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猫の円卓会議  作者: waka
猫の円卓会議
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東町の訪問者

 東町の小さな通りの一角にひっそりと佇む、レトロで可愛らしい看板を掲げたおもちゃ屋がある。

 店の名は 「FlyingCat」。

 外壁には色褪せたブリキの看板、色とりどりの風船や、動くおもちゃたちがウィンドウ越しに見え、子どもにも猫にも人気の店だ。

 入口の上には小さな風見猫が、気まぐれに風の向きを変えていた。


 店内は柔らかい木の香りに包まれ、所狭しと並んだおもちゃの棚には、昔ながらの手巻き式ロボットやぬいぐるみ、そして最新の電子玩具までが不思議と調和していた。


 そのFlyingCatの店主・蒼龍そうりゅう 幸宗ゆきむねは、開店前の静かな時間に、慣れた手つきで段ボール箱に商品を詰めていた。彼の手は年齢を感じさせるが、その動作には無駄がなく、丁寧で几帳面。まるで一つ一つに想いを込めるように、猫用のぬいぐるみや噛むと音が出るボール、さらには知育トイまでを選んで梱包していく。


「さて、これで最後……あ、猫草のおやつも入れておこうか」


 幸宗は小さく頷きながら、最後に小袋をそっと入れ、テープで蓋を閉じる。


「にゃ……ふん」


 カウンター横の棚の上には、一匹の猫がじっと店主の動きを見つめていた。青みがかったグレーの毛並みは朝の光を反射して鈍く輝き、尾はピンと真っすぐ立っている。レオンだ。彼はこの店の“看板猫”でありながら、今は少し不機嫌そうに前足を交差させて寝そべっていた。


「……また中町、か」


 低く鼻を鳴らすレオンの呟きに、幸宗が小さく笑う。


「仕方ないだろう。中町には麟さんがいるし、今回はお礼も兼ねて届けに行くんだからな。君だって、あの屋敷に何度か世話になったろう?」


「ふん……別に否定はしないが」


 レオンは横目でちらりと入口の方を見る。その先に、彼が警戒しているもう一匹の姿があった。


「おにーちゃん、まだ出発しないの?」


 鈴のような可愛らしい声と共に、軽やかな足取りでモモが現れた。彼女はレオンの妹で、兄と同じく青みがかったグレーの毛並みを持っているが、その雰囲気はまるで違っていた。モモは大きな瞳を輝かせ、首には赤いリボンのついた首輪をしている。そのリボンの先には小さなクローバーのチャームがついており、動くたびにかすかに揺れていた。


「……お前、まだ行く気か」


「うんっ、絶対行くって言ったもん! だってクロさんに会えるかもしれないでしょ?」


 ぱあっと笑顔を見せるモモに、レオンは思わずため息をついた。


「……前にも言ったが、あいつには気をつけろ。モテる男ってのは厄介なんだぞ」


「レオンおにーちゃん、やきもち?」


「違う!」


 モモの無邪気な問いに、レオンがすかさず否定する。が、その反応は明らかに図星を突かれたようで、顔をそむけてしまう。


 店主・幸宗はそんな二匹のやりとりを微笑ましそうに眺めていた。とはいえ、時間は待ってくれない。


「よし、そろそろ出発しようか。レオン、店番は頼んだぞ」


「……了解した。モモは……勝手にしろ」


「わーい!ありがとう、おにーちゃん!」


 モモは喜び勇んで荷物の周りをくるくると回る。幸宗は微笑みながら軽トラックの荷台に箱を積み込み、助手席のドアを開けるとモモがすっと乗り込んだ。


 出発の直前、レオンは店の入口まで見送りに出てきていた。朝の光の中で店の前に立つその姿は、やや不機嫌そうに見えるが、どこか寂しそうでもある。


「……気をつけてな」


 レオンは短くそう言った。



「うんっ、帰ったらいっぱい話してあげる!」


 レオンは深いため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、去っていく妹の後ろ姿を見送りながら、心のどこかで「どうせクロなんか……」と拗ねた気持ちを募らせるのだった。


 エンジンがかかり、トラックがゆっくりと東町の小道を走り出す。後部ミラー越しに、遠ざかるレオンの姿が映った。モモはその姿を見ながら、少しだけ目を細める。


「……ほんとは優しいくせに」


 助手席でぽつりと呟いたモモに、幸宗が小さく頷く。


「レオンは君のことを本当に大事に思っているよ。口下手なだけでね。あいつも、また中町に行きたがっていたんだろうが……」


「素直じゃないねー」


 モモがくすりと笑う。


 やがて、トラックは町境を越えて中町へと入っていく。高くそびえる屋敷の門、その向こうに広がる庭には、ちらほらと子猫たちの姿が見える。麟のいる中町の屋敷、そこは様々な猫たちと、人とが穏やかに過ごす特別な場所だった。


 荷台の荷物を確認しながら、幸宗は静かに呟いた。


「さて……今回も、きっと賑やかな日になりそうだね」



 一方その頃、中町の屋敷では、麟が書斎の窓辺でのんびりと読書をしていた。


 子猫たちは部屋の隅でおもちゃを囲んでわちゃわちゃと遊んでいる。先日のゲーム対決で盛り上がった後も、屋敷内は明るく賑やかな空気に包まれていた。


 そんな中、玄関のチャイムが鳴る。


「はーい、今行きます!」


 麟が扉を開けると、そこには荷物を抱えた蒼龍 幸宗と、その足元でそっと佇むモモの姿があった。


「こんにちは、中町の世話人さん。先日はどうも」


「蒼龍さん、わざわざありがとうございます。あれ? 今日は猫ちゃんも一緒なんですね?」


 麟がモモに視線を向けると、彼女はぱっと顔を上げて小さくお辞儀をした。


「初めまして! わたし、モモっていいます。お兄ちゃんのレオンと一緒にFlyingCatにいるの」


「初めまして、私は麟。中町の世話人をしています。可愛い猫ちゃんねぇ~」


 麟は思わず頬を緩める。その姿にモモは照れつつも嬉しそうにしっぽを揺らした。


「クロさん、今日はいますか?」


「えっと……今は縁側でお昼寝中かな。呼んできます?」


「ぜひ!会ってみたくて……ずっと憧れてたんです!」


 麟はその言葉に少し驚きつつも、なんだか既視感のある展開に頭を抱える。


(……またクロ目当てか)


 案の定、子猫たちがクロの名前を聞きつけて一斉に玄関へ駆け寄ってきた。


「クロにいちゃーん!」

「ねえねえ、今日は何してるの?」

「新しい猫ちゃんだー!」


 屋敷は一気に賑やかになる。その光景を前に、麟はふとある疑問が浮かび、クロのいる縁側をちらりと見た。


(北町に鈴音、東町にモモ、南町にレッカ……ってことはさ……あ~やっぱり)


 クロをじっと見つめながら、麟はぽつりと呟いた。


「……絶対、絶対に西町にも居るよねぇ~。そして絶対、めんどくさいことになるよねぇ~」


「え? 一体何ですか? 藪から棒に」


 不思議そうに首をかしげるクロ。


「いやね、前も言ったけどさクロって……周りに一体何匹の雌猫がいるのかなぁ~って思ってさ」


「え? え~!? そ、そんなのいませんよ!!」


 クロはしっぽを立てて慌てふためくが、麟はその反応にますます確信を深めてしまう。


(……やっぱりね)


 屋敷の穏やかな午後に、今日もひとつ新しい騒動の予感が忍び寄っていた――。

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