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猫の円卓会議  作者: waka
猫の円卓会議
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花が沈む夕影

 「それでは奥でお話しましょう。」

 花庭の奥へ案内されながら、麟と奈月は無意識に歩幅を揃えていた。

 金木犀の香りが風に流れ、恋珀の屋敷特有の“甘さ”が薄く漂う。


(……この匂い。星夜が言っていたのと同じ)


 迷子から戻った星夜は、虎丸が帰った後しばらくして麟の膝の上で震えながらこう言った。


「ぼく、なんか、あまいにおいがして……そのあと、ぜんぜんわからなくなって……」


 麟の胸に、あの小さな声が蘇る。


 縁側を抜けると、恋珀が立ち止まった。

 小さな東屋のような休憩所があり、周囲には色とりどりの花が咲き乱れている。


「ここなら腰を落ち着けて話せます。どうぞ」


 その声音は穏やかだが、わずかな緊張が滲んでいた。

 奈月もそれを感じ取ったらしく、慎重に座る。


 麟は迷わず本題に入った。


「恋珀さん。

 前に来たとき……猫たちが、あまり外に出ていませんでしたよね。

 アキちゃんも、ほとんど姿を見せなくて」


 恋珀は指先で花弁をつまむ。

 その動きは繊細なのに、どこか“考えている”気配が強い。


「……ええ、確かにその頃は猫たちの様子が少し落ち着きませんでした。

 理由は……はっきりとは、言えないんです」


 言葉を濁す。

 奈月が眉をひそめる。


「“はっきりとは言えない”って……?」


 恋珀は視線を伏せた。

 そして、苦しげに吐息を漏らす。


「麟さんたちがいらした少し前から……花が、変なんです」


「花が?」


「ええ。庭の一角に植えてある“宵染よいぞめ”という種類が、夜だけ異様に香りを強くして。

 普段はこんなに匂いの強い花ではないのに……夜になると猫たちが落ち着かなくなるんです」


 宵染。

 名の通り、夕暮れから香る品種だ。


 麟は背筋がひやりとした。


(星夜の“甘い匂い”……?)


 奈月も気づいたように、目を細める。


「その花、いつからそんな様子に?」


「……夏祭りの頃からです。

 しかも、あの夜はアキまで反応して、私の手から離れて走ってしまって」


「アキが……?」


 さっき出会った橙猫。

 あの落ち着いた目を持つ猫が?


 恋珀は小さく頷いた。


「普段はとても賢い子なんですよ。でも、その夜だけは……まるで“何かを追うように”」


 麟と奈月は目を合わせた。


 星夜が迷った夜

 アキもまた、何かに誘われたように走って行った夜があった。


 偶然だろうか。


 恋珀は言葉を続けた。


「その時、私も後を追ったのですが……アキが向かったのは、庭の裏手。

 そこにある、古い石畳の路地です」


 麟の心臓が跳ねた。


「……星夜が言っていた“花の下の影”を見た場所も……その路地なんです」


 恋珀の目がゆっくり開く。


「……影?」


 奈月が説明を補った。


「星夜は迷う前、石畳の路地で“花の香りがする影”を見たと言っています。

 大きさは猫ぐらい。けれど……姿ははっきり見えなかったそうです」


 恋珀は息を呑む。

 アキが緊張したように尾を膨らませる。


 そして恋珀は、ためらいながら告げた。


「・・・その“影”。

 私も……一度だけ見たことがあります」


 麟と奈月が同時に息を呑む。


「見たんですか……!?」


「ええ。月の少ない夜でした。

 花が揺れたと思ったら、路地の奥に“橙色のような光”がふっと漏れて……。

 猫の形にも見えましたが、アキではない。

 なのに……アキが追いかけるように走って行ったんです」


 橙の光。

 猫の影。


(星夜が見た“影”……アキが追った何か……)


 すべてがひとつに繋がり始める。


 恋珀は続ける。


「……あの路地、どうやら夜になると“何か”が出入りしているようなんです」


「何か……って?」


「それが、分からないんです。

 でも……猫たちが隠れるようになった理由は、おそらくそれ」


 奈月が深く息を吐いた。


「じゃあ……やっぱり調べたほうがいいね」


 麟も頷く。


「恋珀さん。

 その路地を、見せてもらえませんか?」


 恋珀は少し迷ったがやがて静かに頷いた。


「……わかりました。

 ただ……あの場所は、夜になると様子が変わります。

 今の時間なら安全でしょう。案内します」


 アキが先導するように立ち上がり、尻尾を揺らす。


 麟と奈月も席を立ち、恋珀について歩き出す。


 花庭を抜ける風が、不吉なほど静かだった。


 星夜が見た“影”の残り香は、まだこの屋敷に残っている。


 そして今、三人と一匹はその核心へ足を踏み入れようとしていた。

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