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カノン伝記  作者: 真喜兎
第五章 星降る夜の神
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43-2.星降る夜の神

 顔も体も黒い鱗に覆われた男が、気づけばそこに歩いてきていた。竜人の男性にしては小柄で、メヤーマほどの身長しかない。


「黒竜? どこの若造だ?」


 誰かがそう言うと、その男は顔中が鱗に覆われているというのにそれでもあからさまにわかるほど、眉間に深い皺を作る。


――若造だと? ()を誰だと心得る。人でありし時は黒天王の名で呼ばれ、天に上りし今は星降る夜の神を名乗る竜族の王である!――


「黒天王……!? 二百年前に存在した、トーラン王の前の最後の王。大陸の真ん中に竜人の国を作ろうとした覇王だ……!」


 博識な魔石使いのディーバンが叫ぶと、中には感激のあまり膝をつく者もいた。


「星降る夜の神よ……」


 トーランは冷静な顔をしていたが、いつもオーストにするように軽く頭を下げて視線を落とした。すると星降る夜の神は眉をひそめる。


――王たるものが簡単に頭など下げるな。だから貴様は軽く見られるのだ――


 トーランと星降る夜の神の会話など気にせず、イースターは星降る夜の神に斬りかかった。星降る夜の神は身をよじってそれを躱すも、その後の攻撃を完全に躱す事はできなかった。


 数か所切り傷を負った星降る夜の神を見て、イースターはぞっとするような笑みを浮かべる。


「ハハハ、やっと貴様を斬り殺せる時が来たか? だがすぐに殺しはしない。答えろ。なぜ貴様に刃が届くようになったのかを」


 星降る夜の神を傷つけた事で、周りの竜人達が再び殺気立った。


「トーラン、もう引けとは言わないだろ?」


 ゴーデンは既にイースターに傷つけられたものの、闘気を失わずに指を鳴らす。他の者や、鷹常の側についていたグラーンも武器を持って構えている。


「……捕えろ。殺すな。捕らえるのだ」

「まだ、んっなあめえ事を……!」


 トーランに非難の目が集中しているその間に、イースターは頭を捻る。


「さて、ひと暴れしてもいいが、それだと星神に剣が届いた理由が知れないままになるか……? お嬢ちゃんを人質にする手もあるが、チョーワとかいうガキが邪魔だな」


 その時、イースターに近い距離にいたカノンが、恐る恐る口を出した。


「あんた、イースター。あんた神様に用があるんだろう? なぜ? なんの目的があるんだ?」


 声をかけられたイースターはカノンの不安そうな顔を見て、思い出したように片眉を上げた。


「どこかで見た事があると思ったら、こいつディアンダのクソガキに似てるんだ。まあ他人の空似か。どうでもいいぜ」


 イースターがカノンの問いに答えないでいると、トーランが同じ質問をした。






 八大神は人を生贄にする邪法を行い、そうする事で神となった。そう説明するイースターを星降る夜の神は睨んでいる。


「ああ、勘違いするな。おれは邪法を行った事を責めたいわけじゃない。目的のために手段を選ばないってのは、おれも同じだからな。ただおれは、下衆な邪法に手を染めながらそれを人のためだとのたまう傲慢さが、気に入らないだけさ」


 そのイースターの言い回しは、カノンの勘に引っかかった。


「もしかして、あんたもその邪法とやらを……?」

「なんだ、おまえ。案外鋭いな」


 イースターはへらへらと笑っている。


「まあおれは神に近づくためにやってただけだ。神そのものになる気はないから、途中でやめたがな。だが四人は食ったな」

「食った……?」

「その邪法ってのは生贄の心臓の血をすする必要がある。肉を食うのでもいいがな」


 カノンはぞわっと身の毛がよだった。それは以前、青空を映す神が言っていた魔帝が母に行った事と一緒だ。まさか、魔帝もそのために? いや、そんな事どうでもいい。カノンは今、武器を持っていない事がひどく悔やまれた。


「下衆は貴様じゃないか……!」


 誰かが代わりに叫ぶ。


「何と言ってもらっても構わないぜ。おれは正義を名乗る気はないからな。神を討つ理由を正当化する気もねえ」

「開き直りじゃないか!」


 イースターはそう言われても、平然と笑っている。


――余は――


 星降る夜の神が喋りだすと、みんながそちらを向いた。


「余は崇高なる理想の下、我が子らに犠牲を強いた。全ては我が竜族の栄光と繁栄のため」






 二百数十年前の世界では、星降る夜の神と青空を映す神を除いた六人の神が既に存在していた。


 明確な力を持った神を崇める種族の結束は強くなり、それまで些細な事で争いが起こってきた世界の中で、泰平の世を確かに形作り始めていた。逆に月国地方のように同じ神の威光を巡って争う地域もあったが、それでも世の混乱はおおむね治まりつつあった。


 ただその一方で確かな神を持たない種族は、下位に見られて、不当な扱いを受ける事があった。特に竜人などは、鱗を持つ姿が普通の人間達とかけ離れている事もあって、魔人と蔑む者もいた。


 竜人の地位と誇りを守るため、黒天王は竜人達を束ね、国を作るための戦に明け暮れた。しかしいくら勝利しようと、神を持たない種族は正当化されなかった。


 そんな時、黒天王は新天の神の声を聞いた。神が必要ならば、己が神になればよい、と。


 その呪術の残酷さには、さすがの黒天王も眉をひそめたが、それでも黒天王の信念は揺るがなかった。






「迷う事は我が子らの覚悟を侮辱する事なり。畜生道に身を落としながらも、余は悔やまぬ」


 空間内に響いているようだった星降る夜の神の声が、いつの間にか肉声になっている事は誰も気にしない。悔やまぬと、冷静な顔で言っている星降る夜の神だったが、カノンやトーランにはそれがなぜか星降る夜の神の苦悩のように思えた。


「邪法とは自分の子供を犠牲にするものなのか?」


 そう囁く声も聞こえたが、多くの竜人達は星降る夜の神の信念と覚悟を称えた。


「神になる方法があるとは驚きですね」


 イースターや星降る夜の神から離れた距離にいる鷹常が呟くと、鷹常を守るように立っていた獅子が少し振り返る。


「その方法、問いただしますか?」

「いいえ、必要ありません。わたくしがなるべきは神ではなく、王なのだから」

「御意」


 鷹常と獅子は静観を決め込む事にした。ニルマも今は何もできず、ただイースターを睨んでいるだけだった。


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