4 片割れがやってきた
ほんと今日は暇だなぁ。開店して二時間以上経つのに美女とペインさんたちだけじゃん。この前の大討伐でみんな余裕が出るほど懐潤ったのか?
そういや、ギルドのミ・レ・イ・アの乱ってどうなったんだろ。ミラン、レファ、イアン、アメリの美男美女四人衆が結託して“安息日の冒険者ギルドの完全休業”を求めたって話。他のギルド職員も追従してかなり荒れたらしいけど結局認められなかったんだと。
最近冒険者としてギルド行ってないからなぁ。結局どんな形態になったんかなぁ。冒険者の奴らはとりあえず安息日のギルドにはできるだけ近寄らないみたいな事言ってたっけ。わざと安息日をまたぐ日程を入れたりして。ギルドは休みじゃないけど、暗黙のルール的な。
はぁー。あの美女はずっとここで何してるんだろ。彼女がいなけりゃ帳簿付けとかやるんだけどなー。さすがにお客さんの前じゃできないからなー。
「ふわぁっっ」
やべっ眠くなってきた。欠伸バレてないよな。
美女の様子を見つつぼんやりしていたらカランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませーって、なんだレイトか」
「麗しのお兄様に向かってなんだとはなんだ」
「けっ、俺と同じ顔引っ提げてなーにが麗しのお兄様だ。お前なんかアホ兄貴でじゅうぶんだ」
「美しい僕と同じ顔だと光栄に思え我が弟よ」
「俺らの顔はふつーだバカレイト」
あー、相変わらずイラつくな。たったの十数分早く生まれただけで兄貴面すんな。
「そんなことより、ボナさんとこの修理はどうだったんだよ」
「そんなこと!? はぁー。まあ僕の片割れたるケントだから許してやろうじゃないか」
「で?」
「こらこら急かすな。ボナさんの美味しい食堂は神が丹精込めて造りたもうた美しい僕の手により守られたとだけ言っておこう」
「……で?」
「まったく、堪え性がないなぁ。みんなの僕は優雅に構えていないと美しくないじゃないか」
「誰もお前に美を求めてない。で、ボナさんのとこの魔道具の故障原因はわかったのかよナルシスト。まさか、わからなくて直せなかったなんて言わないよなロリコン」
「ふははは。僕にわからないわけが無かろう! この、美しい僕に!!」
「いいからさっさと報告書出せやこの変態野郎!」
「とうとうルビを振らなくなったね!?」
「あ゛ん!?」
「わかったわかった。ほら、これが僕の書いた美しいレポートだ。神からこの美貌だけでなく優秀な頭脳までをも与えられたお兄様を尊敬したまえ」
レイトから報告書を引ったくって中を見る。相変わらず無駄な装飾詞だらけだな。
なるほど。これならここをこうして、だからこうしたのか。修繕手順も内容も問題は無さそうだな。
何かを待ってそわそわしているレイトを見た。
「まぁ、及第点なんじゃないの?」
「ほんとうかい! 次は「もう王都の本店に戻っていいぞ」なんで!?」
「なんでって、ウチで一通り修行が終わったから。最初からそういう話だったろ。ほら、父さんからの手紙だ。さっさと終わらせて戻ってこいって」
「嫌だっ! 本店に戻ったらエミたんと簡単には会えなくなってしまうじゃないかっ!」
「そりゃまだ十二の子供だから親のいるここを離れないだろうな。あ、間違っても連れて帰るなよ? 未成年者略取でしょっぴかれるからな」
「なんで、なんでケントばっかり。そうだ、僕がここのオーナーになればいいんだよ!」
「はぁあ!? 誰が自分の城を自ら手放すかよ!! 本店の跡継ぎのお前と違って、俺はみんなに頼み込んでここを一から立ち上げたの! この苦労知らずのボンボンがっ!!」
「お爺様に引けをとらない魔道具師の腕があるんだから、ケントは本店でもやっていけるだろう!? だから僕がここを引き受けるよ! 本店のみんなだってケントが戻るのを期待しているんだからっ!」
「マジでお前何なんだよ! 全部持ってるくせにっ!! さっさと帰れよ!!」
「──なぁお前ら、お客さんの居る前で何やってんの? 兄弟喧嘩なら裏でやったら?」
いつの間にか来ていたアニーに声を掛けられて俺とレイトは固まった。ヒートアップして完全に忘れてた美女に向かってすいませんと謝る。
「アニーも、ごめん。止めてくれてありがとう」
「あたしはいんだけどさ。レイトはとりあえず工房行っときな」
「そうだね。お客様、この度は誠に申し訳ございませんでした。ごゆっくりとお買い物をお楽しみください」
綺麗な所作で謝罪をし、颯爽と去っていくレイト。やっぱりお前は俺に無いものを持ってるよ。
美女は気にしていないのかにっこり笑うとまた棚へ目を向けていた。そんなに熱心に何を見ているのだろうか。
「ケント。レイトに対して蟠りがあるのは知ってるけどさ。唯一の兄弟なんだからもっと仲良くしなよ」
アニーが美女を横目で見ながら話し掛けてきた。俺も少し声を潜めて返す。
「俺だってわかってる。でも、面と向かうとイライラするんだよ。だって、あいつは全て持ってるくせに俺のことを自由で羨ましいって言うから」
「うちのお父さんとおんなじこと言うんだね。やっぱ本家の歴代の男兄弟って確執があるわけ?」
「爺ちゃんは持ってる側なのにレイトと同じようなこと言ってたからそうかもな」
「結局互いに無い物ねだりなんだろうね。しかもケントたちは双子だから余計にさ」
核心を突かれ、押し黙る。
「あとさ、レイトは寂しかったんだよ。あの家に一人で置いていかれて。あのナルシストだって、最初は鏡に写る自分の顔をケントだと思って話し掛けてたのが始まりらしいし。薄情なケントは忙しさにかまけてレイトの存在なんか記憶の彼方に置いてただろうけどね」
反論しようのない事実を突き付けられ、ぐっと詰まる。
「とりあえず一回、腹割って話しなよ」
「ああ。あいつが本店に戻る前に話す」
「うん。それが良い」
ニカッとアニーが笑った。たぶんレイトがここに来てからずっと心配掛けてたんだろうな。
「あとこれだけは言わせて」
「何?」
「あんたらの顔、そこそこどころかかなりイケてるから。そのせいであたしがどれだけ、どれだけ被害を被ってきたかっ!!」
あー、なんかあんたじゃ釣り合わないとか結構言われてたらしいな。アニーの旦那(当時は彼氏)はミカルで俺らはただの従姉弟だってのに、なぜミカルと似てもいない俺らがって一時期親族内の笑い話になってたっけ。ほんとに不思議なこともあったもんだ。
「あーっと、そういやナンシーは?」
「はぁー。今日はダメ」
「また明け方まで起きてたのか?」
「たぶん。またアイディアがこんこんと湧いてたんじゃないかな。ダンテが夜作業部屋を覗いたら狂喜乱舞してたって言ってたから」
「うわぁ。あの癖、いい加減治さないとダンテさんの愛想も尽きるんじゃないか?」
「それも込みで愛されてるから大丈夫だろうけどね。さっきだって甲斐甲斐しく世話してたし」
「ふーん、ダンテさん今日居るってことは明日当直なんだ。って、寝てる相手に世話?」
「そ。寝てる相手にね」
「いや、意味わからん」
「坊やも好きな子ができたり結婚したりすればわかるさ。さ、仕事仕事。接客はやっとくから事務でもやっときなよ」
「助かる。昼にはジョニーが来るから交代して」
俺はアニーに店番を任せて裏に行こうとした。