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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第80話

 太郎が家に帰り、晩ごはんを食べ終わって自室に戻ったところで、置きっぱなしの携帯端末に着信があった。

 見ると藤木からである。

「はい」

太郎が出ると、藤木のほとんど泣きそうな声が聞こえた。

「あ……太郎? ねぇ、太郎なの?」

「はい、そうですよ」

「……よかった……よかった。なかなか出てくれないから、あたし……」

「すみません、手元になかったので。どうしました?」


 太郎が出たことで、藤木の声音は不安から安堵の響きに変わる。

 藤木がちゃんと話せるようになるまで、わずかな時間ではあったが、太郎は黙って待った。

「無事なのね、太郎」

「え? はい」

「うん……ごめんね。慌てちゃって。……その、新しいメッセージが来てるの」

「ストーカーからですか」

「そう。……ごめん、二人で会ったの、見られちゃったみたい」


 藤木の話では、ホテルへ戻ってしばらくしてから、立て続けにメッセージが届いたらしい。

 藤木がホテルを抜け出し、若い男と二人でファーストフード店にいたと知っていること。

 その行動を、不埒だ、不実だ、裏切り行為だとあらんかぎりの罵倒の言葉を投げつけてきたこと。

 藤木だけでなく、相手の男にも思い知らせてやると危害を加えるのを示唆する内容が含まれていたこと。それらを震える声で一気に伝えてきた。

「まさか……ほんとにそばに来てたなんて」


 ああ、それなら知ってました、という言葉を太郎は危うく呑み込んだ。

「会って話したいなんてお願いするんじゃなかった。ごめん、太郎。あんたまでストーカーに狙われるとか考えてなかった……あたし、あんたに何かあったんじゃないかと気が気じゃなくて」

お願い……というかほぼ強制だったけどな、と太郎は思い返す。

 藤木は泣きべそをかいているようだ。電話ではなく会いたいと望んだときには、相手の太郎も危険にさらされるとまで思いが至らなかったのだろう。

 それをいまさら悔やんでももう遅い。

 藤木は太郎に申し訳ないことをしてしまったと涙声で謝った。


 「ご心配なく」

「……え?」

太郎が非常にあっさりと応えたので、藤木は呆気にとられたようだった。

「ご心配なく……って? それ、どういう意味」

「その通りの意味です。ぼくのほうは心配要りませんよ」

「え? ……どういう、こと?」

さて、どう説明したものか。


 「ストーカー……と思われる人には確かにあとをつけられたんですけど」

相手の『気』を読んでストーカー本人と特定もできている、とまでは言わないほうがいいだろう。

「……ええっ!」

電話の向こうで藤木が叫ぶ。

「ちょっと! つけられた? だ、大丈夫なの? それでなんで、心配要らないなんて……!」

「ちゃんと撒きましたから」

「……なんですって?」

「顔も見られてないはずです」

逆にこっちは顔を確かめて、写真まで撮りました、というのも言わないでおく。

 というか言えない。


 せっかく撮った写真も、よく考えたら藤木に見せた途端、()()()()()撮ったのかを訊かれるかもしれないからだ。

 ナノマシンに頼んで、などと言えるわけがない。

「……はぁぁ?」

さっきまで涙声だったのに、いまや藤木の声には呆れとなぜか怒りが混じっている。

「あたしが……こんなに……こんなにあんたのこと心配で心配で、怪我でもしてたらどうしようってテンパってたのに! ……なんであんた、そんな暢気なのよ? そんな大事なこと、なんでもっと早く……あんたなんなの?」

そこで太郎はようやく藤木が何を慌てていたのかに思い至った。


 「……ああ! ぼくの身の安全を気にしてくれてたってことなんですね。それはありがとうございます」

「は? なに言って……だからさっきから心配してたって言って……それをあんたは……」

「ぼく、人の気配にはわりと敏感なんですよ。だから、あとをつけてくるような様子のおかしい人はすぐわかります」

これもちゃんと事実である。

 ただ、『気』を使えば()()()敏感どころの騒ぎではないだけだ。


 「もう暗くなってからですし、距離から考えても、ぼくの顔を見分けられるほど近くはなかったと思います。で、そのまますぐに撒いてしまったので、次に会ってもストーカーには、今日藤木さんといたのがぼくだとは、わからないと思いますよ」

「……」

藤木は電話の向こうで絶句している。

「ストーカーのメッセージになにか、ぼくを特定するような情報は入ってましたか? ぼくの名前とか、写真とか、そういうやつです」

「……ちょっと待ってて」

藤木がいったん携帯端末を離したようだ。


 声が遠くなり、一度ティッシュで鼻をかむ音が聞こえた。

 アイドルのこれは、聞かなかったことにしたほうがいいのだろうなと太郎は思う。

 その後メッセージを見直している気配がして、やがて再び藤木の声が戻ってきた。

「うん、なかった。太郎のことは、眼鏡とかドチビとか書いてあるけど……それだけ。名前も、あと写真も、太郎とあたしのはないわ。お店の写真は送ってきてるけど」

やはり、太郎の写真は撮れなかったのだ。

 店の写真は二人が出る前に撮ったものか、あるいは戻って撮り直したのだろう。


 だけど。

(ドチビ?)

ちょっとむかっとしたが、ここで腹を立ててもどうにもならない。

「だから、藤木さんとぼくがそのストーカーの見ているところでまた二人にならない限り、ぼくの心配は要らないと思います」

「……」

「……藤木さん?」

「……太郎」

藤木の声が少し硬い。


 「はい」

「まさかと思うけど……」

「?」

「あんた……ほんとうはやっぱりあんたがストーカー本人だったとか、言わないわよね?」

「ふぇ?」

今度は太郎が絶句した。

「それか、本人じゃなくてもストーカーとつながってるとか、しないよね?」

「えええ?」

太郎は思わず、端末に向かって首をぶんぶん振ってしまう。

「いやいやいや……どうやったらそんな考えが出てくるんですか? そんなわけないでしょう」

「だ、だって!」

藤木は懸命に言い募る。


 「あんたがストーカーだったなら、あたしと一緒のときに写真は撮れないでしょう。それに、ストーカーにつけられたっていうのだって、そう言ってるあんた自身がストーカーなら、あんたは何も心配することにはならないよね?」

なるほど、と太郎は思う。

 その推理は結構アリだな、と藤木の考えに感心してしまった。

「なかなかの名推理ですけど、ぼくは藤木さんに会いに握手会へ行ったことはないですよ?」

「そんなの……あたし、あんたが来ててもきっと顔覚えてないもの。来てなかったかなんてわかんないじゃない」

そう来たか。

 自分の記憶力の乏しさを盾に取るとは。


 太郎はちょっと楽しくなってきた。

「なるほど。でも藤木さんの推理には大きな穴がありますね」

「……穴?」

「そうです」

相手に見えるわけがないのに、太郎は端末に向かって大きく頷いた。

「なによ、穴って」

「ぼくは今日、二度も藤木さんと二人きりになった時間があります」

「あっ……?」

「よく考えてください」

太郎は重ねて語りかける。


 「学校の教室で一度。それからお店でもう一度。邪魔者はいなかったんですから、ぼくがストーカーなら、藤木さんに対して何らかの行動を起こす絶好のチャンスですよね?」

「え、あ、でも、教室はともかく、お店ではほかにも人がたくさんいたし……」

「ええ、だからあの店を選びました。もしぼくがストーカーだったら、あそこではなくカラオケとかネットカフェとか、あるいはいっそ藤木さんのホテルの部屋とか。邪魔が入らず藤木さんと二人になれる場所を指定した……と、そう思いませんか?」

「あ……うう~。そ、そういう考え方も……あるかも、ね」

「ご納得いただけました?」

「うん……。で、でも!」

藤木はまだ何か得心できないものがあるらしい。


 「じゃあさ、太郎って実はヤクザの親分の子どもだったりするわけ?」

「……なんですか、それ?」

発想が突飛すぎて、いったいどんな論理の飛躍があればそんな質問が出てくるのか、と太郎は目を白黒させる。

「あの、店から出たところで柄の悪い人たちにナンパされかけたでしょ」

近藤たち三人組のことだろう。

「はい、それが?」

「で、その人たちが太郎にペコペコ頭下げてたわよね」

頭を下げたのは近藤一人だけだったはずだ。

 初めて見るあとの二人は下げていない。


 「あれって、あんたに逆らうと、あんたのバックにいる組織が何かするから……じゃないの? たとえばお父さんがヤクザのボスで、あんた個人は弱くても、将来は組を継承することになってるとか」

商社勤務で海外に単身赴任中の、父の浩太が聞いたら何と言うだろう。

(父さん、ヤクザの組長にされちゃったよ?)

怒るだろうか? 笑うだろうか? 

 太郎はナノマシン体になってから、まだ顔を見ていない父親のことを少しだけ考えた。

「ぼくの父は普通の会社員ですよ。反社会的組織には関わってません」

「ほんとに?」

「ほんとうです。ぼくにバックなんてありません」


 「でも、変よあんた」

「変? ぼくが?」

「そうよ! 絶対に変!」

実際のところ太郎自身も、自分が世間の中学三年生の平均に近いところにいるとは思っていない。

 行動、性格、体格、能力、嗜好。

 ナノマシン体でなかったとしても、いずれも偏差値で言えば中央値から上か下に(まあ成績以外はたいてい下側に)大きく振れたところにいるだろうと考えていた。

 それをして変と言われるのなら、標準的ではないという意味で同意できると思う。


 「だって、どうしてそんな落ち着いていられるの?」

「え。落ち着いている……?」

「そうよ。見た目すごい弱そう……ていうかあんた、そもそも喧嘩したことないでしょ? なのに、ストーカーにしても、あの柄の悪い人たちに対しても、太郎はちっともびくついてなかった。それってどうして? 何か……何かあんたを支えているものがあるの? あんたの持っている何かに、絶対の自信があるんでしょう。それは何なの? どうして太郎は怖くないの?」


 藤木は堰を切ったように話し続ける。

「あたしは怖い。あたし自身に何かされるのも、あたしの周りに何かされるのも。脅されたり壊されたりするのが怖い。言葉でも、力でも、理不尽な暴力に傷つけられるのが怖い。でもこれって普通よね? あたしだけじゃないはず」

太郎はただ黙って聞いている。

「なのに、あんたは怖がっていない。あんたはストーカーを撒いたってさらっと言う。顔はよく見えてなかったはずなんて分析までしてる。聞いた限りじゃ、確かに太郎はストーカーからターゲットにされないと、あたしも思うわ。

 だけど……なんでそんなにも冷静でいられるの? 怖いって気持ちに邪魔されないの? それっておかしいと思う。普通の中学生は、そんなに理屈どおりに動いたり考えしたりしない……できないでしょう。もっと気味悪がったり、怖がるものだと思う。あんたの……太郎の強さは。あんたが持っている力は、いったいなんなの?」


 宇宙人にナノマシンの身体にされた超人です、と答えたら、藤木はどんな反応をするだろう? 

 太郎はちょっとだけほんとうのことを言ってしまいたい誘惑に駆られる。

 藤木に指摘されてみると、確かに行動を冷静に保ってくれる拠り所は、いまの自分の強さであることを実感する。

 ストーカーだろうが、街のチンピラだろうが、少なくとも個人レベルでは太郎を傷つけることなどまずできない。

 目の前の暴力が脅威でないから、恐怖の影響を受けずに淡々と対処法を考えていくことができる。それはその通りだと思った。


 (五十嵐先生が『ドスが利いてきた』って言ってたの、こういうことなのかな)

 ナノマシン体になる前の自分だったら、いまのように行動することは無理であったろうし、そもそも他人のトラブルにここまで顔を突っ込むようなマネは避けていただろう。

 だから、藤木が言うように落ち着いて行動して見えるのだとすれば、それはいまの太郎にとって無意識にせよ、自分の強さを自覚していることが大きい。

「ぼくは……」

太郎は悩む。


 なんと答えたら良いだろう。

「ぼくは、藤木さんが思っているよりも、ちょっとだけ喧嘩が強いんです」

「……え?」

「喧嘩したことないって見られるのはわかりますし、実際喧嘩なんて好きじゃないですけど。でも、少なくともクラスではぼくがいちばん強いんですよ」

「……」

「信じられないでしょうけど、そうなんです。だから、ストーカーはわかりませんが、ファーストフードの店で会ったような人たちだったら、絡まれても怖くないんです。ぼくのほうがきっと強いので」


 「……じゃ、じゃあ、あの……なんだっけ、喧嘩に負けたことのないなんとかって人に勝ったというのも、ほんとの話なの?」

「はい、三宮さんって人ですね。このあたりじゃあ強くて有名な人だそうです。……一度やり合って、ぼくが勝ちました」

「……太郎が」

「ええ」

「……悪いけど、ちょっと想像できないわ、それ」

まあそうだろうな、と太郎は苦笑した。


 「あとは……きっと、ぼくが鈍感なだけです。普通なら怖いと思う……思えることが、そう感じられないだけじゃないでしょうか」

「あ、うん。ほかはわからないけど、太郎が鈍いのはその通りね」

「あれ?」

そっちは即同意なのか。

 太郎はふとことりのことを思う。

 ことりも、真理からアンテナ感度が低いと言われてへこんでいたことがあった。

 鈍感同士なら、むしろそれはお互い様なのかも……いやいや、それは付き合っている二人ならって話とかだよね。

 ぼくらはそういうのじゃないし。


 そんなことを考えていると、藤木が「太郎?」と呼び掛ける。

「はい」

「いま……別の女の子のこと、考えてなかった?」

「……ええっ?」

太郎が思わず動揺する。

 なるほど、もしやこれが「鋭い」とか「敏感」ということなのか? 電話越しなのになんでそんなことがわかるのだろう。

「アイドルと直に電話してるのよ? そんなときにほかの子のこと考えるなんて、ちょっとそれ失礼すぎるんじゃない?」

「……すみません」


 失礼って、それ自分で言うのか? と思いつつ太郎が詫びると、藤木が驚いた声を返す。

「えっ?」

「え?」

「……太郎、いまほんとに別の女の子とのこと考えてたの?」

「あ、いや、それは」

「誰よ、それ!」

「え? 誰って、ぼくはそんなこと何も、あの」

「あんた自分でモテないって言ったじゃない。なのにもしかして、彼女いるとか言うわけ?」

「いませんよ! 誰とも付き合ってません」

「ほんとに?」

「ほんとです! というか、カマかけたんですか? それひどくないですか」

「引っかかるほうが悪いと思う」

「なんて暴言を!」


 電話の向こうで、藤木が愉快そうに声を上げてコロコロと笑い出す。

「あははは! あー、おっかしー。初めて太郎の慌てた声聞いたわ。あぁもー、なんか勝ったって気分!」

まだ笑っている。

 太郎は憮然として言った。

「なんですか、その勝ったって」

「だってだって、太郎ってば、あたしが何やっても慌てたり焦ったりしないんだもん。一回くらい太郎を慌てさせたかったのよ。あー、すっとした」

「……そりゃご満足いただけて何よりでした」

むすっとして答える太郎に、藤木のほうは、電話をかけてきたときとは打って変わった明るい声で言った。


 「太郎」

「はい?」

「ありがと。太郎と話ができてよかった。感謝してる」

「……それはどうも」

「太郎が無事なのも確かめられてよかったわ。安心した」

「ご心配おかけしました」

それから、藤木には身の回りに用心を続けるよう重ねて注意したあと、太郎は電話を切った。

 あらためて履歴を見ると、太郎が電話に出るまでには、二、三分間隔で藤木から五回も着信があったようだ。

 相当に焦りながら電話をかけ続けていたらしい。


 太郎が電話に出ないのは、ストーカーに何かされたために出られないからではないかと気を揉んだのだろう。

 悪いことをしたなと太郎は反省した。

 そのまま携帯端末をいじっていた太郎は、藤木と電話しているあいだにことりからも着信があったのに、ようやく気がついた。

(あれ? ことりさん……なんだろう?)

一度折り返してみたが、今度はことりのほうが出ない。

(ま、明日学校で話せばいいか)

太郎は携帯端末を置いた。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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