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猫の円卓会議  作者: waka
猫の円卓会議
3/21

初めての円卓会議

 ついに、第1回目の円卓会議の日がやってきた。

 世話人として正式に就任してから、初めての会議——どこか緊張しながらも、私は屋敷の扉をくぐった。


 広間に入ると、そこにはぎっしりと猫、猫、猫——!


 円卓の周囲だけでなく、部屋の隅や窓枠の上、さらにはシャンデリアの上まで猫だらけだった。

 町内の猫たちのほとんどが、今日の会議に出席しているようだ。


「ちょっと……多すぎじゃない……?」


 私は思わず小声でつぶやく。

 座るスペースすら確保するのがやっとで、猫たちに押されて肩がぎゅうぎゅうだ。

 そんな混雑の中、円卓の正面に座った一匹の年老いた猫が、ぴょこんと立ち上がった。

 長いひげをふるわせながら、落ち着いた声で言う。


「さて、これより円卓会議を開催します。皆さん、静粛に——静粛に!」


 その瞬間、先ほどまでミャアミャアとにぎやかだった室内が、一転して水を打ったような静けさに変わる。

 猫たちが一斉に注目する中、議長の老猫は重々しく口を開いた。


「本日は、我らの新たな世話人の初参加ということで、

 町内から多くの仲間が集まっております。皆様、歓迎の拍手を……いや、拍爪を」


 すると、会場のあちこちから「ぱちぱちぱち……にゃーっ!」と拍手とも歓声ともとれる音が湧き上がる。

 私は思わず立ち上がって、少し照れながら頭を下げた。


(ああ、ここが……猫たちの世界の中心……なんだ)


 まだ戸惑いながらも、少しずつその場に馴染んでいく自分を感じていた。

 ——そして、いよいよ最初の議題が読み上げられようとしていた。

 議長の老猫が円卓の中央に置かれた巻物を広げ、第一の議題を読み上げた。


「本日、最初の議題は……“最近、町内で見かける子猫について”です」


 ざわ……と周囲がざわめく。


「ここ数日、町の外れで一匹の子猫がうろついているとの目撃情報が相次いでいます。

 捨て猫なのか、はたまた迷子なのか、はっきりとはわかっておりません」


 クロが補足するように話を続けた。


「何匹かの猫が話しかけてみたそうですが、子猫は非常に怯えていて、すぐ逃げてしまうそうです。

 このまま放っておけば、衰弱してしまうおそれがあります」


 円卓を囲む猫たちの表情に、不安が広がった。


「何か手を打たねば……」「子猫の命が危ない……」「かわいそうに……」


 小さな声があちこちから漏れていた。

 そんな中、私はそっと手を上げた。


「その子猫……私に探させてもらえませんか?」


 一瞬、空気が止まったような静寂の後、猫たちがざわめき出す。


「本当に?」「まだ新人なのに……」「でも、きっと見つけてくれるはず!」


 議長の老猫が頷き、にっこりと目を細めた。


「よろしい。世話人の最初の任務として、この子猫の行方を調査・保護していただけますか?」


 私は大きく頷いた。


「はい。私にできるか不安はありますが……見つけて、ちゃんと話を聞いてみたいんです」


 クロがそっと私の隣に来て、言った。


「では今夜、町の外れにご案内します。あの子の目撃情報があった場所を、一緒に見に行きましょう」


 小さな命の居場所を求めて、私の初めての世話人としての仕事が、静かに始まろうとしていた——。

 その夜、私はクロの案内で、子猫の目撃があった町の外れへと足を運んだ。

 昼間の喧騒とは打って変わり、月の光だけが静かに地面を照らしている。


「このあたりです」

 クロが細い路地を指差す。

 私たちは手分けして、子猫がいそうな場所をひとつひとつ丁寧に探していった。

 古い倉庫の裏、小さな神社の境内、植え込みの中、駐車場の陰……

 子猫が好みそうな静かで隠れられる場所を、あらかじめ町の猫たちから聞いてあった。


 けれど——


「いない……」


 クロが首を振る。私も疲れた足を止めて、夜空を見上げた。


 他の猫たちも、近くで捜索をしてくれている。

「いた?」「ダメだった……」そんな会話が、あちこちからかすかに聞こえてくる。


(もしかして、もうこの町にはいないのかも……)

(誰かに拾われた? それならいい。でも……まだどこかで怯えて、震えてるのかも)


 私は胸がきゅっと締めつけられるような思いにかられた。

 その時だった。


「――見つけた!」


 一匹の猫が駆け寄ってきた。呼吸を乱しながら、私の足元に飛びつくようにして言った。


「あっちの家の間の狭い隙間に……子猫が蹲ってる! すごく小さくなってて、動かないけど、まだ生きてる!」


 私とクロはすぐにその場所へ向かって走り出した。

 月明かりの下、夜の町に私の靴音と猫たちの足音がリズムのように響いていた。

 暗い路地の奥、民家同士の間にわずかに空いた隙間。

 そこに、小さく丸まった子猫がいた。

 私はそっと足音を忍ばせて、距離を保ちながらその姿を見つめた。


(……ボロボロだ)


 毛並みは乱れ、ところどころに擦り傷や噛まれたような痕がある。

 片方の耳は少し切れていて、震える身体を押さえるように、必死にその場にうずくまっている。

 その小さな命は、見るからに限界だった。

 私がゆっくりとしゃがみ込むと、子猫はハッと顔を上げた。


「……近づくな!」


 かすれた小さな声。

 それでも、必死の威嚇だった。

 私はその場で立ち止まり、優しく声をかける。


「怖くないよ、大丈夫だよ」


「こっちに来るな!」


 目を見開き、身体を縮こまらせて震えている。

 私は両手をそっと上げて見せた。


「わかった、これ以上は近づかない。だから、話をしよう?

 ここでそのままでいいから。ね?」


 しばしの沈黙のあと、子猫の声がかすかに返ってくる。


「……痛くしない?」


「しない、絶対にしないよ」


「ほんとに……大丈夫なの?」


「うん。話をするだけ。それだけでいい」


 子猫の背中から少しだけ力が抜けるのが分かった。


「……わかった」


 その言葉を聞いた瞬間、私は喉の奥からこみ上げてくるものをぐっと堪えた。


(この子……どれだけ怖い思いをしてきたんだろう)


 私はその場にそっと座り、距離を変えずに静かに目を合わせた。


 風が吹くたび、どこか遠くで窓が鳴る音が聞こえる。

 だが、今この場はただ一匹の子猫と、私の時間だった。


 ——こわがりな瞳の奥に、少しずつ小さな光が灯っていくのを感じていた。


 静寂の中、私はしゃがんだまま、目の前の子猫とそっと言葉を交わした。


「どうやってここへ来たの?」


 子猫は少しだけ顔をあげ、戸惑ったような声で答えた。


「……わからない。気がついたら、ぼくだけ…だった」


 その声には、深い孤独が滲んでいた。


「いろんなところを迷って……途中で他の動物たちにイジメられて痛くされて、逃げて、逃げて……

 やっと、ここまでたどり着いたんだ」


(どれだけ怖かっただろう)


 私はゆっくりと問いかけた。


「親は?……おうちは、どこかにあるの?」


 子猫は小さく首を振った。


「わからない……ずっと、ぼくだけ」


 私は胸が締めつけられるような思いで、そっと手を前に差し出した。


「ねえ……よかったら、こっちのお家に来ない?

 こんな寒いところより、ずっと暖かいよ。

 みんな優しいし、温かいごはんもあるよ」


 子猫は驚いたように、目をぱちぱちと瞬かせた。


「……え? 行っていいの?

 ……ぼくを騙してるんじゃないの?……ほんとに?」


 私はまっすぐ目を見て、はっきりと言った。


「もちろん本当だよ。だから、もう安心して。

 こっちへおいで。寒いの、嫌でしょ?」


 少しの沈黙のあと、子猫は小さくうなずいた。


「うん……寒いのも、怖いのも……

 痛いことも、もういやなんだ……」


 その瞬間、ふらりと立ち上がった子猫が、よろよろと私のほうへ歩み寄ってきた。


 たった数歩。


 だけど、それはこの子にとって、ものすごく大きな一歩だった。

 安心したのか、足元で崩れるように倒れ込んだ子猫を、私はすぐに抱きかかえた。

 身体は信じられないほど軽く、あちこちに傷があって、痩せこけていた。


「……大変だったね」

 私はそっとつぶやいた。


「でも、もう大丈夫。おうちに帰ろう」


 子猫をしっかりと胸に抱き、私はクロとともに屋敷へと足早に向かった。

 夜の風がまだ冷たかったけれど、胸の中のぬくもりだけは、どこまでもあたたかかった。



 屋敷へ戻ると、私はまっすぐに老猫の議長のもとへ向かった。

 クロが後ろでそっとついてくる。

 胸には、すっかり疲れ果てて眠る小さな子猫。

 私はそっと膝をつき、報告した。


「子猫、見つかりました……無事に、保護できました」


 議長は目を細めて頷き、ゆっくりと立ち上がった。


「よくやってくれました。ありがとう、世話人どの……」


 その報せはすぐに屋敷中、そして町中の猫たちに伝わっていった。


「見つかったって!」「ほんとに!?」「よかった……!」


 それを聞いた猫たちは、心から安堵し、喜びを分かち合った。

 ——しかし、その喜びとは裏腹に、子猫の状態は深刻だった。

 体はあちこち傷つき、毛はまだらに抜け落ち、栄養もほとんど足りていなかった。

 長時間の空腹と逃亡の連続、そして極限の緊張状態により、

 心も身体も、今にも崩れてしまいそうなほど弱っていた。

 私は、子猫をそっと毛布の上に寝かせた。


「……大丈夫、ここはもう、安心していい場所だよ」


 その小さな背中がかすかに震えるたび、胸が痛んだ。

 クロが隣に座り、小さな声で言った。


「今は、ただ静かに休ませてあげましょう」


 私は黙って頷いた。

 周囲には、猫たちがぽつりぽつりと集まり、

 遠巻きに見守るように、その子の周りに静かな輪ができていった。



 それは、あたたかくて、やさしくて、

 だけどほんの少し、悲しみを含んだ夜の光景だった。

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