新たなライバル出現
個人戦が終わり、熱が冷めやらぬままVTuberスタジオの一角に移動した麟と奈月は、静かな空間に座っていた。通りの喧騒からは隔絶されたその一室は、外の暑さが嘘のように涼しく、冷たい空気と落ち着いた香りに包まれていた。
「……やっぱり強いね、麟」
奈月が冷たいお茶を差し出しながら、少し息を整えた声で言った。
「奈月こそ。あれだけ追い詰められるとは思わなかったよ……すっごく楽しかった!」
ふたりは、先ほどの激闘を思い返しながら微笑み合う。その空気に、もうすっかり「VTuberと視聴者」の距離感は無くなっていた。
「……にしても、こんな形で話すことになるなんて思ってなかったなあ」
麟がつぶやくと、奈月はくすっと笑ってうなずいた。
「私も。学校ですれ違うたび、声かけようかなって何度も思ってたんですけど、なかなかタイミングがつかめなくて」
「だよね! 目が合うたびににこってされて、『あれ? 知り合いだったっけ?』って思ってたの」
「ふふ……やっぱり気づいてたんだ。よかった、今日こうして話せて」
和やかに話していたその時――。
「お待たせしました、奈月さん」
すらりとした姿が扉から現れた。
「わ、わあ……!?」
麟は思わず声を漏らして見とれた。そこに立っていたのは、まるで雑誌から飛び出してきたようなスタイル抜群の猫だった。
光沢のある灰青色の毛並みは艶やかで、首にはきらりと輝く細いチョーカー。しなやかな身体のライン、しっとりとした細い目元はどこか涼しげで、鋭い美しさを宿していた。
「紹介します。こちら、私の案内役の猫――レッカです」
奈月の声に、猫は柔らかく首を傾げた。
「初めまして、麟さん。私、レッカと申します。奈月様の案内と身の回りを担当しております。よろしくお願いしますね」
(うわー……本当にモデルみたいな猫……!)
それもそのはず。レッカはSNSで「町猫界のカリスマモデル」として密かに人気の猫だった。人目に触れることは少ないが、時折奈月のV配信にチラッと映り込むことがあり、「あの猫は誰?」と話題になることもある存在だった。
その声は低めで澄んでいて、穏やかさの中に自信と知性が滲んでいた。
「こ、こちらこそ……麟っていいます。よろしくお願いします」
慌ててお辞儀する麟。まだ少し動揺が抜けきらない。
奈月が横でくすくすと笑っている。
「レッカは昔からうちの猫たちのまとめ役なの。ちょっと冷たく見えるけど、本当はとっても面倒見がいいのよ」
「……冷たくなんて思ってませんよっ。いや、ちょっと緊張はしたけど……!」
麟が必死にフォローする中、レッカがふとあたりを見渡して小首を傾げた。
「ところで……今日はクロ様はご同行ではないのですね?」
その一言に、麟の体がピクリと反応する。
「……クロ? ああ、クロは今日は屋敷で留守番。いや、たぶん用事で出てるかも。っていうか、なんでクロのこと……?」
「……なんだか、既視感ある展開……」
思わず呟いたその瞬間、麟の脳裏に蘇るのは、かつての“鈴音”とのやり取り。
(ま、またか……!?)
その表情を読み取ったのか、奈月が楽しげに微笑んで口を開いた。
「実は、レッカもクロさんのこと、ちょっと気にしてるのよね?」
「っ……奈月様、それは……っ」
レッカが珍しく顔をほんのり染め、小さく咳払いする。
「……お噂はかねがね聞いております。優秀で、責任感があり、同族の中でも群を抜いた存在だと……。少し興味を持っているだけです」
その言い方が、逆に本気であることを隠せていない。
「そ、そうなんだ……なるほど……」
麟の頭に浮かぶのは、同じくクロを“気にしている”金色の毛並みにピンクのリボンをつけた、派手で情熱的な猫・鈴音の姿。
(これって……まさか……ライバルってやつ?)
「……あー、それ、つい最近も誰かに聞かれたような……」
「え? 他に誰か、クロ様を探していたんですか?」
レッカの瞳がすっと細まる。
「あ、えっと、たしか鈴音……だったかな?」
レッカの瞳がふっと鋭くなる。その名前を聞いた瞬間、レッカの眉が一瞬だけピクリと動いたように見えた。
「鈴音……? それは……もしかして、あの金色のリボンの」
「……あの子、まだ諦めてなかったのね」
「あのような派手なだけの雰囲気の猫が、クロ様に……。少々、方向性の違いを感じますわね」
小さな声でそうつぶやいたレッカだったが、すぐに表情を戻して微笑んだ。
「ふふっ、いえ、気にしないでください。少し気になっただけですから」
(やっぱり……鈴音とライバル関係?)
「え、えっと、ケンカしないでくださいね……?」
「ふふ、大丈夫。私、争いは好みませんので。ただ、好意を持った相手がどなたと結ばれるのか――興味はありますけどね」
にっこりと微笑むレッカ。その微笑みの奥には、どこか鈴音を見下すような冷静さが滲んでいる。
「なんか……また、めんどくさいことになりそうな予感……」
その瞬間、麟の脳内に浮かぶ三匹の猫の関係図。
鈴音、モモ、レッカ──みんなクロに気がある!?
「な、なんか、すごいことになってるかも……」
麟は額に手を当てて小さくため息をついたのだった――。
その後、奈月と麟はV配信の裏話や、町の猫事情、世話人としての工夫や悩みについて語り合った。
奈月は機材に強く、猫たちの記録や日誌をデジタル化して効率的に管理しており、麟はアナログ派ながらも交流やイベント企画を得意としていた。お互いのスタイルの違いに感心しつつも、「自分らしいやり方でいいよね」と笑い合う時間は、あっという間に過ぎていった。
そして帰り際――。
「今日は来てくれてありがとう、麟。また個人的に対戦もしようね!」
「うん、ぜひ! 今度は私が勝つから!」
「ふふ、楽しみにしてる」
奈月が軽く手を振ると、レッカも優雅に尾を振って見送ってくれた。
扉を出た瞬間、麟はふうっと小さく息をついた。
(レッカさん、めっちゃきれいだったけど……やっぱりちょっとこわいかも)
南町での出来事は、麟の中に新しい刺激と、少しのライバル心を芽生えさせていた。
――それは、猫たちだけでなく、世話人同士の関係にも、少しずつ変化をもたらしていくきっかけとなるのであった。




