白い影
「クロ様っ……どこの誰と浮気なさっていたのですの!?言いなさいっ!!」
屋敷の門前には、鈴音の怒声が響き渡っていた。
クロはというと、壁伝いに屋敷へ入り庭の隅へじりじりと後退りしながら、必死に両前足を振って弁解している。
「い、いや本当に違うんです!何もやましいことはしてませんからっ!!」
「ふふん、言い訳は後でゆっくり伺いますわ。お覚悟なさい、クロ様!」
鈴音の目は完全に戦闘態勢。まさに怒れる雌猫である。
その圧に、麟と星夜は顔を引きつらせながらも、なぜか興味津々。
「やっぱクロおにーちゃんって、モテるんだね……」
星夜がぽつりと呟いた。
「ちょっとしたモテどころじゃないでしょ、あれ……」
麟も苦笑を浮かべる。
――その時だった。
「鈴音、貴方こんな所で何しているのかしら?」
ふわりと吹いた風のように、どこからともなく現れた白い影。
その姿に、場の空気が一瞬で変わった。
「リ、リリーねーさん……?」
鈴音の怒りに染まった顔が、瞬時に凍りつく。
「この町に来たばかりで勝手に騒ぎ立てるなんて、どういうつもりかしら?」
その声は穏やかだが、背筋がすっと伸びるような冷たさを帯びていた。
鈴音はビクッと体を震わせて、ぺたりと座り込む。
「そ、そんなつもりは……ただ、その……あまりに会いたくて……」
「それは分かるけれど、他人の庭で騒ぎを起こすのは感心しないわね。ね、クロ?」
「は、はいっ!おっしゃる通りで……!」
なぜかクロまで正座しそうな勢いで返事をする。
星夜はリリーの姿を見つけると、ぱぁっと表情を明るくさせ、尻尾をブンブンと振りながら駆け寄った。
「わーい!リリーおねーちゃんだ!」
その声にリリーは優しく目を細め、しゃがみこむようにして両前足を広げた。
「あら、オチビちゃん。すっかり元気になったわね」
「うんっ!みんなやさしくて、ぼく、元気いっぱいだよ!星夜って名前もつけてもらったんだ」
「ふふ、いい名前ね。とっても似合ってるわ」
リリーのやさしい笑みに、星夜はますます目を輝かせた。
「ねぇ、リリーおねーちゃん今日はここにいるの?」
星夜が少し遠慮がちに、それでも目を輝かせて尋ねる。
続いて麟もにっこりと笑って声を添えた。
「そうだね、せっかくだから泊まって行けば? 色々話したいし」
リリーは一瞬、視線をクロへと向ける。クロはその視線に気づき、思わずピシッと背筋を伸ばしてしまう。
「そうね、先生にも”星夜の様子を見てきてくれ”って頼まれてるし……お世話になろうかしら。積もる話もあるしね」
「ヒッ……」
クロの額には、うっすらと冷や汗が浮かんでいた。
「やったー!」
リリーがそう言った瞬間、鈴音がぱっと顔を上げる。
「そ、それでしたら私も……ご迷惑でなければご一緒させていただければと……!」
「えっ」
一瞬にしてクロの顔が蒼白になる。
「あら、貴方はお帰りなさい。」
リリーの視線が鋭くなる。
「皆様にご迷惑をおかけしたのですもの、少しは反省なさいな」
「そ、そんなぁ〜〜」
鈴音はしゅんとして、耳を伏せ涙目になってしまった。
「…………少しは反省しているのかしら?」
リリーの言葉に、鈴音はぺこりと頭を下げる。
「はいっ!もう二度とあのようなことは致しませんわ!お世話になりますっ」
「まぁ、麟さんが許してくださるなら、私は構わないけれど」
リリーがクロの方に視線を向けると、クロは全力で「どうかご慈悲を……」といった目をしていた。
「じゃあ、私からも言わせてもらうね」
麟が鈴音のほうを向き、にこっと微笑む。
「鈴音さん、こちらはぜんぜん気にしてないから。うちでゆっくりしていってくださいね」
「麟さん……!なんてお優しいお方……」
鈴音は感激して涙をこぼしそうになる。
クロは絶望して涙をこぼしそうになる。
「クロ様!あんなに優しい方のそばで案内役してるなんて、やっぱりあなたって……素敵すぎますわっ!」
「はぁ……また誤解されそうなことを……」
クロはがっくりと首を垂れた。
こうして、突然の騒動はリリーの登場で静かに幕を下ろし――
この出来事がきっかけで、リリーと鈴音が屋敷に泊まることとなり、
ささやかな歓迎会が始まろうとしていた。




