3 冒険者がやってきた 2
魔力補充の待ち時間にしゃべっていたら、美女がペインさんに話し掛けてきた。
ペインさん、タジッとしてる。話し掛けられると思って無かったんだろうな。
「な、なんだ?」
「さっき支払いは口座から引き落とすと聞こえたのだけれど~。冒険者の方って確実に払える程の金額を貯めているものなのかしら~? その~、偏見でごめんなさ~い」
「ああ、そう言うことか。俺たちくらいな高ランクになると、使う以上に報酬を貰えたりする。その余剰分をパーティーの口座に貯金してるんだ。まぁあれだ。パーティーの口座を持ってることが一流の証って、一種のステータスみたいなもんだな。
万が一支払いが滞ると一時的にランクが下がったり、信用が落ちて引き落としが使えなくなったりするからみんな維持するのに必死だ。お嬢さんの言うような報酬はその日の内に使いきるのが冒険者なんて常識はこの辺じゃ一昔前の話だな。今じゃ冒険者も立派な職業の一種だ。
ちなみに俺は個人口座も持ってるが、個人的な買い物はさすがに基本現金払いでやってる」
「へぇ~、賢いシステムね~。初めて聞いたわ~」
うん? 初めて?
「そうか。まぁ、この国以外じゃまだ使えんのが不便なんだがな」
「なるほど~、この国だけがすごく進んでいるのね~?」
「ドルディの先々代が国営銀行と連携して魔道具を開発したお陰だ。なんて言ったか、魔動なんとかってやつ」
「魔導預金機ですね。冒険者、商業の両ギルドカードや最近では住民カードとも連動しているので、口座引き落としや口座支払い、口座振込みが便利だと気軽に利用されていますよ。口座を利用した銀行手形も昔のものと違って確実ですし。それに、高額現金を持ち歩く必要が無いので犯罪が減ったと商人仲間から聞きました」
「まぁ~! あなたの家ってとっても凄いのね~」
「今じゃこの国には無くてはならない商家だもんな」
「ありがとうございます。けど、あんまり褒めないでくださいね。うちは俺含め調子にのるヤツが大半なんで」
「あらまぁ~」
いままでの様にありがとうとその場を離れるかと思いきや、彼女はまだそこにいる。他にも何か気になることが?
つーか、この美女は外国人だったのか。システムが始まってもう四十年以上経つから国民にはほぼ周知されてるようなもの。彼女の見た目年齢的にも三十は超えて無さげだし。いや、ライエルさんの前例があるからそれは決め付けできないか。
もし外国人じゃなければめっちゃ田舎から来たのかもしれない。……どれぐらい田舎なら行政の使ってるシステムを知らないんだろうか。
そんなことを考えながら彼女を盗み見ていたら、リンと小さく鈴が鳴る。魔力補充が終わった合図だ。装置から鞄を外して各魔法陣を点検していく。耐久値が少し気になるけど今は問題無さそうだな。
「ペインさん、魔力補充も終わりました。破損している魔法陣は無いのでこのまま使っていただいて問題はありません。ただ、耐久値が落ちてきているのでそろそろメンテナンス時期ですね」
「おう、ありがとよ。探索の途中で壊れても困るし戻ったら一度メンテナンスに出すか。うーん、ガイウスに同行頼んだし、一応六日後に予約入れといてくれ」
「わかりました。迷宮から帰還したらいつも通り直接工房の方へ持っていってください。今はあまり混んでないので前後三日くらいの誤差なら連絡無しでも大丈夫ですよ」
「そりゃ助かるぜ」
「あの~、その鞄のことも教えてもらえるかしら~?」
「魔法鞄のことですか?」
やっぱり他にも聞きたいことがあったらしい。俺は予約票に記入しつつ、先を促すように彼女を見た。ペインさんはそそくさと荷物を鞄に詰めている。
「そうなの~。あそこに倉庫程の広さで月々銀貨五枚からって書いてあるけれど~、どういうことなのかしら~?」
「単純にこの魔法鞄の内容量がよくあるサイズの簡易倉庫程入って月々銀貨五枚ってことなんですけど。聞きたいのはそう言うことじゃないですよね」
「そうよ~。販売価格は白金貨二枚って書いてあるのに~、月々銀貨五枚ってどういうことなの~?」
「なるほど。それならリース契約の説明をしますね」
「じゃあなケント、また頼む」
「ありがとうございましたー、気を付けてー」
探索へと出掛けて行くペインさんを見送り、カウンターの下からリースの説明用紙を取り出す。
あ、外国人……でも朝からの感じ言葉は大丈夫そうか。
「販売価格白金貨二枚の魔法鞄を月々銀貨五枚から貸出しますよと言うのがリース契約です。からとなっているのは、いろいろと追加オプションを付けることができるので料金に変動があるからですね。最低限のノーマルプランで銀貨五枚と言うことです」
「なるほど~。いきなり白金貨二枚は難しくても、月々銀貨五枚なら手が出せるのね~。でも~、そんな高価なものを貸し出して大丈夫なのかしら~?」
「そこは、貸し出す時にギルドカードや住民カードなどを控えさせていただきますので。あとは信用するしか無いですね。悪人は常人には思い付かないような手を使って悪い事をするので」
「確かにそうね~。ちなみに、オプションはどんなものがあるのかしら~?」
彼女が前のめりにカウンターの紙を覗いてくる。ちょっ、目のやり場に困るっ!
俺は自然に離れて説明するべく指し棒を手に取った。
「まず、このノーマルプランに付いているのが月一度の魔力補充と無料メンテナンスです。容量は倉庫一つ分で重量は約百五十キロまで。もちろん重量軽減は付いているので、このプランであれば満杯に入れてもキャベツ一玉程度です。
どのプランにも言えることですが、魔力補充は基本的にドルディの店に来店して頂く必要があります。
ちなみにこのノーマルプランは主婦の方に人気のプランですね。魔法鞄自体がもともと先代が妻の買い物の為にと作った魔道具ですから」
「なるほど~、最初は買い物鞄だったわけね~」
「そうです。次に魔力補充し放題プランで月々銀貨六枚。これは冒険者や農家の方に人気ですね。魔力は物一つを出し入れする度に使うのですが、その物のサイズや重さによって消費量が違うので」
「冒険者の人はそれなりに大きな物を出し入れするし、農家の人はたくさん物を出し入れするから魔力がすぐ無くなってしまうのね~?」
「そうです。だいたい月に三回ほど魔力補充をするのでその分の魔石使用料の上乗せですね。
次に魔力補充し放題+鍵付きプラン。これは本人認証機能が付いて容量は倉庫三つ分、更に重量無制限になるので本体価格が変わって白金貨五枚になります。月々の支払いは金貨三枚ですね。商人の中でも行商をしている方に人気です」
「盗難防止ってことかしら~?」
「そうです。まぁ、結局鞄の開き口のサイズは変わらないので入る物も限られますから、大店の商人の方には物足りないみたいですね。あと、魔導師の方はマジックボックスが使えるので魔法鞄自体が不要です。マジックボックスの方が大きな物も仕舞えるので便利なんですよ」
「そうなのね~。他にプランはあるのかしら~?」
「他はここにあるように、本体に時間停滞や停止、温冷機能、空間拡張などの魔法陣を付与すればするほど本体価格はどこまでも高くなると言う感じですかね」
「なるほど~。説明ありがとう~」
彼女は説明だけ聞いて興味を失ったようにまた陳列棚を見始めた。ぶっちゃけ彼女は何がしたいんだろ?