帰り、鞄を放り投げるようにして玄関を飛び出した。
すでに待っていたクロが、「遅いですよ」とでも言いたげに尻尾を振る。
「行こう、クロ! 早く!」
私はクロと一緒に、夕暮れの街を駆け抜け、再び隣町の動物病院へと急ぐのだった。
病院へとたどり着くと、玄関先で武先生が待っていてくれた。
「やぁ、待ってたよ」
「武先生、子猫の様子は……どうですか?」
私の問いかけに、先生は優しく微笑みながら頷いた。
「まぁ、とにかく案内するよ。どうぞ、こっちへ」
クロと共に診察室の奥へと案内される。
ドアを「カチャリ」と開いた瞬間――目に飛び込んできたのは、リリーと、目を覚ましたあの子猫の姿だった。
「――あっ、おねーちゃんだ!!」
子猫が嬉しそうに声を上げ、ベッドから身を起こす。
「ほら、ちゃんと来たでしょ?」
リリーがふわりと笑いながら言う。
「うん!」
満面の笑顔で頷く子猫の姿に、私はもう、こらえきれなかった。
頬を伝う涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。
「よかった……本当に、元気になってよかった……」
「おねーちゃん、どーして泣いてるの? どこか痛いの? だいじょうぶ?」
心配そうにこちらを見上げる子猫に、思わず笑ってしまう。
「ううん、痛いところなんてないよ……大丈夫。うれしくて泣いちゃったの」
そのやり取りを見ていた武先生が、背後から声をかける。
「多少元気になったとはいえ、まだ完全ではない。
戻ってから2、3日は安静にしておくように。それで問題なければ、大丈夫だろう」
「はい……本当に、ありがとうございます」
深く頭を下げると、先生は軽く頷いた。
「もう、連れて帰って大丈夫だよ」
私は子猫の小さな手をそっと握りながら、ふと口を開いた。
「あの……」
「診察代金って……いくらくらいになるんですか?」
私は遠慮がちに尋ねた。こんなに手厚く診てもらって、まさか無料というわけには――
「ははは、世話人なんだから、そんなのはないよ」
武先生は軽く笑って言った。
「世話人から金取ったら、罰が当たるってもんさ」
「本当に……いいんですか?」
「もちろん。問題ない。先代の頃から、ずっとこうしてやってきてるんだから」
「ありがとうございます……この借りは、またいずれ何かの形でお返しします」
深く頭を下げると、先生は肩をすくめて笑った。
「そんなに気を使わなくていいよ。世話人はね、出来ることを全力でやればそれでいい。
お互い、持ちつ持たれつなんだからさ」
「……はい」
私は静かに頷いた。
「今回の件、すごくよく立ち回ってくれたと思う。初仕事にしては上出来だよ。
これからも大変なことはあるだろうけど……頑張って」
「はい、ありがとうございます」
温かい言葉を胸に刻んで、私は子猫へと向き直った。
「さ、帰ろうか。みんなが待ってるよ」
「うん!おねーちゃんと一緒に帰る!」
子猫はぴょんとベッドから飛び降りて、私の腕に飛び込んでくる。
「リリーねーちゃん、ありがとう!せんせいも、ありがとう!」
ふにゃりと笑いながら、一生懸命に頭を下げるその姿が、何ともいじらしくてたまらない。
私はそっと子猫を抱きかかえ、診察室の扉を開けて、一歩外へと踏み出した。
夜風は少しひんやりしていたけれど、それよりも胸の中は、ぽかぽかと温かかった。
さぁ、帰ろう。
新しい仲間と、新しい日常が、また始まる――。