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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第76話

 この日の最初の授業は五十嵐の数学で、エキストラのオリエンテーションに時間を取られたぶん、いつもの半分ほどしか進められずに休み時間のチャイムが鳴った。

 木造校舎に入るのはみな初めてであったことから、物珍しさにあちこち見聞し始める生徒が多い中、ことりは佳子と真理に捕まっていた。

「なによ、おおとり。宮本監督にお願いしてたってどういうこと?」

「私は五十嵐先生に伝えただけよ? 宮本監督とは今日初めて会ったんだし」

「それにしたって。みんな一度は映して、てわざわざリクエストしたの?」

「うん。せっかく参加するんだし、全員必ず映ってる、て保証があったら嬉しいし」

「あんた、こないだ演説のときにはそんなこと一言も言ってなかったじゃない」


 ことりにしてみれば、聞いてもらえるかどうか、いやそれ以前に映画のスタッフへ伝わるかどうかも怪しいリクエストを、映画への参加を促す動機付けに使うことはできなかっただけなのだが、真理などは水くさいと口を尖らせて文句を言った。

「まあ、結果的には一人残らず参加になったんだから良かったけど。もし、参加しない人がいたりしたとき、あとから『ちゃんと映画の中に残るってわかってるんだったら、参加したのに!』なーんてクレームつけられてたかもしれないでしょ」

「……そうか。でもまあ、そういう人はいなかったんだから、結果オーライ?」

「あんたねぇ」

にっこり笑うことりに、佳子と真理は呆れた視線を向けるが、本人は気にした様子がなかった。


 「……まあでも、おかげで映画に姿が残りそうだから、それは嬉しいか」

「そうね、おおとりさまさま?」

「うふふ」

映画そのものが中学三年生としてのよい記念になりそうで、ことりはお願いしてみて良かったなと思う。

とはいえまだできてもいない作品なのだし、ちょっと気が早いかとも考える。


 そうして丸二日、木造校舎でカメラ付きの授業をただ行うだけの日が続いた。

 映画の撮影スタッフとしては、助監督の菊谷と撮影助手、さらに音声担当の三名が付いたが、役者は誰も現れず、生徒たちをがっかりさせていた。

 ただことりの見る限り、カメラはただ定点的に同じところで撮りっぱなしというわけではなく、何度か菊谷らが付いて実際に授業風景の撮影を細々と位置や角度を変えて行っていたので、もしかしたらこれで 二組の生徒全員分の画を確保してくれているのかな、と少しだけ期待していた。


 変化が起きたのは、ロケ隊が入って三日目のことである。

 教室の最後列に五つの机が追加された。

 ようやく役者たちが来るのか? と思った生徒たちが期待に胸を膨らませる。ただこの日やって来たのは、主演女優の実倉(さねくら)まなみと、ヒロインの藤木(ふじき)美由紀(みゆき)の二人だけであった。

 野々原(ののはら)大志(たいし)と会えるのを心待ちにしていた真理は、あからさまに失望した表情を隠そうともしない。


 しかし、いまをときめく美少女アイドルの実物を目にした男子生徒はみな色めき立ち、うっかり見とれた小田原などはあとから綾子に謝り倒すはめになったし、教師から窘められるほどはしゃいだ加藤は、いつもに倍する冷淡な扱いを佳子から受けることになった。

 また実倉まなみについては男性教師陣がまるで女神でも見るような視線を向けていたのを、めざとい女子生徒たちからしっかりチェックされて、揃って冷たい視線を浴びせられていた。


 太郎も芸能人の実物を間近に見るのは初めてで、ああなるほど、これは確かにとびきりの美女と美少女だなぁと感心して眺めたものの、もともと芸能方面への関心は薄い。

 特定のアーティストのコンサートへ行ったこともなければ、旬の役者のドラマを見ることすらまれであって、目の前にいても住む世界が違うと思えば遠い存在には変わりがない。

 太郎にとってはテレビで見るのも肉眼で見るのも、あまり違いは感じられなかった。


 二人は教室で始めに軽く挨拶をしただけで、実倉は教壇の脇に設置された席へ、藤木は増やされた五つの席のひとつに着いた。

 二人だけで来たのには理由があり、実倉は演技の参考として実際の教師の授業を見学するために、また太郎たちと同じ中学三年生の藤木は、なんと「ただ普通に授業を受けに来た」のだという。

 着ている制服も映画用にあらかじめ調達したのか、ことりたちと同じ東部中のものだった。

 撮影のためにロケ地入りしたあと、勉強の遅れがなるべく発生しないようにしたいのだと説明されたのであるが、藤木がおそらく東京あたりで通っている中学校とは、教科書や授業の進度、下手をしたらカリキュラムの構成自体が違うのではないかと太郎は思う。

 だがそうした細部の事情には触れられなかったため、実際のところはわからなかった。


 授業が始まると、どうしても生徒の目線は教壇の教師よりも、脇に控える実倉の方に向くし、ほとんどの男子は前を見ていながら気持ちは最後列の藤木の方に向かっていた。

 せわしなくちらちら振り返るものも多く、目に余ると教師から名指しで注意されることとなったが、あまり効果はなかった。

 教壇に立った教師らは、女優の実倉に見られながらの授業がいささかやりにくそうではあったが、そこはさすがに大人の対応であって、研究授業や保護者参観と思えばそう違いはないのだろう。

 下手に質問されたりクレームが付いたりすることもないので、むしろやりやすいくらいかもしれなかった。

 時間が経つにつれ、どの教師も次第に慣れを見せて、おおむねそつなくいつも通りの授業を行った。


 この日に限らず木造校舎での授業は、教師たちにとってもいつどの映像を使われるかわからないということであったため、普段よりはいくらか丁寧であったり、気分に任せて荒れた授業をすることが減っていて、「せんせいのねこかぶり」と揶揄されつつも、生徒たちからは歓迎の構えであった。

 授業中は無理でも、休み時間になったら実倉や藤木に話しかけられるのでは、と期待した生徒たちは、一回目の休み時間で見事にその希望を打ち砕かれていた。

 チャイムが鳴ると同時に女優二人はさっと教室から出て、廊下に控えていたそれぞれのマネージャーとともに、映画スタッフ用に用意された別の教室へと移動してしまったからだ。

 そうして次の授業が始まる頃、また戻ってくるのである。


 「ちぇっ。なんだよー、ちょっとくらいお話しさせてくれてもいいのになぁ」

加藤が口を尖らせるが、すぐさま佳子に「あんたじゃそもそも聞いてもらえる値打ちのある話ができないでしょうけどね」と切り捨てられていた。

 そうして一日がまた終わる。

 二名の客を迎えたこと以外、太郎たちにとってはまったく何も変化のない普通の授業の一日で、都合三日目にして生徒たちはすっかり状況に慣れ、また退屈し始めていた。


 そして翌日も、また同じパターンかと思いきや、わずかな変化があった。

「今日はこっちの教室へ行ってほしいそうだ」

昨日まで使っていた教室の隣りにもう一部屋、あらたに机と椅子を同じ数だけ並べてあり、今日はそちらへ入れという。

 どうやらもとの教室は、いよいよ何らかの撮影に使われるということらしい。わざわざ太郎たちを移動させたのは、二組の生徒だけで撮影したものとその後の映画のシーンの撮影とで、窓からの景色が変わったりするのを嫌ったのではないかと太郎は考えた。


 この日は藤木だけがまた最後列の机にいて、ずっと黙って授業を受け続けていた。

 実倉は朝から姿を見せず、物音からするとどうやら昨日までの教室のほうで、何か撮影を進めているようである。

 監督の指示や実倉の受け答え、スタッフからの発言、そしてセリフと思しき実倉の声。

 太郎ははじめ興味のままにそちらの音をしばらく聞き取ってみたが、なにしろどんな映画になるのか太郎たちには何も明かされていない。

 もちろん台本など見せてもらえるわけもない。

 ただ聞こえてくるセリフは、どうやら実倉が国語の授業をしているシーンのようであった。


 しばらく聞き続けていたものの、そこから映画のストーリーが読み取れるようなものでもなかったため、太郎はすぐに飽きて自分たちの授業の方に集中することにした。

 それより気になったのは、最後列の藤木である。

(勉強に遅れが出ないように……というわりには、随分と上の空なんだなぁ)

振り向いて視界に入れなくとも、太郎は相手の状態を『気』で窺い知ることができる。

 太郎の感じ取った藤木の持つ『気』は、かなり不安定なものだった。

 どう見ても授業に集中できておらず、かといって映画の撮影に意識が行っているというわけでもないようだ。

 漠然とした不安感が大きく、何かに怯えているような感覚さえあった。


 (映画出演は初だって言ってたっけ。うーん、撮影への緊張で神経質にでもなっているのかな?)

 芸能人の藤木も、学年は太郎たちと同じ中学三年生である。

 慣れはあるのだろうが、初めての仕事に心配が募ってもおかしくはないはずだ。

 常に自信満々であるほうが珍しいとも考えられる。

 とはいえ、太郎も相手が発している『気』の理由まではわからない。

(まあ、向こうはプロのアイドルなんだし、ど素人のぼくから心配されても余計なお世話だよな)


 エキストラの生徒からの俳優側への接触、それは話しかけることも含めて、基本的に禁止された行為であり、太郎も実際に自分から何かアクションを起こすつもりはなかった。

 しかし、である。

 向こうから話しかけてきた場合は、どうすればいいのだろう?


 (どうしてこうなった?)

太郎は努めて表情に出さないようにしながら、懸命に困惑と戦っていた。

 この日は、理科室へ移動して実験の授業があった。

 そのためいったん木造校舎で実験内容の説明を受けてから、教師と一緒に二組の全員で普段の校舎へ戻ったのだが、この移動の際に、理科教師の杉本(すぎもと)作治(さくじ)が実験ノートを教壇の机に置き忘れてきたのだった。


 「すまん、誰か取ってきてくれるか……」

その言葉に「ええ~?」「また木造校舎まで戻るのぉ?」と露骨にイヤな顔をするものが多い中、ぐるっと生徒を眺め回した杉本が、表情を変えない太郎に目を留めた。

「穂村。悪い、頼めるか?」

「はい」

太郎は頷いてくるりと向きを変え、いま来た道を引き返す。


 太郎にとってはイヤだなと思っても顔に出ないのが災いしたようなものだが、教師側からしてみれば「指示通り間違いなくやってくれる」という期待度では、クラス委員を上回ると言ってもいい生徒であり、たとえ「面倒な」という気持ちが表情にあったとしても、目に入れば第一に指名される可能性は高かった。

 そうして教室に戻った太郎は、中に人の気配があることに気づく。

(あ。そうか、木造校舎からは出ないんだっけ)

藤木が一人、教室に残っていたのだ。


 エキストラでない一般生徒との接触を避ける目的で、木造校舎以外で行われる授業には、藤木は参加しないと聞かされていた。

 そのため、グラウンドで行われる体育の授業などの時間にも、彼女はそのまま教室で自習するのである。

 しかし無人の教室にたった一人でいるよりは、休み時間のように映画スタッフ用の教室でマネージャーなどと一緒にいると思っていたので、藤木がまだ教室にいたことは太郎には意外だった。


 ガラッと木製の引き戸を開けて太郎が教室に入ると、自席にいた藤木はびくっとして伏せていた顔を上げた。

 目があった太郎は、驚かせてしまったかな? と思い軽く黙礼して教壇に向かおうとする。

 しかし藤木は次にガタンと大きな音を立てて立ち上がると、あからさまに怯えを含んだ表情で後退りした。

 ちょっと普通でないその様子に、太郎は足を止めて怪訝そうに藤木の方を見る。

 藤木は唇をきっと引き結ぶと、なんと太郎に向かって声をかけてきたのであった。

「……ほんとに、来たの? あなたがそうなの?」

「はぃ?」


 太郎は思わず間抜けな反応を返してしまう。

 自分を睨み付けている藤木をまじまじと見やり、自分はこの問いに返事していいのだろうか? と考えた。

 記憶を辿るエキストラへの注意事項に、「話しかけてはいけない」という項目はあったが、「話しかけられても答えてはいけない」は無かったはずだ。

 そこで太郎は困惑しつつも、感じたとおりに口を開いた。

「あなたの質問の意味がわかりません」

同級生に対して敬語で話す必要があるだろうか? と考えなくはなかったものの、いま親しい間柄ではなく、この先も親しくなることはないだろうと思うと、太郎にはこちらの方がしっくりくる。


 「え?」

藤木は太郎の返答に眉を寄せた。

「ぼくは、先生の忘れ物を取りに来たんです」

「忘れ物ですって? じゃあ、あなたじゃない……の?」

藤木はまだ疑いと警戒の目で太郎を睨んだままだ。

 太郎はかまわず歩を進めて教壇まで行くと、そこに置かれた杉本のノートを取り上げ、藤木にかざして見せた。

「これを先生が忘れたんです。ぼくの用事はこれだけです。だから、そうなの? と尋ねられても、何とも答えようがありません」


 「あ……」

 ノートを見た藤木の目に敵意がなくなり、逆に狼狽が混じった。

 どうやら自分が見当違いをしたと気づいたようだった。

 何を早とちりしたのかはわからないが、明らかに太郎を別人と取り違えて問いかけたのだ。

「違うの……? なんで? わたし……」

藤木の声は震えていた。

「……何をそんなに怖がっているんですか?」

尋常ではない藤木の様子に、太郎は思わず口に出して訊いてしまった。

 そのことに内心自分でびっくりしていた。


 赤の他人がどんな怖れを抱いていようと、それをこちらから知ろうとするなど、以前の太郎なら考えもしなかった行動だ。

 他人の厄介ごとに自ら首を突っ込んで何になるだろう。

 親切のつもりで声をかけても歓迎されないことだって多い。

 なのになぜ?

(ぼく……何か変わったんだろうか?)


 太郎が抱えるそんな葛藤を知らない藤木は、びくりとして口を押さえた。

「怖がってる? わたしが?」

「いや、怖がってますよね? ぼくに対してですか?」

 外山ならいざ知らず、これまで外見で誰かに怖がられたことはなかったんだけどな、と太郎は思う。

 授業を受けているときから不安に苛まれた様子だったのは、太郎が『気』を感じ取れるからわかったことであるが、いましがた太郎が教室に戻ってからの藤木の態度は、誰が見てもびくびくと怯え、何かを強く警戒している。

 それは隠せていない自覚が本人にもあったらしい。


 「まあ、そうか。わかっちゃうよね。うん」

藤木は頷いて、小さく笑った。

 自嘲の笑いだった。

「そうね。怖いの、わたし。でも人違いだったみたい」

「そうですか。ぼくが理由じゃないならいいです」

藤木は顔を上げて太郎を見る。

 今度は視線に険がなかった。

 この教室に入ってから、生徒教師を問わず、学校関係者を有象無象ではなく個人としてきちんと見たのは、きっとこれが初めてに違いない。


 「あなた、名前は?」

「ぼくですか。穂村太郎です」

「太郎ね」

いきなり名前呼びである。

 しかもことりよりさらに踏み込んで呼び捨てだ。

「……ねえ、ちょっと話聞いてもらえるかしら?」

思い切って言ってみた、という体の藤木だったが、太郎の返事は「あ、いまは無理です」であった。


 「おい太郎」

 隠れもない可憐な美少女の口から即座に出てくるのが「おい」というのはどうなんだ? と太郎は顔をしかめる。

 これが芸能人の流儀なのだろうか? 初日の挨拶のときには、見た目のイメージどおりのしとやかな言葉使いであった。

 ということは、あれは演技というか、アイドルとしての挨拶であって、こちらが彼女の素なのかな? と太郎は頭の隅で考える。


「さっき説明したとおり、ぼくはこのノートを取りに来ただけです。これから理科室へ行かなくてはなりませんから、話を聞いている時間が無いんです」

「あたしがお願いしてるのに?」

いつの間にか、一人称まで変わっている。

 藤木は両手を胸の前で重ね、上目遣い気味に太郎を見つめた。

 その完璧に整えられた切なげな表情は、雑誌のグラビアを見ているようだった。しかし太郎は即答する。

「誰のお願いでもダメです。授業があります」

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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