5 厄介事がやってきた 1
俺はアニーに店番を任せて裏に行こうとした。
「すいませ~ん。ちょっと、店主さんにお話しがあるのだけど~」
「えっと、はい。何でしょうか」
俺を引き止める美女に虚を突かれ変な体勢で固まった。アニーに小突かれ姿勢を正す。美女はちらっとアニーを見た。
「一つ商談をお願いしたいわ~」
「しょう、だん?」
「そうですか! ほら店主、早く奥に案内しな!」
「あ、こちらへどうぞ」
思いもよらぬ言葉を言われた俺はアニーに背を押され、美女を伴って奥にある個室に入った。
部屋に常備されている給水の魔道具から茶葉の入ったポットへ湯を入れ、茶葉を蒸らして、保温の魔道具から出したティーカップへと丁寧に注ぐ。その間にどうにか平常心を取り戻した。
お待たせしましたと彼女の前にカップを置き、向かいのソファに腰掛ける。カップを手に取りコクリと一口飲み、更に心を落ち着かせて彼女の言葉を待った。
「ふふふ~。まさか貴方が店主さんだったなんてね~。お若いから店員さんだと思っていたわ~」
「あ、この店の店主、ケント・ドルディと申します。名乗るのが遅くなって申し訳ありません」
なるほど。朝から店に居たのは店主を待っていたからか。確かに、二十の俺は一目で店主には見えないか。時間を浪費させてしまって申し訳無いな。
「突然だけれど~、店主さんは迷宮シュクロンを知っているかしら~」
「はい。この街にある迷宮の一つですね」
「そのシュクロンをどう思っているか聞いてもいいかしら~?」
商談と言いつつ、迷宮への意見?
頭上に疑問符を浮かべつつ、彼女の質問に答えるべく考えを巡らせた。
「そうですね。世間的には、駆け出し冒険者に易しい迷宮でしょうか。程よくモンスターも宝箱も出て薬草採集などそれなりの稼ぎもできますから。俺もこの街へ来た頃、経験値を積むため世話になりました。上級者用のラヴィーンと中級者向けのトラントと合わせてとてもバランスの良い関係は奇跡だと思います。
ただ、持ち帰るアイテムがいまいちパッとしないとも言われていて。確かに駆け出しには丁度良い品質かなとは思いますが、ある程度になると物足りない感は否めませんね。だから冒険者のほとんどが元手が貯まるとすぐにトラントへと移動してしまいます。しかしトラントに足る実力が伴わない者も多いので大怪我をして早々に引退する者も悲しいことに多いです。やはりシュクロンでの経験は多いに越したことはありませんね」
「なるほど~。そんな認識なのね~。う~ん、利用者確保の為にもやっぱりアイテムの質の向上は急務ね~。でもわたしたちには難しいのよね~」
彼女は一体何者なんだ? なんだか迷宮の経営者みたいなこと言ってるけど。
「すいません。シュクロンが今回の商談とどのように関係しているのでしょうか」
「あ~、わたしはシュクロンの迷宮精霊なの~。商談っていうのは~、貴方のお店からアイテムを仕入れられないかしら~ってことなの~」
「……へ?」
唐突に仕入れた情報に頭の処理が追い付かない。
俺は今、何を聞いた? 迷宮精霊って、なんだ?
「あの~、大丈夫~?」
目の前でひらひらと手を振る美女に、幾らか動揺が治まった。
「すいません。えっと、貴女は迷宮精霊で、ウチの商品を宝箱のアイテムとして仕入れたい。と言うことで合っていますでしょうか?」
「そうなの~。理解が早くて助かるわ~」
にこにこしてるけど、待ってくれ。
「すいません。言われたことを返しただけで全然理解ができてません」
「あら~」
「不勉強で申し訳ないのですが、迷宮精霊とはどのような存在なのでしょう。それと、宝箱のアイテムは貴女のような方が店で仕入れたものが出てくるんですか?」
「迷宮精霊はね~、そのまま迷宮に属している精霊のことよ~。あ~、もちろんモンスターとは違うからね~。
宝箱のアイテムは基本的に主がポイントと交換したりするのだけど~、シュクロンは利用者数が少なくてポイントの補充量が少ないの~。仕方がないからわたしたちが作るけれど~、あなたたちが言う通り性能がいまいちなのよね~。だから~、最近話題のドルディ商店に仕入れに来たの~!」
お金はちゃんと用意できると胸を張る美女。
いや、良いのかそれ。金を払えば同等のアイテムが手に入るってなったら、今以上に人が寄り付かなくならないか? やっぱり迷宮の特産品じゃないとわざわざ行く手間考えたらうま味が無い。いや、今までそれじゃ集客力が無かったのか。つーか主って何ぞ?? いやいや、これはいったん置いておこう。とにかく、人を集める何かだろ?
「話を聞く限り、うちの商品を仕入れても根本的な改善にはならないと思われます。アイテムに集客力を委ねるとして、もしそれを市井で購入可能なものにしてしまっては迷宮に入る必要が無くなってしまいます。そうなっては本末転倒でしょう」
「まぁ!言われてみれば確かにそうだわ~。どうしたらいいのかしら~」
「難しい課題ですね。そうだ、シュクロンの強みは何ですか? 我々はトラントはモンスター、ラヴィーンは無機物系の素材と考えていますが、シュクロンにも何かありませんか」
「強みね~。強いて言うなら植物かしら~」
「植物、ですか? てっきり薬草か魔石と言われるかと思いました」
「確かにそうね~。薬草はそのまま植物でしょ~、魔石は魔石花と言う植物から採れるの~。それを宝箱いっぱいに詰めているのよ~。でも花からできる魔石だから~、モンスターからのよりもやっぱり劣るみたいなの~」
魔石花って何それすごっ! 見てみたい!
って今はそうじゃない。植物で冒険者を釣れないかって話だ。
「植物ですか──例えば、炎燕草を迷宮に生やすことは可能ですか?」
「環境を整えればできると思うわ~。でも~、それだけのポイントがあるかしら~」
なるほど。ここでポイントが出てくるのか。迷宮の環境を変えたりアイテムを買うのにポイントが必要なんだな。
だったら、環境を大きく変えなければいけるのか?
でも、その辺の森で採れる薬草なんかじゃ誰も危険を侵してまで迷宮に入らないよな。たぶんそれも含めて足が遠退いてるんだろうし。あ、そうか。
「例えば、今生えている薬草と同じ環境で育つ珍しい植物を生やすことは可能ですか?」
「そうね~、たぶん出来ると思うわ~」
「では、主と言う方に会うことは可能ですか?」
「大丈夫よ~」
「え? いいんですか?」
「何かあれば呼べと言われているもの~。今呼ぶわ~」
「え? 今?」
俺の動揺を余所に、彼女は立ち上がると両手を広げた。