第51話
自宅の方向が異なる佳子だけが校門で別れ、後の三人は家路を歩きながら残った一人の人選を相談していた。
「誰が良いかなぁ……」
「難しいよね」
なかなか、ぱっと妙案は出てこない。
班の人数は五、六人とされているだけで、六人いなければならないという決まりはない。
しかし、もしここで太郎たちの班が五人になってしまうと、クラスとしては七人の班をひとつ作るか、六人にできる人数がいるのに、わざわざ同じ五人の班をたくさん作らなければ、人数が余ってしまうのだった。
それはいかにも不自然であろう。
「条件としては……男子で、外山君と同じ班であることを承知してもらえて、そのうえでほかにもっと班を組みたい仲良しのグループのない人、ていうのが理想なんだけど」
「そんな都合の良い人、いる?」
「……いないよねぇ」
外山の脅威は、女子よりも男子でより顕著に意識されている。
直接に暴力の被害に遭う可能性が高いからだ。
さらに、四月に起こした英語の真中との一件は、いまだにクラス内での記憶が新しく、外山の危険性を皆が身近に感じている大きな理由のひとつとなっていた。
そんな状況で、仲の良いクラスメートとの班を蹴ってまで、外山と同じ班を承知してくれる生徒がいるとは考えにくい。
「なんかこっちの班に入ることで、外山君のいるデメリットよりも、ほかにメリットを感じてもらえる理由でもあればいいのかなぁ」
「え、なに? もしかしてこの班だと、内申点上がったりするの?」
「……無理だろうね」
「ちぇ!」
真理が淡い期待を口にするが、一瞬で霧散させられがっかりした表情になる。
が、すぐにはっと何か思いついたように顔を上げた。
「メリットのある人よね。あ、いるかも」
「?」
「何か思いついたの、真理」
「うーん。しかしなぁ……」
「何よ。はっきり言いなよ」
「うん。まあ……一人、思いつかないこともないの」
「誰?」
太郞とことりが真理の返答を待つ。
「加藤君。加藤慎一君」
「あ、卓球部だった加藤君?」
「そう。その加藤君」
お調子者で、よくしゃべる加藤は、授業以外の時間では教室の中でわりに目立つ存在だ。
友達も多く、太郞と違って一人でいることなどはめったにない。
喧嘩に関してはあまり強そうに見えず、外山とうまくやれるようなタイプと思えないのだが、なぜここで加藤なのだろう? と太郞は不思議に思う。
「まあ、外山君がいても平気かっていうと、あんまり平気ではなさそうなんだけどさ」
ちょっと思わせぶりに真理が説明する。
「加藤君、佳子と幼馴染なのよね」
「え! そうなの? 知らなかった」
ことりが驚いた声を出す。
「うん、確か家がお隣りなのよ。だいたい同じ時期に家建てたご両親同士が仲良くて、二人は同じ年に生まれているし、保育園も最寄りの同じとこだし、お互いの家で預けたり預かったり、小さい頃はずっと一緒にいたみたいよ」
「へぇ~」
太郞にもことりにも、そうした同級生というのはいなかった。
ことりは「なんかいいなぁ、そういうの」とほんわかした表情でうらやましがる。
「いやぁ、佳子に言わせると、そんな甘酸っぱいもんじゃないよ、だそうだけどね。よく喧嘩もしたっていうしさ、お互いの最後のおねしょがいつだったかを知ってるのがそばにいたって、嬉しくもなんともないとか」
「あはは、そういうものかしら」
「大きくなるにつれてだんだんとそれぞれに友達ができて、中学入るだいぶ前から、そこまでベタベタした間柄では無くなっちゃった、ってことなんだけどさ。最近はたぶん、そんな幼馴染だってことをむしろ周りに知られないためなんじゃないかしら、あまり学校ではしゃべらないようにしてるみたいよ」
「ふぅん、なんだかもったいないような」
ことりの感想に、真理は肩をすくめる。
「周りのイメージで、勝手にくっついて当たり前なんて考えて欲しくないってことなんじゃないかしらね。幼馴染は幼馴染。いつまでも一緒に育つわけじゃないの、とかさ」
そう言われれば、確かに幼馴染だからいつまでも仲良しでなければいけない、といった決まりはないだろう。
男女の区別が大きくない幼少期と、それ以降とでは、付き合い方も変わって当たり前と言えた。
「それで、どうして加藤君を?」
太郞が口を挟む。
いまはそれほど仲が近くない幼馴染であるなら、なぜ真理は名前を挙げたのだろう。
「うん。佳子はそんな感じでかなりドライに思えるんだけどさ。たぶんね、加藤君は、いまでも佳子のことを気にしてると思う」
「ええ?」
またことりのびっくりした声。
「どういうこと? それ」
「佳子のほうがそういう調子だから、加藤君もあえて幼馴染っぽい振る舞いは避けてると思うんだけど、でも加藤君自身は、そこまで佳子と距離を置きたいと思ってないんじゃないかなぁ」
「どうしてそう思うの?」
「女のカン」
自信満々で言い放つ真理に、ことりが思わず吹き出す。
「何それ、いい加減だなぁ」
「おおとりこそ何言ってんのよ? 加藤君がときどきちらっと佳子の方に送る視線とか、球技大会のときの佳子の出番を見守る姿の雰囲気とか、休み時間に背中で佳子の話に聞き耳立ててる気配とか、気にしてるのがもうバレバレって感じなのに、気づいてないほうが鈍感じゃない? 佳子はわざと気づかないようにしてるんだろうけど、おおとりのアンテナの感度が女子としたら低すぎると思うよ?」
思わぬ真理のカウンター攻撃に、ことりは絶句した。
かなりショックを受けたようで、その場で棒立ちになって止まってしまう。
それに気づかず進んだ太郞が、二、三歩先で慌てて足を止めて振り返った。
「わたし……感度低いの……かな?」
おそるおそる訊いたことりに、真理は黙って大きく首肯する。
すがるような目で太郞へと視線を移したことりに、太郞は小さくぷるぷると首を横に振るしかなかったが、これは「違うよ」ではなく「わからない」である。
太郞にとっては、ことりのカンは決してバカにならない、いやそれどころかかなり危険な代物であったため、ことりの一般的なアンテナ感度が低いのかどうかは判別できないのだ。
しかしことりは二人の反応を見ると、絶望的な表情でがっくりと首を落とした。
そんなことりを放置して、真理は太郞に向き直る。
「だからね、加藤君なら佳子が外山君のいる班に入ると知ったら、心配して同じ班に来てくれるんじゃないかな、と思うんだ」
なるほど、と太郞は思う。
加藤の心配を盾に取るというやり方にはいささか心苦しくもあるが、それがほんとうなら班のメンバー入りを承知してもらえるかもしれない。
「でも、そうすると須藤さんはどうなのかな? 加藤君が同じ班に来て、喜んでくれるだろうか?」
「あ、それは心配しなくていいわ」
太郞の懸念に対し、真理がまた自信たっぷりに答える。
「間違いなく佳子は不機嫌になると思うから」
「え!」
太郞は思わず佳子の顔を見返した。
「それ、まずくないの?」
「大丈夫よ! だってそんなのツンデレに決まってるでしょ。内心嬉しいのに、素直に嬉しいって言えないから不機嫌なフリをするだけだって」
満面の笑みで主張する真理に、太郞は却って迷いが大きくなる。
……ほんとうだろうか?
真理の言葉をそのまま信じていいのか。
太郞には判断が難しかった。
が、頼みのことりはしょげたままで、いまの話を聞いていたかどうかもわからない。
しかし、人選の面では加藤以外にいまのところ候補がいるとも思えなかったので、とりあえずは明日、学校で彼に打診をしてみようと太郞は考える。
「あれ? じゃあ高野さんが加藤君の名前出すのにちょっと躊躇ったのはなんで? 何が問題なのかわからないんだけど」
「あ、それ?」
途端に真理が、笑顔からちょっと不服そうな表情になった。
「だってさー。もし加藤君が班に入ってくれたら、佳子とペアになるでしょ。で、おおとりは言わずもがな穂村君とだし。あたしだけ余っちゃうじゃなーい。さすがに余り物同士で外山君とかやだからね」
班行動中のカップリングを考えていたのか。太郞は呆れと安堵の吐息とともに言った。
「……その心配は要らないと思うよ」
「えー? そうなの? つまんなーい」
いやつまんなくないから。
学校行事の最中にことりとカップルで行動するなど、太郞にはハードルの高すぎる話だ。
そんなことにはならないから、真理は安心していい、と太郎はまだしょげていることりを眺めて思った。
翌日の休み時間、太郞は加藤に「ちょっといいかな」と声をかけて、廊下の隅の方へ連れ出した。
「なんだ、珍しいな。穂村からおれに内緒話か?」
「まあそんなとこ」
「へぇ、なんだろう。悩み相談なら少なくとも勉強の話じゃなさそうだ」
うん、それはないと太郞も思う。加藤の成績はクラスの平均以下である。
「あのね、修学旅行の班のことなんだけど」
太郞は、五十嵐から頼まれて外山と同じ班を任されたことを話した。
そこまでは加藤も面白そうに、かつ太郞の境遇に同情する表情で聞いていたのだが、太郞がことりたち女子の三人グループを誘ったことを告げると、にわかに表情が強ばった。
「お……おまえ、まさか! よっ……須藤を引き込んだ、のか?」
うん、と太郞は頷いた。
「待てよ、おい!」
叫ぶなり、加藤は泡を食って太郞の両肩を手で掴んできた。
避けようと思えば軽く避けられたが、太郞はされるがままに詰め寄られる。
「なんでそんなこと!」
「なんでって……必要だったから。三人とも、入ってくれるって」
「ふざけんな!」
加藤がこんなにも怒りをあらわにするところを、太郞は初めて目にした。
普段おちゃらけて話すことが多く、人を笑わせる話がうまい……というか、本人にその意志がなくとも天然で笑われてしまうことの多い加藤であった。
ふざけすぎて相手を怒らせることはあっても、加藤自身が誰かに向かって怒っているところは見たことがない。
「ふざけてはいない。須藤さんの意志で了解してくれた」
「なんっ……!」
加藤が言葉に詰まる。
怒りにまかせて迫っても、そこから相手を殴ったりする気はないらしい。
そりゃみんながみんな、外山や三宮のような暴力上等主義ではないのだよな、と太郞はどこかピントのずれた思いを抱える。
加藤は太郞に詰め寄ったまま、怒りの表情からだんだんと辛そうな顔に変わっていった。
やがて食いしばった歯の奥から、彼は決心を絞り出す。
「止めさせる」
「えっ?」
「須藤に、おまえと同じ班になることを止めさせる」
「ええっ?」
太郞は驚いて加藤を見つめた。
「外山と同じ班で東京なんて、そんな危ないマネをあいつにさせるわけにはいかない。おれが説得する」
「えええっ?」
それは困る、と太郎は思ったが、止める間もなく加藤は教室にとって返し、クラスメートと話し中であった佳子の手首を掴むと、「え?」「なに?」と困惑と抗議の声を上げる相手に有無を言わせず、廊下にまで連れ出した。
「ちょっと、痛いから放して! 何よ急に、止めてよ!」
文句を言う佳子だが、なぜかやや声が小さい。男子相手のやりとりに口で負けたことがない、いつもの佳子の勢いではなかった。
「な……なんなのよ、いったい?」
佳子を太郞の前まで連れてくると、加藤はやっと手を放し、太郞を親指で指しながら言った。
「修学旅行の班の話、聞いたぞ」
「あっ……」
一瞬、虚を突かれた表情になった佳子は、だがすぐに落着きを取り戻し、腕組みすると半目になって逆に加藤を睨んだ。
「外山と一緒の班なんてダメだ。すぐ断われ」
いつになく厳しい口調の加藤に対し、佳子はちょっと間を置いて低い声を返す。
「……何の権利があって、あんたがあたしに指図するわけ?」
「権利とかそういう話じゃない。外山がどんだけ危ない奴だかわかってんのか。学校の中なら女子がとばっちりを喰うことはないかもしれないが、東京であいつが好きに暴れたら、同じ班のメンバーがどんな目に遭うかなんて、わかったモンじゃないんだぞ?」
「わ、わかってるわよ、そんなの」
「わかってないから言ってるんだよ!」
二人はそこで睨み合う。太郞は割り込むことができず、ただ二人のやりとりを見守っていた。
「わかってないって……じゃあ、あんたは何がわかってるってのよ」
「外山がどれだけ迷惑な奴かってことなら、よっちの何倍もわかってるよ!」
「ちょ! ……止めてよ学校でよっちとか! 何言ってんのよ」
口論のさなか、いきなり佳子が顔を赤くしてあたふたと慌て出す。
それを見た加藤も、どうやら自分の失言に気がついたらしい。あ、と言って口を押さえながら、太郎の方を盗み見た。
太郞はきわめてぎごちない作り笑いで返す。
「えっと……佳子さんで……よっち?」
すかさず二人から、揃って声にならない悲鳴が上がる。
「ばかばかばか! あんたってほんとうにばかよね!」
「ごめん、すまん、つい……。ほ、穂村、できたらいまのは忘れてくれると……」
「忘れてもいいんだけどさ」
「うん?」
絶え間なく罵倒を続ける佳子から逃れるように、加藤が太郎の方へにじり寄る。
「加藤君も、うちの班に入ってくれない?」
「……えっ?」
加藤はぽかんと口を開けた。
それを見た佳子が、罵るのを止めて黙る。
太郞は加藤に向かって話しかけた。
「加藤君が、須藤さんを本気で心配してるのはよくわかったからさ。一緒の班で、一番近くで守ってあげたらどうかな?」
流れに任せて、太郞は提案してみた。
「ちょ! ちょっと穂村君? あああああなたまで何言っちゃってんの?」
「おおお、おれは心配なんてそんなわけじゃ……ええ? 守る? おれが?」
今度の二人はそれぞれに混乱して支離滅裂なことを口走りながら、またそれぞれに太郞へ詰め寄ってきた。
逃げられるよりこの方が助かるな、と思いながら、太郞は続ける。
「外山君のことは、ぼくができるかぎり気をつける。絶対にとは言えないけど、周りに迷惑なことはさせないように努力するよ。でも、どうしても無理ってときもあるかもしれない。そういうときのために、加藤君が同じ班にいてくれると、助かると思うんだ」
「お、おれがぁ? いやだって、おれ外山の相手なんて絶対無理……」
「うん、それはわかってるから」
太郞よりはよほど平均サイズの体格だが、それでも加藤が外山に立ち向かったら、それこそ一発K.O.されて終わりであろう。
「加藤君は、須藤さんを守ることだけ考えていればいいと思うよ」
「守る……おれが……」
考えようによっては、かなり失礼なことを言ってしまったかなと太郞は頭の隅で考えた。
しかし、加藤にはとくに腹を立てた様子は感じ取れない。
いまは太郞の提案を、ちゃんと思案しているように見える。
冷静に考えれば、佳子を班から抜けさせた方が確実に安全であるはずだ。
うまく論点をずらされたことに気づいていないのか、あるいは自身が佳子を守るというキーワードに、何やら響くところでもあったのかもしれない。
「うん……むしろ近くの方が……そうか」
加藤が小さく呟く。
「……もともと今日の話は、加藤君に班のメンバー入りをお願いできないかと訊くつもりだったんだ。そのまえに須藤さん引っ張って来られちゃって、ちょっと話がおかしくなったんだけど……。どうかな? 考えてもらえる?」
言われて自分の勇み足に気づき、加藤は赤くなりながらちらりと佳子の方を窺っている。
佳子はそんな加藤を迷惑そうに半目で睨みつつ、それでもどこかちょっと期待しているような雰囲気で、返事を待っていた。
「わかったよ。入ってもいい」
ややあって、加藤が小さく答える。
「ほんと?」
太郞が思わず声を上げると、佳子も一瞬だけ笑顔になり、それに自分で気づいて慌てて仏頂面に戻していた。
おかげで加藤には笑顔の瞬間を目撃されずに済んだようだ。
そのまま笑っててあげたらいいのにな、と思いながら太郎は二人を交互に眺めた。
「見た? おおとり」
真理がことりを横目に見ながら言う。
「ん? なにを」
「あれが、『痴話喧嘩』よ」
ことりと真理は、太郞を介した加藤と佳子のやりとりを、廊下側にある教室の窓から並んで眺めていた。
ちょっと距離があるので、話の中身が全部聞こえるわけではないが、雰囲気は十分伝わる。
真理が痴話喧嘩と言ったときに太郞が軽くむせたのが見え、そうか、太郞にはこっちの話が聞こえているのだなとわかった。
ともあれ、どうやら外山と班を組むことになる五名は確定したようだ。
そっと教室側を振り返ると、当の外山は机に突っ伏していびきをかいていた。
それだけ見ていると、ライオンだとかトラといった大型の肉食獣が寝ているような雰囲気がある。
(心配がなくなるわけじゃないけど……まあ、太郞ちゃんいるなら大丈夫よね、きっと)
ことりは教室へ戻ってくる太郎たちに向かって、ひらひらと手を振った。
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