夏祭りSide-B クロとレッカ
賑やかな夏祭り。屋台の灯りがきらめき、浴衣姿の人々が行き交う中、麟と奈月は並んで射的や金魚すくいに挑戦しながら笑い合っていた。
その数歩後ろを、ひっそりと歩く二つの影――黒猫のクロと、しなやかな灰青色の毛並みを持つ美猫レッカ。人の目にはただの猫にしか映らないが、二匹は周囲に気配を溶かしながら、まるで護衛のように二人の背を見守っていた。
「……あの二人、楽しそうですね」
屋台の提灯に照らされながら、レッカが小さく呟く。その赤い瞳が、綿飴を頬張る麟の横顔に向けられていた。
「まあな」
クロはそっけなく答えるが、瞳の奥は微かに和らいでいる。
「麟さん、ずいぶん奈月さんと打ち解けてます。最初から知り合いだったかのように」
「世話人同士だからな。分かり合える部分も多いんだろう」
クロはあくまで淡々と答える。だがレッカは、その無関心を装うような調子に逆に胸の奥がざわついた。
「クロ。……正直に聞いていいですか?」
人混みに紛れ、囁くようにレッカは続けた。
「麟さんのこと、どう思ってるんです?」
クロは足を止めることなく、前だけを見て歩き続ける。
「どう、とは?」
「世話人としてだけ? それとも……」
レッカは言葉を濁し、視線をクロに送る。
「それ以外に何がある」
クロは短く返すだけ。
「……あなたらしい答えですね」
レッカは苦笑した。けれどその笑みに滲むのは、ほんの少しの悔しさだった。
「私は、あなたのそういうところがもどかしいんです。自分の気持ちに鈍感で、周りの想いにも気づかない」
クロはようやくレッカの方を見やり、わずかに首を傾げる。
「気持ち、ね……お前はどうなんだ? 俺に何を望んでる」
一瞬、レッカは言葉を詰まらせる。けれど祭りの喧騒に紛れて、小さく答えた。
「……隣に、いたいと思う。ただ、それだけ」
人々の賑やかな声で途切れる
その瞬間、前を歩く麟と奈月が金魚すくいに挑戦し、歓声を上げた。
「やった! 二匹すくえたよ!」
「麟、上手だね!」
はしゃぐ二人の声に振り返ったレッカは、ほんの少し寂しそうに目を細める。
クロは無言のまま、再び二人の後をついて歩き出した。
提灯の光に照らされたレッカの横顔には、笑顔とも溜息ともつかぬ表情が浮かんでいた。
射的の屋台を後にした麟と奈月は、今度は焼きそばの香りに惹かれて足を止めた。
「うわぁ、美味しそう! 奈月、一緒に分けて食べない?」
「食べる! あ、じゃあ私、かき氷を買って来るね」
二人が嬉々として並んでいる様子を、少し離れた場所から見守るクロとレッカ。
提灯に照らされる浴衣姿の麟と奈月は、祭りの喧騒の中でひときわ楽しげに見えた。
「……不思議なものですね」
屋台の光に赤い瞳を細め、レッカが口を開く。
「人と人がこうして笑い合うだけで、周りの空気まで明るくなる。麟さんと奈月さんが一緒にいると、まるで花火の後の余韻みたいに温かい」
クロは黙ったまま耳をぴくりと動かした。
「でも……それを見るあなたの横顔は、どうしてそんなに無表情なんですか?」
レッカは小さな声で問う。
「俺は元々、顔に出すのが得意じゃない」
クロはそう答えると、前を歩く麟に視線を向けた。
「ただ……楽しそうで、よかったとは思う」
「……それだけですか」
レッカの声音には、少しの苛立ちが混じる。
「もし私が麟さんの立場なら、もっと特別な言葉を期待しますよ」
「俺に期待されても困る」
クロは素っ気なく返す。
「本当に、頑固なんですから」
レッカはため息をつきつつ、クロの横顔を盗み見る。
――けれどその瞳に一瞬だけ揺れる光を見逃さなかった。
「クロー! レッカさーん!」
前方で麟が振り返り、手を振った。焼きそばのパックを片手に、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「一緒に食べようよ!」
奈月もかき氷を掲げて笑った。
クロは小さくため息を吐き、歩を進める。
レッカはその背を見つめながら、心の中で小さく呟いた。
(……私の気持ち、いつか届くでしょうか。あなたが鈍感でいる限り、ずっと影のままかもしれないけれど)
提灯の明かりが二匹の毛並みに揺らめき、夜空にはまたひとつ、花火の残光が瞬いて消えていった。




