VTuber扇
その日は朝から陽射しがきつく、空を見上げるのも億劫になるほどの蒸し暑さだった。
屋敷の庭はいつもなら子猫たちの遊び場になっているが、さすがに今日は誰も姿を見せていない。
「無理無理、こんな日に外で遊んだら、溶けちゃうってば……」
汗ばんだ額を拭いながら、麟は大広間の障子を閉め、屋敷の中を冷気が巡るように調整した。
既に子猫たちは居間のカーペットの上でごろごろと寝転び、扇風機の風に吹かれながら涼を取っている。
「ねえ、今日も扇ちゃんの配信観ようよー!」
「カートレースの企画だって!」
「ゲーム機つないでーっ!」
子猫たちの要望に応え、麟は秘密のゲーム部屋にモニターを移動し、いつもの配信プラットフォームを起動した。
画面が映し出されると、そこには毎回テンション高めで登場するVTuber――
「はいはーいっ! 今日も元気に全開でいくよー! 扇ちゃんチャンネル、スタートっ☆」
涼しげな浴衣姿に大きな扇子を背負った、狐耳風の少女が画面に現れる。
甘すぎない元気な声とテンポのいい喋りで、瞬く間に場の空気が明るくなる。
麟もこのVTuber扇の配信をよく観ていて、明るくてちょっとドジなところもありつつ、リスナー想いな姿勢がとても好きだった。
(今日は、リスナー参加型のゲーム企画か……)
その日の企画はこうだった。
「視聴者全員で、カートレース対決しよう!」
使うゲームは、最近発売されたばかりのハリネズミたちがカートで爆走する超人気レースゲーム。
あのゲーム部屋にも同じソフトが導入されており、麟も星夜も子猫たちも、何度か対戦していた。
「ねえ麟姉ー、出よ! 出よ出よ!」
「星夜兄ちゃんもやろうよ!」
「やるからには、勝つよ?」
いつの間にか背後に現れていた星夜は、ゲームパッドを持って淡々と準備を始めている。
「よし、私たちも本気出すか……!」
麟も負けじとゲーム機にログインし、視聴者参加ロビーに入った。
オンラインネームは“リンリン”(麟)と“セイヤ”(星夜)だ
既に数百人のプレイヤーが集まっており、扇も番組の中で呼びかけを続けていた。
「今回の対戦相手は、VTuber扇チャンネルをご覧の皆さま全員ですっ!
最後のレースで上位に入った人には、ちょっとしたサプライズもあるかも〜♪」
リスナーからのコメントが流れる中、レースがスタートした。
――1回戦。
――2回戦。
「速すぎる……」「え、誰あの二人?」「セイヤって子ヤバくない?」
「リンリンって子、攻撃アイテム全部避けたよ!?」「バケモンかよ!?」
SNSとコメント欄がざわつき始める。
画面に映し出されたのは、煌びやかな夜のコース。
ネオン輝く未来都市を舞台にした、全20コース中でも屈指の難易度を誇る「ハリネズミシティ・ナイトラン」。
急カーブ、ジャンプ台、狭い路地、すべてがプレイヤーの技術を試すこのマップに、100人以上のプレイヤーが集まっていた。
「それでは、ラストレース! 準備、よーい……」
「スタートッッ!!」
ドンッと爆音が鳴り、カートが一斉に飛び出す。
麟のハリネズミキャラは、流線型のスピード特化マシン。
スタートダッシュの瞬間、ブーストゲージを完璧なタイミングで決めた麟は、一気に10人を抜き去った。
「いっけぇーーっ!!」
右手の指がコントローラーを滑らかに走る。
前方のジャンプ台で回転を加えて空中ブーストを得ると、すかさずスライドターン。
後続を引き離す。
一方、星夜のプレイスタイルは真逆だった。
マシンは安定性と加速のバランスタイプ。
アイテム管理を徹底し、後方からじわじわ順位を上げてくる。
コーナーでは最短距離を滑るように抜け、攻撃系アイテムは的確にライバルにぶつけていく。
「ぐっ……うしろからバナナか!?」
「違う、セイヤって子が投げたぞ!?」
「全部狙って当ててくるなんておかしいだろ!」
実況チャットがざわつく。
中盤で麟が1位、星夜が4位という布陣になると、扇の焦りが配信音声にもにじみ出た。
「うわーっ、え!? 速っ!? うそ、さっき1位だったのにもう抜かされた……!」
扇のプレイ画面は、次第に混戦の渦に巻き込まれていく。
周囲のプレイヤーから狙われ、ミサイルに吹っ飛ばされ、逆転を狙うも追いつけない。
「なんで!? この人たち、どんな反射神経してるの!? ゲームの精霊なの!?」
そんな中、最終ラップ。
麟がジャンプ台からの着地直後、背後から赤いターゲットマークが表示される。
「追尾ロケットか……っ」
普通なら確実にクラッシュする場面。
だが麟は、直前に取得していた防御アイテム“反射オーブ”を見事に合わせ、カウンター。
ロケットは弾かれ、近づいていた3位のマシンが直撃して吹き飛んだ。
「ひっどい……リンリンちゃん、反射まで完璧とかズルい……!」
扇の悲鳴が響く中、星夜も静かに追い上げを見せる。
2位のプレイヤーを内側ラインで抜き去ると、そのまま麟に次ぐ2位へ浮上。
最終コーナー。
鋭角な右カーブを抜ければゴール。
「ここで決めるよ!」
麟はドリフトをギリギリまで引っ張り、カートを斜めに滑り込ませる。
タイヤが火花を散らし、ターボ点火。
「麟ねーちゃん、右後ろからアイテム来る」
「わかってる!」
星夜の言葉と同時、麟はターボの爆発で一気にゴールラインへと飛び込んだ。
──1位:リンリン(麟)
──2位:セイヤ(星夜)
ゴール画面に花火が上がり、ランキングボードが表示される。
圧倒的。そう言うしかない走りだった。
チャット欄はざわめきの渦。
「圧勝すぎて草」
「扇ちゃん一瞬で抜かれたwww」
「リンリンとセイヤってプロゲーマーなの?」
「いやマジで、どこのチーム所属……?」
やがて扇の配信画面が戻り、呆然とした顔のVTuberが映る。
目の中には悔しさと、どこか嬉しそうな輝きがあった。
「……こ、こんなことある!? でも、でも、こんな強い人と遊べて……う、うれしいっ!」
麟と星夜のカメラは映っていないが、麟の唇はにやりと笑っていた。
(この感じ……やっぱり、ゲームって最高だ)
子猫たちも後ろで大騒ぎしていた。
「麟ねーちゃん最強!」
「星夜兄ちゃん、アイテム神!」
「扇ちゃん、また挑戦してこないかな~!」
その声が聞こえたのか、扇は配信の最後にこう言った。
「ねえ、リンリンさん、――私と、本気の直接勝負、してくれない?」
カメラの奥で、狐耳の少女が微笑む。
その笑顔の裏に、麟は何かが隠されていることに気づいていた――。




