第22話
「ぼくの身長! 返してぇぇぇっ!」
撃ち殺したと思った中学生が、いきなりそう叫ぶと、がばっと起き上がったので、城崎は自分の心臓が止まりそうになるほど驚いた。
(な、なんだ? なんであいつ生きてるんだ?)
相変わらず、身体は動かない。
声も出せない。
たまたま手に触れた拳銃を取れたのも、上がらない腕でどうにか撃った弾が、ちゃんと狙った頭のほうへ飛んだのも、ほんの偶然のなせる技だった。
太郎がいるのと反対側に拳銃があったなら、握って構えることさえできなかっただろう。
しかし、それでも城崎は、結果として弾が相手の頭に命中したのを確かに見た。
それなのに、寝ぼけて夢でも見たような勢いで、太郎は勢いよく身体を起こすと、あたりをきょろきょろと見回している。
頭には銃創どころか、血も付いていない。
(不死身だとでもいうのか? なんなんだいったい)
いったん起き上がった太郎は、なぜか今度はひどくうなだれた様子でじっと動かなくなる。
生き返ったと思ったのは間違いで、実はやっぱり死んでいるのか? とも思ったが、よく見ると両手で頭を抱えて小さくふるふると首を振っており、生きているのは間違いなかった。
かなりの時間そうしていたが、やがて無言のまま太郎がすっくと立ち上がった。
うつむいたままで表情は暗い。そうして太郎は城崎の方へ歩いて来る。その雰囲気に、城崎の背筋がゾクゾクと寒気を伝えて来た。
(なんかヤバい! くそっ、動けねぇ!)
ほどなく、太郎は城崎の頭の上に立った。
気絶したふりもできず、城崎はただ太郎を見上げるだけだ。
抵抗できない状態で、頭の側に立たれるのは恐ろしい。
いったい何をされることになるのか、城崎は固唾をのんで太郎の出方を窺った。
太郎はその位置ですっとしゃがむと、顔を城崎に寄せてきた。
「相談があるんですけど」
太郎の声は、さきほどまでとまったく違って、ひどく沈んだものだった。年齢相応の溌剌さといったものが、まったく感じられない声音である。
「あ……」
城崎は声が出せない。なんだ? この温度差は。何があった?
(まさかこいつ、ゾンビとかじゃあ……?)
撃たれて生き返った、正真正銘の死霊か怪物なのではないか? 幽霊は信じないし、オカルトにはまったくうとかった城崎も、映画などでゾンビが生きた人間を喰らうシーンくらいは見たことがある。
ゾンビがしゃべるのか、といった細かい設定までは覚えていなかったが、喰われる側の絶望にゆがんだ表情は目に焼き付いていた。
自分自身が太郎をピストルで撃った張本人であることもすっかり忘れて、城崎は生まれて初めて味わう恐怖に戦いた。
「く、食うのか? おれを……」
掠れた声を何とか絞り出し、城崎は訊いた。
目覚めた太郎は、自分がどこにいるのかをすぐに思い出す。
そして頭に手を当てると、撃たれた傷などどこにもなく、すぐ傍らにまたもピストルの弾が転がっていた。
どうやらほんとうに回復し終わったあとらしかった。
一日に、銃弾五発を受けるって、どんな中学生だよ、とぼやきたくなる。ただ、いまは空腹感も感じないし、身体もまた軽さを取り戻していた。
エネルギー満タンにしてくれたというのはほんとうらしい。
(てことは、宇宙人。ほんとにいたのか……)
夢ではなかったのだ。
そばには誘拐犯の二人がまだ倒れている。
仮想空間では宇宙人からずいぶん長いこと話を聞いていたと思ったのに、実際の時間はほとんど経過していないようだ。
太郎は宇宙人との会話を思い浮かべ、すぐに最大の衝撃をくらった告知に頭を抱えた。
(そうか。ぼく……もう大きくなれないんだ)
べつに他人より大きくなくていい。
せめて平均くらいの身長にはなりたいな、と願っていたのに、その望みは絶たれてしまった。
太郎はマリアナ海溝より深い失望を感じ、うなだれた。
しばらくそうしていたが、ずっとそのままとは行かないとわかっていた。
太郎は暗い気持ちを抱えたまま立ち上がり、自分を撃った男のところへ向かう。
気持ちの整理はつかないし、納得もできていないが、やるべきことはやらねばならない。太郎はしゃがんで男に話しかけた。
「相談があるんですけど」
誘拐犯は、一本背負いのダメージから、うまく声が出てこないようだ。
それだけでなく、太郎に対して妙に怯えている気配があった。格闘で負けたというだけにしては、ちょっと様子の違う怯え方に見えた。
それでようやく出てきた言葉が「食うのか?」である。
「はぁぁぁ?」
この男は自分を何だと思っているのか? いっそほんとに食べてしまって、エネルギー源にしてやろうか。ナノマシンの自分なら、きっと消化できるはず。
ただでさえ失意のどん底で虫の居所がよくないのに、と太郎は城崎を睨み付ける。が、さすがにかじりつくのは踏みとどまった。
「食べませんよ」
ふう、と太郎はため息をつく。
「美味しくなさそうだし」
空手使いの頬がびくっと震えた。構わず、太郎は本題に入る。
「あのですね。あなたの拳銃を、なかったことにしたいんです」
城崎はすくみ上がっていた。
思わず「食うのか?」と訊いてしまったが、何やらもともとよくなかった相手の機嫌を、さらに損ねたらしい。
太郎の中に膨れ上がった怒気が正面から城崎を圧倒する。しかし、相談とやらの中身は思いがけないものだった。
(拳銃を? どういうことだ)
太郎が続けた。
「ぼくに銃が通用しないことはもうわかったでしょ。でも、そっちとしても中学生に銃を向けたってことが警察にバレると、いろいろとよろしくないんじゃないかと思うんですよ」
確かに、銃があるのとないのとでは、問われる罪状の重さに大きな違いがあるだろう。
ましてそれを一般市民相手に使ったかどうかは、さらに累積される罪科の分岐点にもなる。
「ぼくのほうも、なんで撃たれて平気なんだ、とか訊かれても面倒なんです。だから、銃そのものの存在をなくしてしまいたい」
「なんで……平気なんだ?」
いまだ掠れた声で、思わず訊いてしまった。太郎の目がじろりと城崎を睨め付けた。
「……知りたいですか? ほんとうに?」
ものすごい威圧感が降りてきた。
情けない話だが、知り合いの暴力団の組長にすごまれたときでも、ここまで萎縮したことはない。どうにか失禁だけはこらえたものの、すでに城崎には太郎に逆らう選択肢は残っていなかった。
「いや……やめて、おく……」
「そうしてください」
太郎が威圧を解く。
まったく、なんという中学生だろう。
いやそもそもこいつは自称どおりに中学生なのか? もう何度となく疑ってきたが、ほんとうにただ外見がそう見えるだけではないのか。
「とりあえず、あなたは銃を持っていなかったし、ぼくも撃たれたりしなかった。それでお願いします」
「ああ……わか……た」
城崎が返事をすると、太郎は倒れたままの城崎の手から拳銃を取り上げた。
しばらく手に持って眺めていたが、やがて弾倉を外して残弾を取り出し始める。
拳銃は黒星と呼ばれる中国製のトカレフで、弾が八発入っていた。
元森が撃った四発と、城崎が撃った一発で、残りは三発。弾倉にある二発のほか、既に薬室に入っている弾も、器用に遊底を引いて取り出している。
ちゃんと拳銃の構造を知っているようだ。
(やっぱりこいつ、中学生に見えるだけの特殊なボディガードなのか?)
城崎はますます太郎の正体がわからなくなった。
初めて見る本物の拳銃に、深く沈んでいた太郎の気持ちがちょっとだけ上向いた。
ガンアクションのあるアニメは大好きで、可動部に本物と同じ構造を模したモデルガンも、リボルバーとオートマティックを合わせて数種類持っていた。
人前で披露できるほどうまくはならなかったが、指で銃をくるくる回すガンプレイも、一人でひそかに練習したことがある。
持っているモデルガンの中にトカレフはなかったけれど、もともとほかの拳銃よりも構造が単純にできているために、だいたいの使い方は見てわかった。実のところ、こんなチャンスはもうないだろうし、いちど実弾を撃ってみたいという欲求は、太郎にとってかなり強烈なものであったが、何とか誘惑に打ち勝って思いとどまった。
予想したとおりスムーズに弾丸を取り出すことができて、太郎は満足していた。
外した弾は回収したほかの弾や薬莢とともにポケットに収め、太郎はサイレンサーのついた拳銃本体を両手で包み込むように持ったあと、ぎゅっと押しつぶす力を込めた。
いきなり頭上でバキバキという激しい破壊音がして、見上げると拳銃が潰されていくところだった。
城崎は唖然としてその様を眺めていた。
まさか素手で拳銃を壊せる人間がいるとは思わなかったのだ。
太郎の手の中で、見る間に銃がプラスチック混じりの金属塊に変貌していく。
わずかな時間で、その手には、光沢のあるいびつな金属団子ができあがった。
この目で見ていても、それがもとは拳銃だったなどと信じられない。この馬鹿げた握力を、もし最初に発揮されていたら。城崎の手首から先はなくなっていただろう。
「……これを、どっかに隠しておくとしましょうか。とりあえず、万一見つかっても、これなら拳銃があったとはわかりにくいでしょ」
にっと笑いかけられ、城崎は今度こそ恐怖に失禁した。
警察が工場跡地に大挙して押しかけてくるのには、30分以上かかった。
(これじゃ、犯人が元気ならとっくに逃げちゃうよね……)
直接110番することも考えたが、事情を説明するのがものすごく大変そうだったので、とりあえずことりの携帯端末に連絡し、そこから世羅武雄を通じて警察に連絡してもらった。
あちらはすでに誘拐犯の一人を確保しているはずで、事情の説明不要なところから話を通した方がスムーズだろうと考えたのだが、それでもこれだけ時間がかかってしまうのだな、と待っていた太郎は嘆息した。
(それにしても)
投げられたダメージから回復できていない誘拐犯の二人を、警察官がそれぞれ両脇から支えるように抱え起こして連れて行く。
柔道家の大男は二人がかりでも重くて大変そうだった。
(まさか、おしっこ漏らされるとはなぁ……)
大人の失禁を目にしたのは初めてで、太郎はかなりの衝撃を受けた。
見てはいけないものを見た気がして、もともと悪いのは向こうだとはいえ、自分のせいだと思うと罪悪感でいたたまれない。
警察署まで連れて行くのに、パトカーのシートは大丈夫なのかなと、余計な心配までしてしまう。いったい自分の何がそんなに恐ろしかったのだろうか。
偽ケーキ屋はその後も意識はあるものの、ずっと呆けたようになってしまって、太郎が話しかけようとするとただ怯えるのみで返事もしなくなった。
大男も警官が来る前には意識を取り戻したが、こちらはどこかすがすがしい表情で構えており、おとなしく手錠をかけられるままだった。
太郎は太郎で事情聴取を受けたが、拳銃のこと以外は事実のみをおおむね正直に話した。
見た目まったく強そうに見えない、というよりはっきりひ弱に見える少年が、犯罪者で格闘技経験のある大人二人をたった一人でノックアウトした、ということについては警察側もまったく信じられないといったふうにしていたが、へたに嘘をついてもあとで二人が尋問されればすぐに露見してしまう。
別に無理して信じてもらう必要もない、と太郎は割り切った。大男の方は太郎が撃たれるところを見ていないはずなので、偽ケーキ屋が黙っていてくれれば、拳銃のことは伏せられたままで済むと考えていた。
ただ問題は、世羅家で捕まったはずの、目の充血した偽ピザ屋のほうだった。
(あの人は、取り調べで何を言うのかなぁ……?)
自分に向かって撃った銃のことを、そのまま証言するのだろうか。
現場でひととおりの聴取を受け、いずれまた所轄署に来て話してもらいたいとの要請まで受けて、ようやく太郎が解放されたのは、それから二時間ほど経った頃であった。
さすがに時間かかりすぎたよなぁと思いながら、太郎が借りたロードレーサーで世羅家に戻ると、こちらも偽ピザ屋の逮捕、現場検証が終わり、警備の警察官を残して引き上げたタイミングであった。
正門の警察官は先に警備をしていた二人とは既に交代済みで、太郎は家の中と連絡が取れるまで、しばし門前で待たなければならなかった。警察官の許可が出て、ロードレーサーを引きながら玄関に向かうと、真っ先に引き戸を開けて飛び出てきたのはことりである。
「太郎ちゃん!」
え、それもう定着? と太郎は心中で苦笑しながら「ただいま」と応えると、ことりはそれきり黙ってじっと太郎の顔を見つめる。
と、ことりの頬が見る間に上気していった。
「?」
太郎が不思議に思って見つめ返すと、ことりはなぜか無言のまま、出てきたときより高速で玄関に引っ込んでしまった。
「なんなの?」
自転車を専用スタンドへ立て、あらためて自分で玄関を開けると、今度はちょうど亜佳音が飛び出てこようとしたところだった。
「太郎ちゃん! おかえり!」
飛びついてきた亜佳音を太郎は柔らかく受け止め、自然に抱き上げる形になった。
「ただいま、亜佳音ちゃん」
誕生会の予定がとんだ横槍のために、またずいぶんと邪魔されてしまったが、亜佳音は上機嫌だった。
「太郎ちゃんが、悪いおじちゃんをやっつけたの?」
誰からどんな話を聞いたのだか、亜佳音が太郎にストレートな質問をぶつけてくる。……悪いおじちゃんか。
まあそういうことになるのかな? 太郎は内心ちょっと疑問を感じつつも、「そうだね」と頷く。
「すごいね、太郎ちゃん! 強いんだね!」
強いと言われるとそうなのだろうが、太郎としてはまだ自分が強いという実感がない。ふっかけられる喧嘩に、いつもおっかなびっくりで挑んでいる気がして、強者の自覚はいまだ持とうにも持てなかった。
「ことりちゃんの言ったとおりだね! ね、ことりちゃん!」
「そ、そうね、太郎ちゃんは強いのよね」
嬉しそうにことりを見る亜佳音だが、玄関にいたことりはなぜか太郎の方を見ようとせず、目を逸らしている。
彼女はいったい亜佳音に何を吹き込んだのか? と考えているところへ、武雄と多佳子も玄関に現れ、何より太郎の無事を喜ぶ夫婦の情熱的な歓迎に再びさらされて、太郎は二人に心配かけたことを詫びた。
お読みいただきありがとうございます。
週に1話ずつ更新します。
カクヨム様にも投稿しております。




