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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第45話

 午前中をずっと学習室で過ごし、ことりと真理は自分たちでもびっくりするほど、滞った宿題を進めることができた。

 ここでいったんお昼休憩を、ということになり、太郎が立ち上がる。

「ねえ、でもこの部屋は飲食禁止よね?」

「うん。まあ実際にはペットボトルや水筒くらいなら、机に出してても黙認されてるけどね。食事してたらさすがに怒られちゃうね」

「どうするの?」

「一階に飲食エリアがあるから、そっちへ行こう」

お昼には、三人がそれぞれ弁当を持参している。


 「え、でもそうしたら、このテーブル他の人に使われちゃったりしないの?」

せっかく席を確保したのに、と真理が心配そうに言った。

「そのために、あれがあるよ」

あれ、と言われた方を見ると、部屋の隅の長机に、『使用中』と書かれた置き札がいくつも並べてあった。

 太郎がそのひとつを持ってきて、丸テーブルの真ん中に置いた。

「お昼の十二時から一時半までだけ、これで机をキープできる」

「へぇ」

「面白―い」

「一時半過ぎてもそのままだと、片付けられて空き机扱いになっちゃうけどね」

なるほど、と思いながら、ことりたちは学習室を出て、階下に向かった。


 飲食エリアはそれなりに賑わっていたが、まだ空席がかなり残っていた。

 図書館の売店はフード類があまり充実しておらず、弁当持ち込みの人はともかく、ここで食事をするなら外へ行く人の方が多いようだった。

 適当な席について、三人は荷物から弁当を出した。

「あの、ね。これ、よかったら」

ことりは自分の弁当以外に包みをひとつ取り出し、おずおずと太郎のほうへ差し出した。

「あ、あたしもあたしも。はい」

真理も同じように包みを太郎へ押し出す。


 「え、これ……?」

戸惑う太郎に、ことりが「今日のお礼みたいなもの」と答える。

 ことりと真理は、太郎が勉強を見てくれると決まったときに、お昼をお礼代わりに用意しよう、と示し合わせたのだった。

「食べてもらえると嬉しいかな」

「あ、ありがとう」

太郎がちょっと赤くなったのがわかった。

「あたしが作ったわけじゃないんだけどねー」

と真理は屈託なく笑う。


 「うちのお母さんのだから、むしろ味はあたしが作るより保証できるわ」

それは自慢することか? と思いながらことりは太郎に言った。

「わたしのほうは……ちょっとだけ、わたしの作ったのも入ってる」

「わぁ!」

太郎より真理が先に反応する。

「え、どれどれ? おおとりが作ったやつ」

「やだ、恥ずかしいから教えない!」

今朝、一緒に勉強する友達のぶんも弁当持っていきたいから手伝って、とことりが頼むと、母の紗英は大きく目を見開いたが、何も言わずに一緒に用意をしてくれた。

 ただしことりを送り出すときの顔は、あとでいろいろ訊くわよ、という雰囲気を漂わせていて、ちょっと怖かった。


 結局太郎の前には、太郎が自分の母親に作ってもらったものも入れて三つの弁当が並ぶ。

 普段学校で給食を食べる姿しか見ていない真理は、太郎の食事量を知らない。

 さすがに三人前……というか、太郎の持参した弁当はどう考えても二人前以上のボリュームがあり、いくら食べ盛りと言っても、小柄な太郎がこれらを全部食べきるのは無理ではないのか、と思えた。

「じゃあ、いただきます」

「いただきまーす」

ところがいざ食べ始めると、太郎は淡々と目の前の弁当を平らげていく。


 とくにがっついているとか、早食いというわけではないのだが、同じペースでどんどん弁当の中身が太郎のお腹に収まっていくのだ。

 それは見ていてちょっと不思議な光景であった。

 ことりは既に亜佳音の家で見ているのでわかっていたが、真理は途中から自分の弁当を食べることも忘れてしまうほど、目を丸くして太郎の食べる姿を見ていた。

「すっご……全部入っちゃった」

「ごちそうさまでした。美味しかったです」


 最後に手を合わせると、太郎は「ちょっと洗ってくるね」と空になった三つの弁当箱を持って、エリアの端にある流しの方へ向かった。

 まだ食べ終えていなかったことりは、太郎の背中を見ながら「そのままで良いのに」と言っていたが、真理もようやく自分の弁当のことを思い出して箸を動かし始めた。

「……知らなかった。穂村君てあんなにたくさん食べられるんだ」

「あ、そうね。見かけによらず、よく食べるよね」

頷くことりに、真理は食べながら「ふーん」という視線を向ける。


 ことりはいまの太郎を見ても驚いていない。

 つまり、太郎があれだけの量を食べられると既に知っていたわけだ。

 そもそも、太郎のための弁当をそれぞれが用意しない? と言われたときに気づくべきだった。

 その時点で、もし太郎が弁当を持参しなかったとしても、二つは太郎の前に並ぶことになる。

 相手は男の子だとはいえ、あの体格の太郎であるから、普通に考えればひとつあったら十分だろう。

 ことりは太郎が二つとも、いやそれ以上に食べるに違いないと考えたうえでの提案だったことになる。

 これは思っていたより、二人の仲は既に深いぞ? と真理は、カナダから帰ってくる佳子への報告事項が増えたことを喜んだ。


 三人がいるのは東部中の校区内にある図書館である。

 利用者には東部中の生徒が少なくない。

 この日、学習室にはもう一人、東部中三年生の川原(かわはら)史武(ふみたけ)がいた。

 川原の家には兄弟が三人おり、史武と違って兄と弟は、勉強より運動の得意なタイプである。

 活発な二人の間に挟まれた次男の史武は、家ではなかなか落ち着いて勉強させてもらえないため、しばしば図書館に逃げてきていた。

 今日も学習室の一人用ブースを早々に確保して宿題を進めていると、入り口で大きな声を出した女子がいて、ついそちらを睨んでしまったのだが、その後ろから一緒に現れた背の高い連れを見て目を疑った。


 (せ、世羅さん……?)

私服姿を見るのは初めてなので、一瞬見間違いかとも思ったが、間違いではない。

 この間まで女子バスケ部の主将であった世羅ことりがそこにいた。

(な……なんで? 図書館になんて来る人だっけ)

史武の心拍数が一気に跳ね上がる。

 もともと運動の得意でない史武は、それでも半ば兄弟への意地で部活動は運動部のバレー部を選んでいた。

 なぜバレーボールかといえば、単純に兄も弟もやっていなかったからである。


 それなら二人と比べられなくて済む。

 別に好きでもなんでもないスポーツで、長続きするのか史武自身も不安ではあった。

 しかし公立校にはありがちな、顧問の教師が惰性で指導する部であったため、特段の厳しい練習もきつい締め付けもなく、先輩も穏やかな人ばかりで嫌気がさすような目にも遭わず、無事三年間を全うすることができた。

 残念ながら一度もレギュラーに選ばれることはなかったが、それでも未経験者よりは上手くなれた自覚はあったし、継続できたことで自信もついた。

 さらにバレー部を辞めないでいられた大きな理由のひとつが、同じく体育館を使う女子バスケ部のことりであったのだ。


 バレー部の練習に出ている限り、体育館の中のことりと同じ空間で過ごすことができる。

 あいにく三年生になっても最後までことりと同じクラスにはなれなかったので、練習の合間にことりの姿を目で追うだけで、史武はバレーボールを選んでよかったと思ったものだった。

 ことりと一緒にいる大声の主は、よく見れば東部中の同学年で、ソフトボール部の前エースだった。

 名前は……確か高野といったか。

 二人で勉強にでも来たのかと思いきや、丸テーブルで合流した相手を見て、史武は危うく声を上げるところだった。


 (あれ、まさか穂村か! 学習室にいたの、全然気づかなかった……)

太郎とは、一年生のときにクラスが同じだった。

 運動はいまいちでも勉強なら得意、クラスで一番を狙ってやると考えていた史武だが、結局一年間で太郎より上の成績を取ったテストは一回もなかった。

 というより、太郎がクラスどころか学年で常にトップを維持し続けたので、当然クラスのトップも太郎がその座を譲らなかったのだ。

 二年生以降でクラスが分かれてからも、教科別なら太郎よりよい点を取ったことはあったが、総合点で勝てたことは一度もない。

 史武にとって、多分にプライドを傷つけられてきた相手であった。


 (穂村……そうか、二組でいま世羅さんと同じクラス……それにしても、図書館で一緒に勉強だと? 何だよ、くそっ)

 むかっ腹が立ってきて、史武は見つからないようにこっそりと太郎をブースの陰から睨み付ける。

 連休明けの衝撃からあと、例え本人たちがどれだけ否定しようと、三年二組内では太郎とことりは既にクラス公認の仲である。

 無関心な者を除き、大方は二人の成り行きを生暖かい目で見守っていて、表立って邪魔しようとする者はもはやいない。

 とくに、先生も手を焼く()()外山から一目置かれる存在となった太郎に対して、何かちょっかいを出そうという強者は誰も現れなかった。


 ところが、学外まで瞬く間に拡散した外山敗北のニュースと異なり、太郎とことりの仲はほぼ二組内限定のゴシップネタに留まっていた。

 そのため、五組の史武の耳には入っていなかったのである。

(穂村のやつ……あんなちっちゃいくせに、なんで世羅さんと……おれの方がまだ背は高いってのに)

歯噛みしながら考える史武自身も、太郎より高いとはいえ、まだことりの身長には大きく負けている。

 それに、丸テーブルには真理も一緒である。

 悔しさとうらやましさで、太郎とことりの組み合わせにしか目が行かなくなり、視野が狭まっていることに、史武は気づいていない。


 同じ部屋に太郎とことりがいたせいで、午前中はいつもより集中できず宿題があまりはかどらなかった。

 昼休みでちょっと気分を切り替えようと飲食スペースに来ていた史武は、そこにも太郎たち三人が現れたのでぎょっとなった。

 考えてみれば太郎たちが史武を追いかけてくるわけはなく、一日図書館で過ごそうとするなら、ここで昼食にすることくらい誰でも思いつくことであり、何もおかしくはない。

 しかし史武にとっては、午前中のいらいらをなお増幅される思いで、かなり神経を昂ぶらせることになった。


 そして史武を一段と憤激させたのが、ことりから太郎にお弁当を差し出されたことだった。

 場所が離れていて声までは聞こえないので、それがことりの手作りかどうかは史武にはわからない。

 その次には真理が弁当を渡していたことも、目に映ってはいた。

 しかしいまの史武には、「ことりの手作り弁当を食べる太郎」としてしか見ることができず、ましていま自分がお昼として食べているのは売店で買った菓子パンである、という彼我の差もあいまって、パンの味がわからなくなるほどに腹を立てていた。


 (くそっ、あのやろう……なんであいつなんだ。なんで……)

嫉妬するみじめさに、いっそ涙が浮かんできそうだった。

 やがて史武はふと、弁当を食べ終えた太郎が席を立ち、自分の方に向かって歩いてくるのに気がついた。

 まさか睨んでいたのに感づかれた? と焦ったが、太郎の持つ空になったと見える三つの弁当箱に目が行く。

 飲食スペースに設置された流しは、ちょうど自分のいるテーブルの裏手である。用があるのは自分ではなく流しの方か、と胸をなで下ろした。

 そこで安心した史武に、急にむくむくと悪意が湧き起こったのである。


 (……穂村のくせに生意気なんだよ。世羅さんの前で、みっともなく転んでしまえ)

太郎が運動を苦手としているのは知っていた。

 足は遅く力は弱く、球技も下手。

 一年生のときのクラス対抗球技大会で、九人制バレーボールに出た太郎の顔面レシーブは、いまだに当時のクラスメートの間で語り草となっている。

 史武自身もバレー以外の球技は決して上手くできるわけではなかったが、運動部に所属していただけあって太郎よりは身体が動く。


 太郎を含め、あの三人とは今日、一度も目を合わせていない。

 さいわい、太郎は自分のことに気がついていないようだった。

 間合いを計って、史武はそばを通る太郎に向かい、さっと足を伸ばす。

 太郎の足を引っかけようとしたのだ。

 わざとと悟られないよう、顔はあさっての方を向いていたが、完璧なタイミングであったはずだ。

「……えっ?」

しかし、いつまで待っても足に何かが当たる感触はなかった。

 驚いて振り向くと、太郎は既に流しに立って、空になった弁当箱を洗い始めている。


 (……なんで? いまので足に触らないなんて、そんなはずは)

太郎の方を見ていなかったので、何が起きたのかがわからない。

 しかし、転ぶはずの太郎は何事もなく流しにいた。

 それは紛れもない事実である。

(くそっ、失敗か。よくわからないが、ダメだったのなら、もう一度だ!)

史武は復路に雪辱を誓った。

 とはいえ、さすがにまじまじと相手を見つめるわけにもいかず、太郎の洗い終わったタイミングを逃さないよう、水音に注意深く耳をそば立てて、戻ってくるのを待つ。


 (まだか? まだか?)

じりじりとしながら待ち続け、ようやく太郎が戻る気配を感じ取ったために、今度はなりふり構わずしっかりと足下を見ながら、その足に狙いを定めた。

(来た! よし、いまだ!)

今度こそ、間違いなく引っかけられるという瞬間に、史武は蹴り出す勢いで足を伸ばした。

 しかしその足は、またも太郎の足に触れることはなかったのである。

(なっ……?)

史武は注意深く太郎の足を見ていた。

 しかし、何が起こったのかは、見えなかった。

 史武の目には、太郎の足がすり抜けたようにしか映らなかったからだ。

 幽霊ではあるまいし、足が足を通り抜けられるわけはない。

 そうとしか見えないほどの素早くなめらかな動きで、太郎は史武の足を避けたのに違いなかった。


 (そ、そんなこと……穂村なんかにできるはずが……?)

あらかじめ史武がどう足を出すか、どのタイミングで出すのかをわかっていたとでもいうように、まったく不自然さを感じさせない足運びで避けていく。

 そんなことが、どんな相手なら可能だというのか。

 一流のアスリート? 

 達人クラスの武術家? 

 わからない。わからないが、少なくとも常人にたやすくできることではないだろう。


 そこで史武は、しばらく前に聞いた、太郎に関する噂話を思い出した。

 東部中で最も喧嘩が強いといわれた外山を病院送りにしたという話。

 そして、伝説の喧嘩屋と呼ばれた暴走族上がりの先輩を、ワンパンでノックアウトしたという話。

 どちらも話としては面白かったが、なまじ太郎のことを直接知っているだけに、あまりにも信憑性がなくて、はじめから嘘かホラ話、でなければ人違いだろうと決め付けていた。


 (まさか……まさかあれ、実話だってのか? 嘘だろ……?)

 ごくりとつばを飲み込み、史武が顔を上げたのは、ちょうどことりたちのいるテーブルに太郎が戻ったときだった。

 椅子に座る間際、太郎がチラリと、ほんの一瞬だけだが確かに史武を見た。

(ば、ばれてる……)

間違いない。

 自分が転ばせようとして足を出したことを、太郎は知っている。

 ぞわわっと背筋に冷たいものが走った。

 史武は残ったパンを急いで口に詰め込むと、慌てて席を立ち、飲食スペースから逃げるように出て行った。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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