対決の舞台へ
カフェでの会話のあと、麟と奈月は、奈月が用意した「対決の舞台」へと移動することになった。
「それで、どこでやるの? どこかのネットカフェ?」
麟がそう尋ねると、奈月はいたずらっぽく微笑んだ。
「いいえ。ちゃんとした場所があります。私の“秘密基地”ですよ」
「ひみつ……きち?」
「ついてきてください。すぐ近くだから」
奈月はそう言って歩き出した。麟は首をかしげながらもその後を追う。
(秘密基地って……なにそれ。普通に気になるじゃん……)
南町の奥、住宅街の路地裏に入ると、風景は一気に静かになった。細い道の両脇に並ぶのは、昔ながらの木造家屋や、手入れされた小さな庭のある家々。人通りは少なく、蝉の声が響いている。
「この先ですよ」
奈月はとある一軒家の前で足を止めた。見たところ普通の民家のようだが、門には小さな木製のプレートがかかっており、そこにはかわいらしい手書きの文字で《Natsuki’s Nest》と記されていた。
「“ナツキズ・ネスト”? これ……」
「私の、もうひとつの“部屋”です。動画配信の作業も、猫たちとのお世話も、全部ここでやってるんです」
奈月は合鍵で門を開け、麟を中へと案内した。
家の中は思ったより広く、清潔感があり、あたたかな空気が流れている。ところどころにぬいぐるみや手作りの小物が置かれていて、少女の繊細な感性が感じられた。
「……うわ、いい雰囲気……」
「ふふ、こっちです」
奈月は廊下の奥の一室のドアを開ける。そこに広がっていたのは、まるでゲームスタジオのような空間だった。
大型のデスク、音響機材、配信用カメラ、そして二台の大型モニター。その前には、今日の対決に備えて準備された最新のゲーム機と、デュアルコントローラーが並んでいた。
「うわっ……これ、すご……。まさかVTuberやってるって言っても、ここまで本格的だとは……」
「結構がんばりました。バイト代のほとんど、ここに注ぎ込んでるんです。趣味と仕事、半々ですけど」
奈月は照れたように笑った。
「ここで対決ってこと?」
「はい。思う存分、戦いましょう。今日のレースは1対1。逃げ場なしの真剣勝負です」
「いいね……そのつもりで来たから!」
麟も笑みを返す。二人はゲーム機の前に並び、それぞれのコントローラーを手に取った。
「ところで、奈月さん……」
「なに?」
「いや……さっきは名前で呼んでたけど、学校でも同い年なんだし、“奈月”って呼び捨てでもいい?」
奈月は一瞬驚いたように目を見開き、すぐにふわっと笑顔になった。
「……もちろん、いいよ。その代わり、私も“麟”って呼ぶね?」
「うん。……じゃあ、改めてよろしく、奈月!」
「よろしくね、麟!」
二人の間の空気が、ふわりとやわらかくなる。そこには、同じ町で同じように猫と関わる“世話人”としての共感だけでなく、同じ世代の少女同士としての、どこか心を許せる絆が生まれつつあった。
「さあ、準備はいい?」
「もちろん!」
二人はほぼ同時にスタートボタンを押す。
画面に表示されるのは、扇チャンネルで大人気となった、ハリネズミたちによるカートレースゲーム。炎の砂漠コースから、宇宙のステージ、そして重力反転ゾーンまで、テクニックと瞬時の判断が問われる難関レースだ。
1レース目──。
スタートと同時に爆発的な加速で飛び出す二台のカート。奈月はテクニカルなコーナリングを得意とし、アイテム使用のタイミングも完璧。一方、麟は大胆なショートカットとジャンプテクニックで距離を詰めてくる。
「ちょっと、速っ! どこでそんな技覚えたの!?」
「うふふ、秘密だよー!」
コース終盤、奈月が放った青い甲羅型のアイテムが麟に命中するかと思いきや、ギリギリでバリアを張ってかわす麟。
「えっ!? 読まれてた!?」
「へへっ、こっちだって伊達に子猫達の遊び相手やってないから!」
1レース目は接戦の末、麟が僅差で勝利。奈月は少し悔しそうに笑った。
「やっぱり……強いなあ」
「まだ一勝だよ。まだまだこれから!」
2レース目、3レース目と続き、勝ったり負けたりを繰り返しながら、二人の対戦は白熱していった。
その中で、ふと麟が思う。
(この子と……もっと前から話していれば、もっと楽しいこといっぱいあったんだろうな)
そして、同じ思いが奈月の胸にもあった。
(会えてよかった。私、ずっと……麟さんとちゃんと話したかったんだ)
最終レースを終えた後、二人はコントローラーを置き、深く息を吐いた。
「楽しかったね」
「うん、ほんとに」
ふたりの間に、静かな時間が流れる。




