西町 ― 星夜と虎丸
虎丸の名を聞いた星夜は、ますます目を丸くした。
ごつごつとした肩、分厚い前脚、尾は大木のように太く、立っているだけで道の端から端まで覆い尽くすような迫力。
だが、星夜が涙目で見上げると、その金色の瞳がふっと和らいだ。
「……迷子か」
低い声に威圧はあったが、不思議と怖さよりも安心感が混じっていた。
虎丸はごつい頭をぐっと下げ、星夜の目線まで顔を近づける。
「ちいさいな。腹は減っていないか?」
「……え?」
星夜は思わず尻尾を揺らした。怒られると思ったのに、予想外の問いかけだった。
「に、にゃん……ちょっとおなか、すいたかも……」
正直に答えると、虎丸は豪快に喉を鳴らして笑った。
「ははっ! よし、まずは腹ごしらえだ。泣きそうな顔で歩き回るより、飯を食った方がいい」
虎丸は大きな体をゆっくりと翻し、「ついて来い」とだけ言って歩き出した。
石畳を踏むたびに地響きのような音がする。その背中は山のように大きく、しかし頼もしい。
星夜はちょこちょこと短い足でその後ろをついて行った。
「……なんだか、クロみたいだ……でも、もっと……でっかい!」
胸の中でつぶやくと、不安で固くなっていた心が少しずつほどけていく。
やがて虎丸は、路地裏の魚屋の裏手に立ち寄った。
「にゃー」(親父、余り物を少し分けてくれ)
店主の男は虎丸の姿を見るとにこやかに頷き、魚の切れ端を桶に放り込む。
「おや虎丸さん、また子猫を拾ったのかい? 本当に世話好きだなぁ」
星夜はその言葉に、目をぱちくりさせる。虎丸は他の猫の面倒も見ているらしい。
「ほら、食え」
桶の中から小さな切り身を前足でつつき、星夜の前に差し出す。
「い、いいの?」
「いいに決まってる。腹が減っては歩けんだろう」
星夜は遠慮がちにぱくりと口にした。
「……おいしい!」
その笑顔を見て、虎丸の瞳がさらにやさしく細められた。
「そうかそうか。よし、腹が満ちたら屋敷まで送ってやる。どこから来た?」
「えっと……中町の……大きなお屋敷!」
星夜は誇らしげに胸を張った。
「ふむ、中町か……。お前さん、きっと世話人や仲間達に可愛がられてるな」
「うん! 麟ねーちゃんがいるの! それにクロもリリーねーちゃんも!」
矢継ぎ早に仲間の名前を口にする星夜に、虎丸は「ほう」と感心したように頷いた。
その仕草はまるで大きな兄が、弟の冒険話を聞いてやっているようだった。
星夜は気づけば、さっきまでの涙目を忘れていた。
「虎丸さんって……こわい顔だけど、やさしいんだね!」
無邪気にそう言われて、虎丸は少し照れくさそうに顔をそむける。
「……馬鹿者。顔のことは言うな。西町じゃ、強くなきゃ守れんのだ」
そう言う声はぶっきらぼうだが、どこまでも温かい響きがあった。




