宴の翌朝
朝日が差し込む屋敷の庭は、どこか昨夜の名残を引きずっていた。宴の名残りの提灯が風に揺れ、庭先に残った小さな紙皿の端がカサリと音を立てる。
「ふう……あと玄関前のゴミ袋まとめれば、だいたい片付いたかな」
麟は袖をまくって小さく伸びをした。日曜日の朝、彼女は早くから屋敷に来て、昨夜の歓迎会の後始末を黙々と手伝っていた。猫たちはまだ大半が夢の中。星夜は、昨晩リリーに添い寝をしてもらったまま、丸くなって寝息を立てている。
玄関に回ろうとしたとき、風に乗って鈴の音が聞こえた。
「おはようございますっ!」
明るく張った声とともに、金色の毛並みが朝日にきらめく。鮮やかなピンクのリボンを耳の後ろで結んだ雌猫が、玄関の前にすっくと立っていた。鈴音だ。
「あ、鈴音さん……おはよう」
麟はタオルを手にしたまま微笑んだ。
「ふふ、鈴音で良いわよ、朝から働き者なのね。お手伝いごくろうさま♪」
「え、あ……ありがとう。でも私、たいしたことは……」
麟がそう答えると、鈴音はしばらくじっと麟を見つめ、それから満足げに笑った。
「ふふ、あたし、ちょっと話したくて来たの」
「話……?」
「リリーねーさんはいないみたいだし、クロ様もお留守のようだから、ちょうどよかったわ。あなただけなら、落ち着いて話せるもの」
鈴音はそう言って、まるで庭先に咲いた花を撫でるような足取りで屋敷の縁側に座り込んだ。麟も戸惑いながらもその隣に腰を下ろす。
「実はね……あたし、ちょっと迷ってるの」
ぽつりとこぼされたその言葉に、麟は首をかしげた。
「迷ってる……?」
「そう。ここのこと、クロ様のこと、それに——あたし自身のこと」
鈴音の声には、いつもの気の強さとは違う、少しだけ揺れる気配があった。屋敷にやって来た最初の日、勢いで押しかけたあの姿とは違い、今の彼女は少し素の表情を見せているようだった。
「クロ様を追ってきたのは事実よ。でも、それだけじゃなくなってきた気がするの。あの歓迎会、円卓での女子会、リリーねーさんや星夜……そして、あなた」
「私?」
麟は思わず問い返した。鈴音は小さく笑った。
「そう、あなただって、変わってるわ。人間なのに、猫たちとあんなに自然にいる。それって不思議で、でもちょっと羨ましくもある」
麟は何と答えていいかわからず、手にしたほうきをそっと置いた。
「……あたし、北町では浮いてた。ここでも同じかなって思ってたけど……もしかしたら、ちゃんと馴染めるかもしれないって、少しだけ思ったの。リリーねーさんと話しててね、あたしと違って冷静で、でもちゃんと見てる。あなたのことも、クロ様のことも」
鈴音の言葉が、屋敷の静けさに優しく染み込んでいく。麟はその横顔をそっと見つめながら、少しだけ微笑んだ。
「うん。鈴音がここにいてくれて、嬉しいよ」
「あたしも、そう思えるようになれたらいいわね」
「……また来るわね」
そう言って立ち上がった鈴音の足取りは、少しだけ軽くなっていた。麟は彼女の背を見送りながら、小さく息を吐いた。
屋敷は今日も、静かに、だが確かに誰かを受け入れながら、時を刻んでいる。




