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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第83話

2025年3月9日に、拙作へいただいたPVが10万を超えました。

そして3月10日には、アクション〔文芸〕ジャンルにおいて、本作が連載中作品の日間、週間、月間の3つものランキングで1位となったタイミングがあり、思わず何度も目を擦って見直してしまいました。

ひとえにお読みいただいた皆様のおかげです。ほんとうにありがとうございます。

ブックマークしてくださった方、いいねを押してくださった方、そして感想をくださった方。

どれもとても励みになっています。

引き続き、本作をお楽しみいただけましたら幸いです。

 「使うって……」

どういう意味です? と怪訝そうな表情の五十嵐に、菊谷が重ねて続ける。

「このシチュエーション、いただきたいんですよ。エキストラの方々と、役者たちとの腕相撲のシーン。おそらく実際の映画の中で使われることはないと思うんですが……こういうハプニング的な画は、きっと何かの価値が生まれるものなんです。だから、映像に残したい。お願いします、ちょっとだけでいいので、撮らせてください」

頭を下げる菊谷に、五十嵐が唸った。


 「いや、そう言われましても、もう授業が始まっているわけで……」

「そこをなんとかお願いします! ふた組分……そう、男女一勝負ずつでいい、撮らせてください!」

「ええ……困ったな、授業が遅れるとそれはそれで」

ロケ初日にも、オリエンテーションで授業には遅れがあったばかりだ。

 それがまた……。

 頭を掻いた五十嵐は、ふと顔を上げて、自分を見る生徒たちの期待に満ちたまなざしに気づく。


 「……くっ。おまえら、おれの授業より腕相撲がいいって顔してんな? くそ、おぼえとけ、遅れたぶんはビシビシ行くからな?」

「やったぁ! さっすがセンセー、話がわかるぅ!」

加藤が飛び上がって喜び、ほかの生徒たちまでわっと盛り上がった。

「ありがとうございます!」

礼を言った菊谷は、すぐさま役者のほうを見る。

「山王君、どうだ?」

真っ先に力自慢の印象のある山王を名指しするが、呼ばれてのろのろと顔を上げた山王は、力なく首を振った。


 「すんません、いまおれは無理で……すんません」

そのまま席を立ち、教室の隅まで行くと、空いた椅子にぐったりと倒れ込むように収まった。

 普段の押しの強い態度に似合わないその萎れた様子に、ちょっと心配そうな顔になった菊谷だが、時間がないことを思い出し、次案を探る。

「んー。それじゃ、野々原君は? いけるかい?」

「え、おれですか? えー。あんまり腕力は自信ないんですけど……はい、まあいいですよ」

指名が来るとは思っていなかったらしい野々原は、やや面食らったふうながら菊谷の頼みに応え、中央の椅子に座った。

 それだけのことで、もう真理をはじめとする女子たちから嬌声があがる。


 「さて、じゃあ誰に相手をしてもらおうか……」

菊谷は生徒の顔をぐるっと見渡し、小田原に目を付けた。

「きみ! どう? やってみてくれない?」

「お、おれ?」

「うん。ぜひお願いします」

「あ……」

ちょっと怯んだ感じで目を泳がせた小田原だったが、綾子と視線が合って頷かれると、それで腹が据わったようだ。

「わかりました。やります」


 付き合っている彼女の前で怖じ気づくわけにはいかない。

 二人の仲を知るものが見れば、そんな気負いも垣間見られる様子で、小田原が反対側の席に着く。

 芸能人の、さらに世代トップクラスの男性アイドルと真向かいではさすがに分が悪いとはいえ、小田原とて学年きってのモテ男子の一人である。

 なかなか絵になる組み合わせの対戦であった。


 二人がしっかりと手を組み合い、ポジション決めの間にカメラも準備が済んで、さて開始の合図は先程のように藤木がやるのかと思いきや。

「あれ? 美由紀ちゃん、やってくれないの?」

野々原が藤木を探してきょろきょろするが、藤木は「もう役目は終わった」と言いたげに人の輪から離れ、山王とは逆位置の教室の隅で、ちょこんと椅子に座っていた。

 澄ました顔で、そこから動く気配がない。

 菊谷が「え? さっきは藤木さんが合図してくれたの?」と手近な生徒に確認している。

「うーん、なら次は誰か……ほかの人にやってもらおうか」


 つぶやく菊谷に、「では私が」と手を挙げたのは教師役の実倉である。

 野々原と小田原が揃ってわずかにぎょっとしたふうであったが、断わる理由があるはずもなく、流れるように足を運んだ実倉は二人の座る間に立ち、握りあった手の上にそっと右手を置いた。

 カメラが回っているのを確認し、菊谷が実倉に頷く。

「準備はいい?」

実倉が野々原と小田原を交互に見て尋ね、二人も首肯して応えた。

「じゃあ……はじめ!」

藤木の合図と違い、実倉は置いた右手で二人の拳をぽんと叩く。

 それはそれでちゃんときっかけとなって、二人の勝負がスタートした。


 「ふんっ!」

「くぁっ!」

野々原のほうが二歳年上であるが、小田原も体格では劣っていないし、運動部で筋トレもきちんとこなしてきた身である。

 毎日のダンスレッスンなどで鍛えているとはいえ、直接に筋力重視のトレーニングを行っているわけではなかった野々原に対し、かなり押し気味で序盤は始まった。

 この勝負にすぐさま周りも応援合戦となるが、ここはさすがに女子のほとんどが野々原の応援に回った。

 いっぽう、綾子をはじめとしたわずかな女子の声援と、大部分の男子の荒っぽい応援に支えられ、小田原は懸命に力を振り絞った。


 奮闘の甲斐あって、小田原優勢のまま勝負は決するかと思いきや、野々原も粘る。

 押されつつもそこから先には進ませず、持ちこたえ続けた。

 そのうちに、小田原のほうが息切れしてきてしまう。徐々に開始位置まで押し戻され、逆に形勢が不利になってくると、もう耐えられなかった。

 瞬発力は小田原が勝っていたが、持久力では野々原が上だったようだ。

 その後は盛り返すことなく、最後は一気に押し切られて、小田原の手の甲が机に付いてしまった。


 「はい、勝負あり! 野々原君の勝ちね」

実倉が笑顔で野々原の右手を掴み、高く掲げた。

 息を切らしながら、野々原がちょっと誇らしげにカメラに向かってVサインを作る。

 それを見た女子生徒たちから、また一際大きな歓声が飛んだ。

 いったん勝ち名乗りは行ったが、実倉はすぐに小田原の肩にも手を添えて、「いい勝負だったわ。あなたも頑張ったわね」と健闘を労う。

 それで悔しそうだった小田原の表情にも、ようやく笑顔が戻った。綾子も拍手で小田原を称えている。

 菊谷が満足そうに頷き、カメラマンに合図を送っていた。


 そうして「じゃあ、次は女子に一勝負お願いしたい」と言い、なんと菊谷は、真っ先にことりに向かって「あなた、やってもらえないかな?」と声をかけたのである。

 これにはことりも驚いた。

 まずは役者側から先に、一人選ぶのが当然と思っていたからだ。

 すかさず佳子や真理が囃し立て、綾子らも後押しして、ことりは断わる間もなく勝負の席に着かされた。

「さて、では相手は……」

菊谷は役者側を見るが、生徒役の女子は藤木と五代しかおらず、藤木は隅の席から立とうとしない。

 まあイメージ的にも藤木に腕相撲は合わないか、と菊谷は五代を見て、「いいかい?」と訊いた。

 五代もこれは予想していたようで、肩をすくめると黙ってことりの正面に座る。

 とはいえ不敵に口角を上げた五代は、望んだ勝負ではないにせよ負けるつもりはなさそうだった。

 その表情を見て、ことりもちょっと負けん気を目覚めさせられ、むくむくとやる気になってくる。


 女子の勝負の準備が進む中、野々原はわざわざ小田原のところまで行き、腕を軽く叩いて「強かったぜ」と一言褒めると、次に隅でうなだれたままの山王のそばへ向かった。

 隣りの椅子に腰掛けても、山王は野々原のほうを見ることさえしない。

 ぼうっとした表情で、床に視線を落としていた。

「山王さん、すごいっすね」

そう声をかけた野々原に、山王はようやく胡乱げな目を向ける。

「……何がすごいってんだ?」

「いや、あの子に花持たせたんでしょ? あんなに必死に見える演技までして」

は? という口の形になった山王は、しかし声が出せなかった。


 野々原が首を伸ばして腕相撲の準備を窺いながら続ける。

「だって、あの場で勝っちまったら、こんどは最初のでかい子と喧嘩になったかもしれないじゃないですか。それを山王さんが負けてみせることで、騒ぎが穏便に収まったわけですよね」

野々原が山王に向き直り、にこっと笑う。

「いやー、勉強になりますよ。おれはやっぱり勝てるなら勝っちゃうことしかできないですもん。いきなり腕相撲の席に座らされて、勝負が済んでからはじめて、山王さんの機転に気がついたんです。山王さんがやってる最中は、まさかあれが演技だなんて思いもしなかった」

「お、まえ……」

山王が掠れた声を出す。

「おまえには、そう見えたのか……?」

はい、と野々原が嬉しそうに頷く。

その屈託のない笑顔を山王はまじまじと眺めてから、正面に目を戻す。


 「そうか……」

山王はずっと痺れたままの右腕を見つめた。

 動きはするが、いまだに拳をしっかり握ることさえままならない。

 目を閉じてゆるゆると首を振った。

「とんだ勘違いだよ。くくっ」

苦く笑う山王に、野々原は「わかってますって」と鷹揚に頷いた。

「さすがに、あの細腕に山王さんが負けるのはありえないですよねー。まあそのまま演技で通してもらってかまわないですよ、おれはちゃんとわかってますから」


 ようやくカメラ側の準備が整い、女子の勝負が始まりそうだった。野々原は、「おっ? これは観なきゃ!」と言って立ち上がり、人の輪の中に戻っていった。

山王は椅子に座ったまま、その背中を見送る。

「……わかってねーよ」

あんな絶望、わかられてたまるか、と口の中でつぶやいた言葉は、野々原には届かなかった。


 今度も実倉が合図役を務めた。

 組んだことりと五代の手の上に右手を触れて、「準備いいかしら?」と問われる。

 ことりは唇を引き結んで頷いた。

「それじゃ……はじめ!」

ぽん、と叩かれたのを引き金に、ことりは「やぁっ!」と右手に力を込めた。

「くっ?」

思っていたのよりも、ことりの力が強かったのだろう、五代の表情から一気に余裕が奪われる。

 しかし五代にも年上の意地があった。

 そう簡単に中学生に屈するわけにはいかない。


 「うーん!」

「くぅぅぅっ!」

互いに譲らず、なかなか勝負のつかない拮抗した状態が続いた。

 野々原と小田原の勝負のときより、決着までが長い。

 息継ぎできず、苦しさに歯を食いしばりながら薄く片目を開けたことりの視界に、太郎がちょうど真正面に見えた。

 周りの声援に隠れて声は聞こえなかったが、その口元が「頑張れ」と動くのがわかった。

(がんばる!)

ことりがうんと力を振り絞ったそのとき、ついに五代の呼吸が先に我慢の限界を超える。

「ぷはっ!」

息があがった瞬間を逃さず、ことりが五代を圧倒し、その右手を倒しきった。


 「勝負あり!」

高らかに実倉が宣言する。

 ことりの右手を掴むと、差し上げようとして「あ」と動きを止めた。

「あなた、お名前は?」

「あ……せ、世羅で……す」

肩で息をしつつ、ことりがあえぎながら答えると、実倉は笑顔でことりの右手を持ち、「世羅さんの勝ち!」と名乗りを上げた。

「やったあ! 勝った勝った!」

「おおとり、えらーい!」

拍手が湧き、真理や佳子らクラスメートが飛びついてくる中、ことりは実倉から労われている五代に、「ありがとうございました」と頭を下げ、握手を求めた。


 五代は苦笑しながらそれに応じる。

「うーん、負けたか! ちぇ、悔しいなぁ。あなた、強かったよ」

「いいえ、際どかったです」

「へへ、そう言ってもらえると嬉しいわ。あなた、スポーツやってたんでしょう? なに?」

「えっと、バスケです」

「そっかぁ。対戦競技やってると、やっぱ勝負強さとか付くのかしらねぇ。私もなんかやろうかしら」

お互いに笑顔で握手を交わし、ふと顔を上げたことりに、ちょうど目が合った太郎が拍手しながら小さく頷いた。表情はかなり微妙ながら、どうやら笑っているようだ。

(よし! ……今度こそ、太郎ちゃんの応援に応えられた)

得意のバスケではないけれど、それでもことりにとっては大きな満足で、嬉しさにほっと胸をなで下ろしたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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