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【本編完結】ある朝いきなり超人に? それでも太郎は普通の中学生活を送りたい  作者: トオル.T
本編

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第36話

 太郎が体育館へ引き返す道を歩いていると、先の方に一人、同世代の少年が立っているのに気づいた。

 既に夕暮れの時間帯で、その顔は見づらくなっていたが、太郎は夜目も利く。

 誰なのかはすぐにわかった。

「やあ」

反町圭吾が、まるで前からの知り合いといった気安さで、太郎に声をかけてきた。

「戻ってくると思ってたよ」

太郎は若干警戒気味に反町を見た。

「……さっきもそこで会ったね。きみ一人? ぼくに何か用?」

反町はにっと笑って応える。

「マイケルなら先に帰ったよ。そう、おれはきみに用がある」


 三宮の取り巻きの一人だった大柄な少年がマイケルというのだろう。

 さっきもこの少年がそう呼び掛けていた。

 確かに黒人の血が入っているのは見れば明らかだったので、ニックネームではなく本名なんだろうなと太郎は考えた。

 ただ、こちらの少年と会ったのは今日が初めてのはずだ。

「穂村君、でいいんだよね?」

反町の問いに、太郎は小さく頷く。もはや初対面の相手に名前が知られていても驚かなくなった。

「おれは中部中三年の反町圭吾。マイケルの友達。みんなは圭吾って呼ぶから、圭吾でいいよ」

さて、初対面で待ち伏せするような人物が友達扱いを主張するってのはありなのか? 

 あの不良と友達ということは、この見た目普通の少年も、実は喧嘩大好きな不良グループの一員なのだろうか。


 いきなり殴りかかってくるような相手には見えないし、仮に不意を突かれても対処はできると考えたが、警戒の緩められない太郎は、あえて反町の申し出を無視して言った。

「反町君。で、きみの用ってのは何? あと、妙なこと言っていたね。戻ってくると思ってた、てどういう意味かな?」

「ちぇ。カタいなぁ。圭吾で良いのに。まあいいや、きみの『気』が、歩いて行く方向と逆に向いてたからね、何か体育館に気がかりが残ってたんじゃないかな? だから、もしかしたら引き返してくるんじゃないかと思って、待ってたんだ」

太郎の目が少しだけ見開かれた。太郎が体育館のことりを気にしながら歩いていたのはその通りである。  

 しかし、それがこの反町という少年にはわかったというのだろうか。いったいどうやったらそんなことが可能なのか?


 「ね、穂村君」

「?」

「きみ、何者?」

またそれか、と太郎は嘆息する。あの誘拐犯にも訊かれたが、どう答えろというのだろう。

 宇宙人に作られたナノマシン集合体です、と正直に答えれば気が済むのか。

 頭のおかしい相手と思われるか、からかっていると腹を立てられるのが関の山だろう。……そう考えると、そういえばすぐに信じたことりの思考はどうなっているのかな? とあらためて不思議ではある。

「……ただの中学生。それ以外の何に見える?」


 おそらく、あのマイケルとやらから三宮との喧嘩の様子でも聞いたのだろう。

 一撃で人間一人吹っ飛ばすのは確かに普通にできることではない。

 何者なんだと言いたくなるのはわかる。だが、どうも反町の反応はそういう伝聞からの疑問ではないようだった。

「いや、外見はそうなんだけど……おれ、中国拳法かじっててさ、相手の『気』が感じ取れるんだよね。きみの『気』は、とてもじゃないけどただの中学生なんて代物じゃない。いや、それどころか普通の人間のものじゃない」

話しながら反町が一歩近づいた。合わせて太郎が一歩下がる。

「すごく興味があるんだ」

「?」


 言っていることの意味はよくわからないが、まさか自分がナノマシン体であることを感じ取っている? 

 宇宙人は、地球の科学レベルでは普通の人間と区別などできないと自信をもっていたようだが……科学ではなく人類の能力で、それを区別できる人がいるというのだろうか。

 それとも、こいつもまた、結局は喧嘩を売ってくるための難癖か。太郎が警戒レベルを一段上げる。

「あの、さ」

反町がさらに近づく。太郎は近づかれまいと下がる。

「ちょっと……触ってみてもいいかな? つか、触らせてくんない?」

 

 反町の言葉にぞわぞわっと鳥肌が立つ思いで、太郎が大きく跳びすさった。

 え、なんだこいつ、なにかのフェチなのか。

 自分の身体に触って楽しいところなどないぞ? と太郎は反町を睨み付ける。逆に反町は、太郎が逃げたのに驚いた様子で、慌てて顔の前で手を振った。

「あ、ごめん違う違う。そういう意味じゃないよ! 誤解だよ誤解。触らなくても、『気』が重なる距離まで掌を近づけさせてくれればいいんだけど……ダメ?」

反町の言う『気』について太郎はまったく理解できていないが、よくよく表情を見れば、とりあえず敵意や害意はなさそうに見える。

 純粋に興味の目をしている感覚はあった。

 触りに来るのではなく、近づける程度なら大丈夫か、と太郎は落ち着きを取り戻す。

 妙なことを始めたら、そこから制圧してしまえば良いと考え、太郎は自分がずいぶんと暴力寄りの思考になった気がしてちょっと眉を寄せた。


 「よくわからないけど、その程度で良いなら……まあどうぞ」

太郎の返事に、反町は嬉しそうにいそいそと寄ってきた。

そうして「じゃあ、失礼して」と深呼吸したあと、右の掌を太郎の胸のあたりに添えるように近づけた。

 そうして……固まった。

「?」

太郎は反町の様子の変化に目を瞠る。

 反町の顔から笑みが消えた。

 代わりにどっと汗が吹き出して、唇がかすかに震えた。


 「な……なんだ、これは……なんなんだ」

反町の顔色が一気に青ざめて行く。

 目だけが見開かれて……この様子は、畏怖? 恐怖? 見ている太郎にも緊張が伝染する。

「あ……ああ。う、うわぁっ!」

ついに反町から悲鳴に近い声が上がる。

(あ……何かまずい、これ)

太郎の中で警報が鳴った。

 だが相手の動きを見ている限り、これといって何か技のモーションに入っている様子はない。

 右の掌が、ほとんど胸のあたりに触れる寸前の距離に置かれただけだ。

 しかしその右手が危険だと太郎の中の何かが告げる。

 と思う間に、かざされた反町の右手がぽん、と軽く太郎の身体に当たった。


 「うぐっ?」

その瞬間、触れた反町の右手を中心に、何か爆発物でも当てられたかのような強い衝撃が、太郎の体内を高速の波紋のように広がって行く。

 初めて受けるタイプの強烈なダメージだった。

「がは……っ!」

「えっ?」

一瞬、意識を失いかけた太郎は、ズザっと足を引きずりながら辛うじてその場を離れ、後退る。

 距離は取ったが、膝を突かないようこらえるのが精一杯だった。

 いま何かされたらまずいと焦ったものの、身体の自由が利かない。動けなかった。


 打撃を受けたと思うのだが、いったい何をされたのか、まったくわからなかったのだ。

 見たままであるなら、反町の右の掌が軽く太郎の胸のあたりを押さえただけである。

 たったそれだけで、ピストルの弾にも耐えるいまの太郎の身体に、はっきりと強いダメージを与えられるなど信じられない。

 太郎は懸命に追撃に備えようと、体勢を整えるべく踏ん張った……が、反町は追ってくるどころか、右手を前に出した姿勢のまま、ぽかんとしている。

 次いで、歯を食いしばってダメージに耐えている太郎の様子を見て取ると、反町はびっくりした顔で慌てだした。


 「あっ! ご、ごめん! まさかこんなことが……いやごめん! 穂村君、大丈夫?」

大丈夫なものか! と怒鳴りたかった。

 しかし声がうまく出せない。

 身体の中がぐちゃぐちゃにされた気がして、呼吸が戻ってきていない。

 太郎には反町を睨み付けることしかできなかった。

 反町が焦った様子で駆け寄ろうとする。

 そこへ両手を突き出して止めた。

 と同時に、必死になって呼気を絞り出す。

「来るな! ぼくに……触るな!」

びくっとして反町が止まる。その表情は顔面蒼白と言ってよかった。


 その間わずか数秒ではあったが、太郎の身体を構成するナノマシンたちはきちんと仕事をした。

 受けたダメージを急速に回復させ、太郎の身体を通常の状態まで戻したのである。

 ようやく身体が元に戻ったことを感じ、太郎はあらためて反町に対峙する。

「……いま、ぼくに何をした?」

「あ……あの……ご、ごめん、そんなつもりじゃ」

反町が狼狽している。

 その様子では、不可抗力か何かの事故であったのかもしれない、と太郎は思ったが、こちらの油断を誘う演技である可能性もあった。

 いずれにしても、もう一度いまの一撃を受けるわけにはいかない。


 「そんなもこんなもない。いま、きみは明確にぼくを攻撃したよね? 何をしたのかはわからないけど、ものすごい衝撃だったよ。もうきみに触れられるのはごめんだ。これ以上何かしようというなら、こちらも反撃するけど、いいか?」

全身に広がった破壊の衝撃。

 その威力たるや、もし太郎でなかったら即死していたかもしれないすさまじいものだった。

 こんな技を使ってくる相手では、こちらも遠慮していたらやられてしまう。

 太郎から真っ直ぐ敵意の視線を向けられて、反町はますます狼狽した。

 これが演技ならたいしたものだ、と太郎は冷静に相手を見つめる。


 「あ……いや、あの……その……」

次に反町が向かってきたら、こちらに触れる前に一発で無力化する。そのつもりで太郎は方策を考えて待った。

 ところがその直後の反町の行動は、完全に太郎の予想を超えていた。

「ごめん!」

叫ぶなり、反町は額を地面に打ち付けて、その場に土下座したのだった。

「……は?」


 太郎は、反町と近くのベンチに座っていた。

 反町の額には、まだ血がにじんでいる。

 土下座で地面に打ち付けた痕である。

 人が土下座するところを、太郎は生まれて初めて目にした。

 しかも自分に向かってだ。

 面食らい、一気に毒気を抜かれた。

 しばらくぽかんとその姿を眺めていたが、我に返ると逆に太郎が慌てることになった。

 たまたま人通りがないから良かったものの、こんなところを誰かに見られてはたまらない。

 おそらく反町が勝手に土下座したと思う人は少なく、太郎がやらせていると見られてしまうだろう。

 この往来で他人に土下座を強いるなんて、どんな鬼畜だよ? とあらぬ誤解を受けることになる。


 反町に敵意がないことを理解し、ひたすら謝り続ける相手を何とか引き起こして、ようやくベンチに落ち着いたところだったのである。

「ほんとうにごめん!」

「……いや、もうそれはいいから」

「でもごめん!」

「わかったから」

「そうは言っても」

「わかったって言ってるでしょ! もう謝らなくて良いから、何が起きたのかちゃんと教えてくれるかな」

太郎はため息を吐いた。


 太郎の怒りがどうやら収まったことを見て取り、さて何から話せば良いのかとしばし思案したあとで、ようよう反町が語り始めたのは、まず芹田に説明したような、反町なりの『気』についての話からだった。

 理解しがたい部分もあったが、反町の解釈を太郎は興味を持って聞いた。

 そうして、太郎自身の『気』の質について、ロボットに『気』があったらこんな感じ、という例えに「……うん、きっと合ってる」と内心深く頷いたのだった。

太郎が自分の話を「信じられない」などと否定しないことに気をよくして、反町は続ける。

「で。おれとしちゃ興味が湧いたから、もっときみの『気』について確かめてみたかったんだよ。一番簡単なのは、自分の『気』と重ねて取り込んでみることなんだ。それで、触れるくらいに近づかせてもらった」

なるほど、妙な趣味があったわけではないのだな、と太郎は思い込みを反省する。とはいえ、あの言い方はそっちが悪いよな、とも思う。


 「それで、触れてみてどうだったの?」

「いやそれが……」

反町はじっと太郎の方を見て口籠もる。

「なんて言うか、おれはほんのちょっと感触を得られれば良かったんだけど」

「うん?」

「きみの『気』が、思った以上に強大で、さらに異質だったんだよ。ちょっとだけ取り込もうと思ったのに、どんどんおれの方に流れ込んで来ちゃった。圧力が違うっていうかさ。うっかり高圧ノズルの口を開けちゃったような感じ? 

 しかも、きみのはおれが受け入れられる類いの『気』じゃなかった。なのに止められないんだ。いくらでも入ってきちゃう。いや焦ったよほんと。このままじゃおれのほうがすぐにパンクしちゃうと思って……」

「……?」

「弾き返そうとしたんだ」


 「……いまいちわからないんだけど」

「うん。さっき圧力と言ったけど、その例えで行くと、おれの側の圧力も相応に高めて、押し返す感じかな。『気』を練ることに関してはそれなりに稽古を頑張ってきたから、そりゃもう全力で。

 ただね、おれ、内功の技は、まだ自分の身体の中でしかコントロールできないんだ。練って循環させるのはできても、ちゃんと外に伝えたり、放出するとこまではまだ感覚がうまく掴めなくて。だから、一か八かで試してみた」

「試したって……何を?」


 反町の目が真剣味を帯びる。

「発勁」

太郎の目が見開かれた。その技って。

「……あるんだ? ほんとに」

「もちろんだよ!」

太郎の疑問に対して、反町が心外とばかりに声を上げる。

「いやこれもね、『気』の話のときに説明したとおり、体験したことのない人に正しく伝えることはできないから、おれがある、できるといったところで信じにくいとは思うよ。

 それにおれだって、他の人が発勁って言ってるものと、おれのやってる発勁が同じものかどうかはわからない。でも、技術としてはちゃんとあるし、やり方も知ってるんだ。……だけど、これまではまともにできたことがなかったんだよ」

「……」

「ただ今回は、それができなきゃおれの中に入り込んできたきみの『気』で、おれの方が大変なダメージを受けるのは確実だった。だから、入ってきたのを必死に押し戻すというか、はじき返すイメージでやってみたら……できたんだ、初めて」

「……いや、待って?」

「え?」

太郎の目付きがちょっと険しくなっていた。

お読みいただきありがとうございます。

週に1話ずつ更新します。

カクヨム様にも投稿しております。

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