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カノン伝記  作者: 真喜兎
第五章 星降る夜の神
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45-1.人として

 イースターが暴れた後の中庭では、トーランが負傷者の手当てを優先させていた。そのためにイースターを追うタイミングが遅れた。


 その事でトーランは連日、議会の中で責め立てられていた。事態を知ったバートルが、イースターを逃がしてしまった事を直接謝罪に来たが、トーランはそれを許した。


 トーラン一人が責めを受ける形になり、トーランに王を辞任するよう求める声も出ていた。


 妻のリューマは「あなたはやるべき事をやった」と励ましてくれる。いつもなら強い言葉を投げつけてくる義父のオーストも、今回はなぜか庇ってくれている。しかしそれでもトーランはひどく疲弊していた。ぼーっとした顔つきで、城の中の誰もいない場所を選んで歩き回る。


 階段で行ける宮殿の屋根の上まで登ってきた。そこでは虚ろな姿をした先客が座っていた。







 星降る夜の神は、トーランを見ると軽く微笑んだ。トーランは昼間はほとんど姿が見えない星降る夜の神に、どこにいらっしゃったのかと問うた。


「余にもなぜそなた達に姿が見えたり見えなかったりするのかわからないのだ。そなたを責めるなと口に出しても見たが、どうやら聞こえる者はほとんどいないようだ」


 今もなぜまたトーランに声が届くようになったのかわからないと言いながら、星降る夜の神は星が出始めている空を見上げる。トーランはいつものように少し視線を落として答える。


「今回の事はわたしは責められても仕方がありません。あの男を逃がした事で、さらに犠牲が出てもおかしくなかった」


「確かにな」と、星降る夜の神は頷くが、「だがそれでも」と言葉を続ける。


「そなたが王にふさわしくないとは今は思わない。そなたが涙を流している時に思ったのだ。こんな王も悪くないと」


 トーランは少し顔を上げて、星降る夜の神を見つめる。


「余は戦う事しか知らなかった。戦う事が守ることなのだと思っていた。今もそう思っている。だが……」


 星降る夜の神は一度そこで言葉を止めて、軽く首を振る。


「誇りと命。どちらを守るのか、人によって考えは違うのだろう。だから余はもうそなたを責めぬ」






 トーランと星降る夜の神はしばらく言葉を交わしていた。星降る夜の神に部屋に戻るよう促されるまでトーランはそこにいて、そして考えていた。いつか竜達は命より誇りを選ぶ日が来るのかもしれない。その時はもう自分は王ではないだろうと。


 星降る夜の神を残して階段を降りていくと、下に金髪の少女がいた。外からの客人、カノンという子だ。昼間の内はダーダンやグラーンが街中を案内していて、それ以外の時は城の中を探検しているとダーダンに聞いていた。だからこんなところにいるのか、と思ったが、カノンは何かを待っているかのように、トーランに軽く会釈した後もその場を動かない。


「ここで何をしているのだ」


 一度はそのまま立ち去ろうとも思ったが、もう夕食の始まる時間もとっくに過ぎているはずだなと思って、カノンに声をかける。


「星の神様と話をしてみたくて……」


 カノンはこの宮殿の屋根まで上ってみようかと思ったら、星降る夜の神の声が聞こえたからと言った。誰かと話しているようだったので、ここで待っていたとも答える。


「何を聞きたいのだ?」


 カノンの顔が単なる興味本位でなく、何かに思い悩む風に見えて、トーランはつい尋ねる。カノンは困ったような顔で呟いた。


「実はどう聞いていいのかわからなくて、ずっと考えていたんです」






 人を喰った。何をどう考えても、それが許せない。カノンはそう言った。


 その表情は極力感情を抑えているようだが、それでも単なる嫌悪感以上のものが見えた。なぜそんなに強い感情があるのかについては、事情を言いにくいのか言葉を濁している。だからトーランはカノンが携えている剣を見て聞いてみた。


「そなたは人を殺した事があるか?」


 カノンは思わぬ質問に驚いた顔をした後、少し顔をしかめて、「はい」と答えた。


 それは十一の時だった。傭兵だった母リックが戦場に出ている時、カノンは父親代わりのマクと一緒に、避難所で負傷兵の手当てをしていた。カノンはマクに言われるままに包帯や消毒薬を取りに行ったりして、避難所の中を動き回っていた。


 大きめのテントの中に何度目か入った時だった。薄っぺらい布を敷いただけの地面に並べられている負傷兵の一人が、カノンの足を掴んだ。その青年は「ひゅー、ひゅー」と、風を切るような呼吸音を出していた。喉をやられ、その他にもあちこち致命傷と思われるようなケガをしているようだった。


「こ……ろ、して。こ……ろして」


 痛みに呻く青年は涙を流してカノンに訴えた。カノンはどうすればいいのかわからなかった。わからなかったが、青年の装備の中に小さなナイフがあるのを見つけた。


 誰にも見咎められなかった。負傷兵も、それを手当てしている衛生兵達もたくさんいたけれど、不思議な事にその瞬間を見ていた者はいなかった。テントから出てきたカノンの手は震えていたが、その心には確かに、小さな修羅が住み着いた。


「何が正しくて、何が正解だったのか、そなたにはわかるのか?」


 トーランの問いに、カノンは思わず目をそらす。そして考えて「いえ」と返事した。


「人を殺す事はわたしにとっては許せないこと。だがそれも人と時と場合が違えば、行われる事もある」

「わたしは、間違ってた……?」

「誰かは許せないと言い、誰かは許すと言ってくれるだろう。わたしは許せない気持ちの方が強い。そなたはその後も剣を握り続け、人を殺めた事もあるのだろうから」


 カノンはうつむいて、母リックと共に盗賊退治に行った事を思い出す。リックには覚悟を決めろと言われた。戦うという事は、そういう事だと。


「わたしにとって正しい事は戦わない事だった。だがそれも正解ではない。そなたが戦う事で救われたものあれば、わたしが戦わない事で危険に陥ったものもある。責めてもいい。だが戦った理由も、戦わなかった理由も同じところにあるかもしれないのだ」


 トーランはそう言った後にカノンの頭を撫ぜ、「よく頑張ったな」と言った。


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