第2話 ビーエルってなんだろう?
「わぁ、キレイなお姉さん⋯」
進藤百合恵がその女性に見惚れる。
ピシッとしたネクタイにスーツ。
高身長にスタイルの良い体付き。
中性的で端正な顔にショートカットが良く似合う。
正に働くカッコいいお姉さんだ。
百合恵以外にも老若男女問わず、通行人が何人もチラチラと振り返っている。
「アレが今回の悪魔憑きニャ」
「ほんとにあんなキレイな人が?」
クロに話しかけられて百合恵が訝しむ。
下校中に突然現れたクロに連れてこられた先に居た鷹羽雛と云う女生。
アレが今回のターゲットだと云う。
「鷹羽雛。会社員。上京してマンションで一人暮らし。恋人は居ないニャ」
(どこでしらべてきてるんだろ?)
この黒い仔猫も謎だ。
本人の話だと改心した悪魔だか堕天使らしいが。
(だ天使ってなにかな?)
厨二知識の乏しい百合恵は、天使は良い者で悪魔は悪者⋯ぐらいの知識しかない。
「ねぇ、すごくふつうの人っぽいけど⋯」
改めて雛を見つめて溜め息を吐き出す。
(ええ〜?まさかアタシが話しかけるの?悪魔にとりつかれてますか?⋯て)
綺麗な人だとは思うし、悪魔憑きにはとても見えない。
前回の様な嫌な気配を感じない。
先日遭遇したミーコさんは突然高校生カップルを襲って男の方を誘拐。
裸みたいな格好でエッチな事をしようとしていた。
邪魔をした百合恵を空から落としたり鎌で攻撃したりと苛烈な印象しかない。
(そういえばあの人どうなったのかな?クロちゃんがつれてっちゃったけど⋯)
個人的な知り合いでもないので連絡の取りようも無い。
それにこの真っ黒い仔猫の話だと、悪魔の能力を失えばその間の記憶も失うとかなんとか。
なので次に会ってももう百合恵の事は解らないかも知れない。
「あれ?」
見失った。
考え事をしつつもちゃんと後をつけていたはずなのに。
思わず駆け足になる百合恵。
「何処に行くニャ?こっちニャ」
「あ、うん⋯」
しかしクロに呼び掛けられ急制動。
身体の向きを変え、仔猫の後を追いかける。
「あれ?こんなところに道なんてあったっけ?」
この辺りは一応生活圏内だ。
偶に寄るコンビニとその隣の薬局。
そんなコンビニと薬局の隙間に、人一人が通れそうな小道が有る。
百合恵の記憶では、こんな道等無かったはずだ。
それこそクロの様な猫が通れるぐらいの隙間しかなかったのに。
「あっ!ま、まってよぉ!」
その小道をテトテトと進むクロの後を追う。
そしてすぐにその場所に辿り着いた。
行き止まりの袋小路。
目の前にはコンクリート壁。
そのコンクリート壁に扉が有る。
何の変哲も無い只の扉。
「な、なにここっ!?」
しかしその扉からはとても嫌な気配を感じる。
百合恵の肌が泡立ち、毛が逆立つ。
ミーコの時よりも酷い。
(な、なにこれ?)
ミーコからは激情熱情と云った炎の様な感情の爆発を受けた。
しかしこれはどうだろう。
ヘドロの様な、泥沼に沈み込んで行く様な、そんな嫌な気配だ。
(まるで毒みたい⋯嫌だ、これ⋯)
ミーコの気持ちはなんとなくだが解る。
好きな男の子に恋人が出来た苦しみ。
それ故の暴走。
しかし直感で解る。
この先に居るのは、そんな単純な願望で動いてる存在ではない。
得体の知れない悪意がこの先で蛇の様に蜷局を巻いている。
足が竦む。
後一歩が踏み出せない。
「ほら、さっさと行くニャー」
そんな百合恵の背中を、いつの間にか背後に回り込んでいたクロが体当たりして押し出してしまう。
「こっ!?心のじゅんびくらいさせてよぉ〜〜〜っ!?」
堪らず悲鳴を上げる百合恵。
(ぶっ!?ぶつかるっ!)
目の前に迫る扉。
ドアノブを捻ってる訳でもなく閉まってる状態だ。
このままでは鼻先をぶつけて怪我をしてしまうだろう。
しかし―――
「!?―――⋯⋯⋯あ、あれ?」
衝撃は無く、体を固くして構えていた分タタラを踏む百合恵。
「―――あら?どちら様?」
「あ⋯⋯⋯」
声をかけられビクンと顔を上げる。
目の前には鷹羽雛。
そこは不可思議な空間だった。
「が、学校?」
夕焼け差し込む校舎内。
そんな雰囲気だ。
しかし今日は曇りであり、こんなに色鮮やかな夕暮れではなかった。
そもそもまだ日が落ちるには今少し時間がかかる。
第一窓から見える風景には高さが有り、先程まで居た住宅街とは標高が違う。
此処は高羽雛が己の欲望を叶える為に創り上げた異空間。
高羽雛の結界、陣地、領域である。
「私のプライベートに踏み込むなんて、悪い子ね」
「ひっ!ご、ごめんなさぃっ!」
小首を傾げて百合恵を品定めしてくる雛に怖気を感じ、思わず謝ってしまう百合恵。
雛の姿は別段変わっていない。
だがその雰囲気は先程のクールなお姉さんから一変している。
正に悪女、魔女、毒婦と云った悍ましさが醸し出されている。
(プリティアの悪者みたい―――)
プリティアとは、女児からおっきなおともだちまで大人気の魔法少女系御長寿アニメシリーズである。
百合恵もこの間まで大好きで視聴していたが、現在自分が本当に魔法少女となり、あまり楽しめなくなってしまっていた。
理由も解らず戦闘を強制される立場になってしまうと、正義感や使命感よりも戸惑いや恐怖の方が強い。
例え親や友達や警察に言っても信じて貰えないだろう絶望感。
(ア、アタシ、なんでこんなことしてるんだろ?)
訳の解らない空間で怖いお姉さんと対峙し、身が竦んでしまう百合恵。
そんな時に―――
「たっ!たすけてぇっ!」
「ふぇっ!?」
突然呼び掛けられ百合恵が吃驚する。
「ああっ!だめだっ!子供だっ!助けをっ!大人を呼んで来てくれっ!」
「え?ええ?え?」
その夕暮れの教室内には良く見ると、百合恵や雛の他に二人の人物が居た。
(お、男の、子⋯?)
百合恵よりは年上だが雛よりは年下。
そのぐらいの年齢の男性が二人。
(高校⋯いや、ちゅ、中学生?かな?て―――)
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
百合恵が思わず悲鳴を上げて顔を両手で覆う。
夕陽の強い赤い光で最初は良く解らなかったが、その二人は裸だった。
裸の二人の男の子が、片方が片方を床に押し倒す形で覆い被さっている。
顔も凄く近く、今にもキスをしそうである。
「ふええええええええええええええっ!?」
理解不能な展開に百合恵が素っ頓狂な声を上げる。
顔を両手で覆っているが、指の隙間からしっかり網膜に焼き付けてしまう女の業。
(なにこれなにこれなにこれなにこれぇぇぇっ!?)
百合恵の心臓が早鐘の様に鳴る。
顔が熱を持ってくらくらする。
「うふふ」
突然の闖入者に警戒していた雛であったが、百合恵の反応に満足そうに笑う。
「ホモが嫌いな女の子は居ないわ」
彼等二人は雛の好みに合致した為拐われてきていた。
誘拐時には特殊な能力は余り使っていない。
雛は自分の容姿が優れている事も自覚していた。
思春期の中学生が美人でグラマーな大人のお姉さんに声を掛けられれば、無抵抗でついてきてしまうと云うもの。
「貴女も女の子なら解るでしょう?」
その先に待っていたのは、同じ様に拐われて来た男の子との強制性行為だ。
「なななななにがっ!?」
ただ幸運なのは雛に拘りがあった事。
昨日誘拐し、丸一日放置して関係性の発展を望んでみた。
見た目が良いだけの女に騙された結果陥る女性不信、頼れるのは同じ境遇の男の子だけ。
二人きりの空間で何も起こるはずは無く⋯は無かった。
結局二人共、雛の作った異空間から脱出しようと無駄な行為に時間を費やしていただけの様だった。
(二人きりにして閉じ込めたからってそうそう恋に発展しないものね)
しかし折角拐って来たのだ。
後程記憶を消して解放するにしても、生のBLを一発は観戦したい。
本人達に委ねたかったが、仕方無く受け攻めを雛自身がどちらにするか吟味していた所に⋯百合恵が乱入してきた次第。
「ホモが嫌いな女の子は居ないわ」
曇り無き眼で断言する雛。
「二回言ったニャ」
冷静なコメントをするクロ。
「ホっ!ホモじゃねぇっ!その女に裸にされたんだっ!」
裸の男子中学生二人が抗議する。
「それに知らない相手なのに⋯男同士ってっ!」
彼等はノーマルだった。
雛が合格点を出したぐらいなのでそれなりにイケメンであり、彼女持ちでもある。
彼女が居るのに雛に声を掛けられホイホイついて行ってしまったのは男の悲しき性である。
「此処はセックスしないと出れない部屋なの。早くセックスして」
雛は百合恵を一旦放置して、ウキウキしながら三脚を用意しスマホをセット。
ハメ撮りするつもりの様だ。
「うーん、余り不自然なのは好きじゃないんだけどね」
雛は溜め息を吐き出し指をパチンと鳴らす。
すると―――
「うわわわわわっ!なに大きくしてんだ馬鹿ぁっ!?」
上に覆い被さってる方の男子中学生の股間がどんどん元気になっていく。
「お前の方こそっ!何尻上げてんだよっ!?汚ぇ尻見せんなぁっ!」
組み敷かれてる方の男子中学生が猫の伸びの様なポーズになり、まるで誘っている様に尻を左右にフリフリしている。
二人共余り体格差は無いが、強いて云えば下に居る男の子の方がガタイが良い。
雛の趣味はどうやら、華奢な美少年が筋肉質な男の子を手籠めにする系らしい。
「うひゃぁっ!うわああああっ!」
悲鳴を上げつつも視線を外せない百合恵。
そんな百合恵にクロが突っ込む。
「早く変身して戦わないニャ?魔法天使ユリエル?」
「ハッ!?」
百合恵がハッと気付く。
「へっ!へんしぃ〜んっ!」
百合恵が何の捻りも無い掛け声を上げるとその姿が一瞬で変わる。
アニメ等の隙丸出しの変身バンク等無い。
感動や実感や余韻も何も無いが。
(⋯おうちで練習してみたけど、まだなれないよぉ⋯)
百合恵の顔が羞恥心で赤く染まる。
魔法天使となる以前はアニメの真似っ子をしてオリジナル変身ポーズ等をキメたりしていたが、本物の魔法少女となってからは特にそう云う遊びをしていない。
憧れと現実は違うと云う事だ。
そして実際に気合を入れようが入れまいが変身は可能だ。
魔法天使の変身は一瞬である。
厳密には変身と云うより換装に近い。
本来の肉体は魂の中に収納され、魔法力により魔法天使としての肉体を構築する。
(クロちゃんはこの魔法天使の体がこわれても魂は平気っていうけど⋯)
細かいイメージを具現化させれば、全くの別人の姿に変わる事も出来る。
そして例えば四肢欠損をしても魂が無事なら現実の肉体に影響は無い。
しかし欠損レベルのダメージを受けた魔法天使の肉体は解除され、すぐに元の肉体に戻される。
もしも悪魔憑きとの戦闘中に変身が解除されてしまえば、待っている末路は悲惨なものとなるだろう。
(ま、負けたら⋯どうなっちゃうんだろう?)
百合恵は得物である魔法のメイスを両手で構える。
怖い。
痛いのは怖い。
百合恵は緊張を孕んだ視線を雛へと⋯新たなる悪魔憑きへと向ける。
(でも、悪い人は、やっつけなきゃっ!)
魔法天使として覚醒した百合恵は、持ち前の正義感から勇気を振り絞る。
「あら可愛い。正に魔法少女じゃない」
雛は変身した百合恵を⋯魔法天使ユリエルを見てにニコリと微笑む。
貴腐人ルートに進む前は女児アニメも嗜んでいた鷹羽雛。
(BL沼に堕ちる前は百合畑を経由したっけ)
現実でも二次元でもノーマルカップルの恋愛にピンと来なかった雛。
可愛い女子同士が恋に堕ちる物語に惹かれるもそこまではいかず、最終的に辿り着いたのが男色である。
「ああ、貴女が男の子なら良かったのに⋯」
白銀の髪に金色の瞳。
光沢を放つ白い手袋とブーツ。
ヒラヒラしたスカート。
背中が大きく開いたドレス。
そしてその背中から生える光る羽。
「ふふっ?貴女、魔法天使?だったのね」
魔王の欠片が教えてくれる悪魔憑きの天敵。
それがこんなに可愛らしい女の子とは。
(魔法天使の少年⋯いいわね)
胸も尻も小さく髪も短めの百合恵、少年の様に見えなくもない。
「捗るわね⋯―――っ!?」
緊張でガチガチの百合恵に対して余裕満々だった雛だが、彼女の手に在る魔法のステッキを見て表情を改める。
「⋯怖い物を持ってるわね⋯」
百合恵が持っていたのは魔法のステッキ⋯ではなく、メイスだ。
魔法のメイス。
黒翼の悪魔憑きミコトを一撃で粉砕した、魔法天使ユリエルの主力兵装。
「⋯可愛らしいコスに騙される所だったわ」
雛がジリジリと距離を取る。
「あ、あれ?か、体が―――」
「た、助かったぁ⋯」
今にも合体寸前だった中学生男子二人の体の動きが止まる。
まだ体の自由は戻らないが、雛によって無理矢理行為をさせられそうになっていたのは中断される。
(生BLを堪能しながらは戦えないわね)
雛の固有魔法は結界魔法。
任意の異空間を創り出し、そこを支配する。
まだ魔法天使を喰い殺したり、悪魔憑きと共喰いしてない雛にはそれ程のリソースは無い。
激しく抵抗する人間二人を操りながら魔法天使と戦う余裕は無いし、しっかり楽しめない。
生BLは勝った後に観賞すれば良い。
(簡単に私のプライベートスペースに入り込めたのは偶然じゃないのね)
雛に適合した魔王の欠片が教えてくれる。
目の前に居るのは同質にして正反対の存在。
不倶戴天の天敵同士。
魔法天使。
(見た目で油断しては駄目ね⋯)
魔法は万能、イメージ次第で何でも叶えられる。
素の身体能力ならば百合恵が雛に勝てる訳が無いが、魔法の戦いなら体格差や運動神経は関係無い。
あのメイスから感じる圧倒的暴力と破滅の気配。
異空間創造に全振りしている雛ではまともな勝負になるまい。
だが此処は彼女の領域だ。
直接魔法天使の意識を奪って体をコントロールしたりは出来ないが、やりようは有る。
「ふふふ。貴女の妄想、叶えてあげるわ」
雛の両目が妖しく光る。
夕焼けに染まる教室の扉がガラリと開く。
「ふぇ?」
突然の闖入者に百合恵がビクリと反応する。
「だ、誰?」
敵だろうか味方だろうか?
「やぁ、百合恵ちゃん」
其処にはジュニアアイドルにでも所属してそうな美少年が居た。
年齢は小学生くらい。
「ふーん?貴女、百合恵ちゃんて云うのね」
その美少年は雛が能力で生み出した虚像だ。
プロセスやメカニズムは良く解らないが、魔法天使に対抗すべく結界を操作したらなんか出た。
(結界内に取り込んだ対象の願望やイメージを吸い上げて流用するのね)
雛は戦いながら学んでいた。
(成る程。外敵を阻めば外側から破壊される。誘き寄せ取り込み精神的に敗北させるのが私の能力)
「うわわわわっ!?」
「ユリエル。そいつは悪魔憑きが創り出した虚像だニャ。サクッと殴り殺すニャ」
「そそそっ!そんなこと言われてもっ!?」
百合恵がアワアワする。
こないだは無我夢中で振り回したらミーコを殴り飛ばしていただけだ。
改めて人型のナニカに対して鈍器をフルスイングするのは、一般的小学生女児である百合恵には難易度が高過ぎる。
「可愛い僕の百合恵ちゃん。大好きだよ」
「わーっ!」
その美少年はシャツを開けさせながら百合恵に迫り、壁ドンを行う。
(このまま無力化するわ)
「うぅぅ〜っ!目をつむってればぁ〜っ!」
百合恵が目を瞑りながらメイスを振り上げる。
ただの虚像であるイケメン小学生では、魔法天使ユリエルの一撃には耐えられまい。
「ふふふ、ダメ押しよ」
雛がパチンッ!と指を鳴らすと、教室の扉を開けて追加の美少年が現れる。
「よぉ百合恵。いい加減俺の物になれよ」
そして百合恵の背後から抱き着いた。
「わきゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
百合恵がメイスを取り落として悲鳴を上げる。
「しっかりするんニャっ!魔法天使ユリエルっ!」
クロが足元でニャーニャー吠えるが百合恵には聴こえていない。
「うわあああああっ!?」
一人でも骨抜きにされてしまったのに、イケメン小学生二人に挟まれ、百合恵が腰砕けになる。
(こっ!このままじゃ―――)
百合恵がピンチを悟り⋯
(勝てるっ)
雛が勝利を確信する。
しかし⋯
「⋯百合恵は俺の物だぜ」
「百合恵は僕の彼女だ」
百合恵を挟み、百合恵の妄想を具現化した二人が睨み合う。
最初に出てきたのは大人っぽい眼鏡をかけた優等生タイプ。
次に出て来たのは健康的に日焼けした半袖半ズボンのヤンチャな感じ。
「タイプの違うイケメン二人に取り合いをされる自分⋯それが百合恵の隠された願望ニャ?」
クロの冷静な分析に突っ込む百合恵。
「ちちちちちがうもんっ!」
このままでは本来のスペックを発揮する前に魔法天使ユリエルは敗けてしまっていただろう。
だが、そこからさらに状況がおかしくなる。
「百合恵をかけて、勝負だ」
「いいぜっ!やろうっ!」
妄想男子二人は上着を脱ぐと裸で組み合う。
「くっ!」
「やるなっ!」
突然始まる男二人の組んず解れつの乱取り勝負。
レスリング、相撲、総合格闘技なのだろうか。
汗を光らせ肌と肌を合わせる美少年二人。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
激しい動きにも関わらず外れない優等生君の眼鏡。
「はぁっ!はぁっ!」
梃子摺る相手に笑みを浮かべる日焼け少年。
「⋯⋯⋯⋯え?⋯」
「⋯⋯なん⋯⋯⋯」
「⋯⋯これ⋯?⋯」
「⋯⋯ニャー?⋯⋯⋯」
拐われていた二人の男子中学生、百合恵、クロの四人が戸惑いの声を上げる。
だが一人、この空間の支配者である雛だけが息を荒げていた。
「はぁっ!はぁっ!ああっ!イケメンショタ二人のキャットファイト最高っ!」
百合恵の妄想を具現化させた二人のイケメン小学生であるが、主の欲望を叶えるべく裸で抱き合っている。
魔王の欠片や悪魔憑き、魔法天使の能力は願望やイメージでしか動かない。
用途として百合恵を追い詰める為に具現化したイケメン二人なのだが、命令の優先度が上書きされ主人である雛の欲求を叶える為に自動で絡み始めた訳である。
「あっ!くそっ!そんな所触るなっ!」
「ふふっ、ここが弱いんだな」
硬直したままの百合恵達を置いてけぼりにして、二人は下半身を丸出しにする。
「ああっ!いいわぁっ!意中の女の子を巡って争ってるうちにっ!実はお互い惹かれ始めていた二人っ!いいわよぉっ!」
普段のクールな仮面をかなぐり捨て、大興奮しながら太腿をモジモジさせる二十六歳社会人女生。
正に変態である。
「⋯え〜〜〜⋯とぉ⋯」
そんな雛にとことこと近寄る魔法天使ユリエル。
ユリエルは床に落ちたメイスを拾い上げると、思い切り頭上に振り上げる。
「えい」
「ふぎゃっ」
殴打に特化した鈍器。
メイス型魔法のステッキを雛の頭に振り下ろした百合恵。
「きゅぅ」
昏倒する雛。
途端に解除される異空間。
「⋯あ、もどってきた」
元のコンビニと薬局の前に戻って来ていた。
小道は消えており、猫一匹が通れるかどうかの隙間しかない。
「こないだよりつかれたよぉ⋯」
思い切り脱力する百合恵。
「そうニャ?」
首を傾げるクロ。
百合恵は元のランドセル姿に戻っており、隣にはぐったりとへたり込む雛が居る。
裸だった中学生男子は二人共服を着ており、ぼんやりと焦点の定まらない目と半開きの口のままふらふらと歩いて行く。
「クロちゃん、何かした?」
「家に帰れって命じたニャ」
丸一日失踪していた彼等の記憶は消してある。
帰宅後は家族や教師に詰められ、混乱したまま怒られてしまうだろう。
まぁ、無理矢理男同士で性行為をさせられるよりかはマシな結末であろう。
「うっ⋯私が、間違っていたわ」
雛がポツリと零す。
「あ、起きた」
百合恵が心配そうに覗き込むが、特に怪我は無い様で安心する。
「好みの男の子を攫って無理矢理くっつけようだなんて⋯正に養殖。私はこの力を使って天然のBLカップルを探し出すべきだったのよ」
悪い事をした自覚を持ち反省している⋯様に見えなくも無い。
「え、ええっとぉ⋯」
(ビーエルってなんだろう?)
百合恵にその概念はまだ早く、上手く理解出来ない。
だが雛が完全に戦意喪失してるのだけは解る。
「ニャんか違うけど、めでたしめでたしニャ」
「ほ、本当かなぁ?」
首を傾げる百合恵。
「大丈夫ニャ。魔王の欠片はすぐに抜き取るニャ」
「ええ、負けた以上、貴女達に従うわ」
そう言って大人しくクロに連れられて行く雛。
そんな雛を見ながら百合恵が独りごちる。
「はぁ⋯。なんかよくわかんないうちに勝てたけど⋯おそろしい敵だったわ」
空から落とされたり、鎌で襲われるよりも今回の方が危なかった。
「ところで百合恵」
「え、何?」
テレパシーなのか魔法なのか、ある程度距離の離れたクロの声が耳に届く。
「あの二人が百合恵の趣味なのかニャ?」
そう言われた瞬間、眼鏡イケメンと日焼けイケメンが脳裏に浮かぶ。
アレは雛の能力により、百合恵の好みを具現化させた存在である。
存在自体が虚像であっても、アレが百合恵の好みなのは疑い様が無い。
「ちがっ!ちがうもんっ!」
慌てて否定する百合恵には応えず、雛を先導してクロは夜の闇へと消えて行く。
「ちがうったらっ!ちがうもぉぉぉぉんっ!」
コンビニ前で叫んでる小学生女児の脇を、首を傾げながら犬の散歩をさせているオジサンが通り過ぎた。
お読み頂き有り難う御座います。
大分時間かかりましたが2話目です。