中町 屋敷の前、星夜の帰還
西町の石畳を抜け、中町の屋敷が見えてきたとき、星夜は小さな胸をどきどきさせていた。
途中、虎丸の後ろ姿を必死に追いかけながら、何度も転びそうになったが、そのたびに虎丸の太い尻尾が支えになった。
「ほら、前を見て歩け」
「は、はいっ!」
そんなやり取りを繰り返すうちに、不安はすっかり消え去り、星夜の顔は誇らしげに輝いていた。
屋敷の門が見えると、ちょうど麟とクロが縁側に出ていた。
最初に虎丸の巨体を目にした麟は、思わず目を見張った。
その隣でクロは目を細める。
「……まさか」
星夜が駆け寄りながら大きな声を張り上げる。
「麟ねーちゃんー! クロ―! 帰ってきたよー!」
麟は胸を撫で下ろしながら抱き上げる。
「もう……どこに行ってたの、心配したんだから!」
すると、虎丸の低く響く声が門前に落ちる。
「そやつを連れ帰ってきただけだ。西町の外れで泣きそうになっていたからな」
その声を聞いた瞬間、クロの耳がぴくりと動いた。
「……やはり、虎丸さんですね」
虎丸の金色の瞳がクロに向けられた。次の瞬間、その表情がわずかに和らぐ。
「ふん……懐かしい顔だ。お前がまだ子猫を世話する立場にいるとはな」
麟が驚いて二人を見比べる。
「えっ、クロ……知り合いなの?」
クロはこくりと頷き、いつになく柔らかい声を出した。
「はい。虎丸さんとは、昔……西町で幾度かお世話になったことがあります。力強くて、とても面倒見のいい方なんです」
虎丸はぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「持ち上げるな。おれはただ、その時も今回も、見過ごせん状況だっただけだ」
そう言いつつも、クロに視線を送る目はどこか親しげで、互いに古い縁を確かめるようだった。
星夜はそんな二人を見上げて、きょとんとした顔になる。
「えっ!? クロと虎丸さんってお友だちなの!? すごーい!」
虎丸は笑うでもなく、しかしどこか楽しげに星夜の頭を前脚でぽん、と軽く押さえた。
「こやつは昔と変わらん。……良き仲間よ」
麟は胸をなで下ろし、深々と頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございます。本当に……」
クロも虎丸をじっと見据え、礼儀正しく頭を垂れる。
「恩に着ます。星夜はまだ幼い。世話人に代わってお礼を」
虎丸はぶっきらぼうに鼻を鳴らした。
「礼などいらん。子猫を放っておけるほど薄情ではないだけだ」
そう言いながらも、その瞳は星夜を優しく見つめていた。
星夜は虎丸の足元に降ろされると、名残惜しそうにその太い前脚にしがみついた。
「虎丸さん、また会える?」
虎丸は少し間を置き、大きな舌で星夜の頭をぺろりと舐めた。
「迷子にならんようになったらな。……だが、会いたければ西町に来い。そこにおれはいる」
星夜は目を輝かせ、「うん! 絶対!」と力強く返事した。
やがて虎丸は大きな体を翻し、夕暮れに染まる街並みにゆっくりと消えていった。
その背中を見送りながら、麟はぽつりと呟く。
「……すごい猫だね。あんなに大きいのに、すごく優しい」
麟はその場に立ち尽くしながらも、胸の奥に温かなものが広がるのを感じた。
「クロの“昔の仲間”……か。やっぱり、クロって私の知らないところでたくさんの縁を持ってるんだな」




