秘密の部屋
歓迎会から数日が経ち、屋敷にはようやくいつもの穏やかな日常が戻っていた。
ある日の午後、学校を終えた麟は、制服姿のまま鞄を肩にかけ、いつものように屋敷の門をくぐった。
「ただいまー」
声をかけるが、庭はやけに静かだった。
普段なら、子猫たちがわらわらと駆け寄ってきて、「麟ねーちゃん!」とじゃれついてくるのが日課だった。しかし今日に限って、その気配がまったくない。屋敷の外にも中にも、子猫たちの姿が見えなかった。
「……あれ? みんなどこ行っちゃったの?」
小首を傾げながら玄関をくぐり、靴を脱ぐ。中も同様に、しんと静まり返っていた。台所にもリビングにも誰もいない。さらに言えば、世話人のクロの姿すら見当たらなかった。
「クロー? いるのー?」
呼んでみたが返事はなく、屋敷の中には自分の足音だけが響いた。
「出かけてるのかな……。でも子猫たちもって、珍しいなあ……」
不安というより、むしろ興味が勝った。普段あれだけ騒がしい屋敷で、子猫の姿がひとつもないのは妙だ。
(うーん、どこかの部屋にみんなで集まってるとか?)
麟はそんなことを思いながら、屋敷の探索を始めた。
広い屋敷には、客間、書斎、寝室に和室と、数え切れないほどの部屋がある。どの扉を開けても、ぬけの殻のように静かで人気がなかった。
(まさか、お昼寝……? いや、そんな時間じゃないよね……)
ため息をつきかけたとき――
廊下の奥から、かすかな電子音が聞こえてきた。
ピコ……ピピッ……ドーン!
麟は足を止めた。耳を澄ますと、それはまぎれもなくゲームのサウンドだった。
「え……ゲーム?」
屋敷の中にゲーム機なんてあっただろうか――と疑問に思いながら音を頼りに歩く。廊下を進み、突き当たりの一室の前に立つと、中から賑やかな子猫の声も混じって聞こえてきた。
「うおー! ボスでけえー!」
「スーパージャンプして、してーっ!」
「そっちじゃないにゃー!」
(ま、まさか……)
麟は恐る恐るドアノブに手をかけた。そして、ゆっくりと扉を開く。
「――なに、これ……」
目の前に広がっていたのは、まるでテーマパークのような夢の空間だった。
大型テレビモニターが壁に設置され、モニター前にはフカフカのラグと大小さまざまなクッションが敷き詰められている。子猫たちはその上に思い思いに寝そべりながら、発売されたばかりの最新型ゲーム機のコントローラーを握っていた。
そのゲーム機――麟の記憶が正しければ、どの家電量販店でも入荷未定と表示されているほどの超人気モデルだ。予約抽選ですら外れることが多く、ネットでは数倍の価格で取引されている、まさに“幻のゲーム機”とまで言われている代物だった。
「ちょっと……ちょっと待って。何でゲーム機がここにあるのよ? しかも、それ……っ!」
麟は画面に映るソフト名を見て目を見開く。
「最新作のアクションRPG!? 発売してまだ三日も経ってないやつじゃない!!」
「麟ねーちゃん、いっしょにやろー!」
「さっきからずっとラスボスに負けてるのー!」
「ねーちゃんが来たら百人力にゃ!」
子猫たちのキラキラした目に見つめられて、麟は返す言葉もなく、部屋の中央に立ち尽くした。
しばらくして、背後から足音が聞こえる。
「おや、麟さん。ちょうどいいところに」
振り返ると、そこには買い物袋を手にしたクロの姿があった。
「クロ! これ、一体どういうこと!?」
「ふふ、驚きましたか?」
いたずらっぽく微笑むクロに、麟は怒るよりも先に唖然としてしまった。
「この部屋、いつからこんなゲーム部屋になってたの? 私、全然聞いてないんだけど……!」
「この部屋はもともと物置にしていたんですが、ちょっと模様替えをしましてね。先日、東町のおもちゃ屋『FlyingCat』の店主――実は世話人さんなのですが――が、屋敷の片づけを手伝ってくれたお礼にと、このゲーム機を譲ってくれたんです」
「FlyingCat……? あの店、予約でも中々買えないって噂のとこじゃん!?」
「ええ。ですが店主さん、ちょうど裏に1台だけ残しておいたそうで。それを“子猫たちの遊び場にでも”とおっしゃってくださって。長い付き合いですからね」
「長い付き合いって……そ、それにしても太っ腹すぎるわよ……」
麟は思わず天を仰いだ。
「これって……子猫たちのための部屋、なんだよね?」
「もちろん。とはいえ、麟さんも十分ここの一員でしょう? よろしければ、ご一緒に」
そう言ってクロは、麟の手にそっとコントローラーを渡した。
「ええい、もうっ! わかったわよ、やるからには勝ちに行くわよ!」
「それでこそ麟さんです」
子猫たちが一斉に「わーい!」と歓声を上げた。
その日、夕焼けが屋敷の窓を照らす頃――“秘密のゲーム部屋”には、笑い声と電子音が遅くまで響き渡っていた。
麟はその後も、「なんでクロだけちゃっかりしてるのよ……」とブツブツ言いながらも、しっかりゲームのコツをつかみ、子猫たちのヒーローとして頼られる存在になっていくのだった。




