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カノン伝記  作者: 真喜兎
第五章 星降る夜の神
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43-1.星降る夜の神

 カノンに掴みかかった男と、ゴーデンはしばし揉めていた。


「おまえだって……!」

「竜人族の痛みはみんなわかってる」


 ゴーデンは自分がメヤーマに言われた言葉で、その男をなだめる。男はそれでもしばらく恨み言を言っていたが、最後には少し涙しながらゴーデンの言葉に頷いた。


「おれだって許したわけじゃねえ。でもな、こいつらは敵じゃねえ。家族の事を考えろ。おまえが恨みに生きれば、そのとばっちりを受けるのはおまえの家族かもしれないんだ」


 男が去ると、カノンはゴーデンにお礼を言う。しかしゴーデンはふんっと背を向ける。


「おれは馴れ合う気はねえぜ。トーランの野郎が決めた事だから従ってるだけだ」


 ゴーデンが大きな体で人を押しのけながら遠ざかると、今度はメヤーマが声をかけてきた。


「みんな意地を張っていたいんだ。言うほど毛嫌いしているわけじゃないよ、たぶんね」

「うん……大丈夫……です」


 そう言っているカノンにオーストも声をかける。


「娘、赤い鱗を返したいと言っていたな。後で星降る夜の神の神殿に案内してやる。そこで鱗を返すがいい」

「あ、ありがとうございます……!」


 カノンは大人達にも徐々に受け入れられてきているのを感じて、嬉しそうな顔をした。アネネも近寄ってきて「大丈夫だったかい?」と、カノンを心配する。カノンは「大丈夫だ」と笑顔で答え、また穏やかなパーティーが再開された。






 日が暮れかけて、人がまばらになってきた。松明を持った男が会場を回り、灯りに火を灯していく。


 灯りに顔を照らされながら、カノンは会場の中を歩いてくる男に気づいた。竜人ではない。大剣を持った左頬に傷のある男だ。まだ残っていた竜人達も、今まで姿を見なかったその男を不思議そうに見ている。


「な、なんであの男がここに……?」


 カノンがその男を見たのは、二度。弦の国を出た時と、北エルフの国にいた時だ。どちらもここからは遠い北東の国だ。カノンは気づいていないが、ニルマも北エルフの国にいた事があって、その男と話した事がある。だからニルマも自分の目を疑っていた。


 ただその左頬に傷がある男もニルマを見て首を捻っていた。


「おれの記憶違いか? 見覚えのある奴がいる気がするな?」


 アネネが「イースター」とその男の名を呼ぶ。


「どこ行ってたんだい? パーティーはもうそろそろお開きみたいだよ」

「ああ、おれは星神を探しててな」


 イースターはアネネの言葉に一応答えるが、まだニルマが気になるように視線はそちらに向けたままだ。それからカノンにも視線を向ける。


「こっちの女も見たような……? いや、気のせいか? 記憶力には自信があったんだがな。おれも焼きが回ったか?」


 イースターは気安く話しかけてくるアネネに返事はしているものの、合点がいかないというような表情でニルマやカノンを見つめている。


「イースター、とにかくみんなに紹介するよ」


 アネネがそう言った時だった。まだパーティーに残っていた竜人の一人が叫んだ。


「イース・タンデスだああ!」


 ほとんど悲鳴に近いような叫びだった。会場中がざわついて、イースターは舌打ちする。


「まったく、おれはイースター・ンデスだと言うのに」


 そのイースターの呟きはアネネと、アネネに近づいていたカノンには聞こえていた。


「イース・タンデスだと? わしの子供の頃に聞いていた名だぞ? こんなに若い男のはずはない」


 離れたところにいるオーストの声が聞こえたかのように、叫んだ男が言葉を続ける。


「おれは見た事があるんだ! あの顔、左頬の傷、間違いない! あの男は簡単に人を殺すぞ! 今すぐ捕まえろ!!」


 会場中がざわついて竜人達が殺気立ち始め、ゴーデンを始めとした戦士達がイースターを取り囲み始める。イースターはやれやれと肩を竦めた。


「この数の竜人を捌くのは、おれでも骨なんだがな。だがまあしようがねえか。竜人を殺してりゃあ、星神も出てくるかもな」


 イースターは剣を抜く。すかさずゴーデンが襲いかかった。イースターは応戦してそのまま切り殺そうとするが、ゴーデンはなんとか致命傷を避ける。


「山奥に籠って戦いを忘れているかと思えば、案外やるな」


 イースターがなおも追い打ちをかけようとすると、間に小さな影が割り込んできた。赤毛の小さなお嬢ちゃん、アネネだ。怯えた顔をしているが、必死で手を広げて立っている。


「イースター、やめておくれよ。みんなを傷つけないで」


 イースターはたった一歩の距離に立ってアネネを見下ろした。


「や、やめろ!」


 カノンはアネネに駆け寄ろうとする。パーティーだという事で武器は持ってきていなかった。イースターはアネネを見たまま、にやっと笑った。


「いいぜ、お嬢ちゃんがおれの相手をしてくれるんならな」


 イースターはそう言った瞬間、アネネの顎に手を当て、唇にキスをした。アネネは驚いて固まっている。カノンも一瞬驚いて動きが止まった。周りの動きも止まっていたが、一人唸り声を上げてイースターに飛びかかった者がいた。


「うがあああ!」


 チョーワだ。イースターが飛びのくと、「があー、があー」と息を荒くしながらアネネを背にして立ちはだかる。


「おっと、そういや、この小僧もいたな」


 イースターが、「さて、どうするか」と考えていると、「双方、引け!」という力強い声が響いた。






「この竜の里で争いは許さない」


 騒ぎを聞きつけたトーランが出てきていた。いつも感情を荒げないトーランが、強い眼差しを向けている。


 トーランがイースターに近づこうとすると、メヤーマが慌ててそれを止めようとした。しかしトーランはメヤーマや他の戦士達を制して、イースターの前に立つ。


「そなたはわたし達と戦争をしに来たのか?」


 イースターは「いや」というように肩を竦める。仕掛けたのはこちらだと誰かが言うと、トーランは竜人達を見回した。


「竜人狩りの悲劇を繰り返すな。わたし達は戦争などしない。この男が何者であってもだ」


 竜人達はざわついた。トーランの意見に従おうとする者と、弱腰じゃないか? と訴える者がいた。トーランは静かにざわつきが治まるのを待つ。その時だった。その空間内に声が響いた。


――なぜ、戦わない?――


 イースターは「来たか」と呟いた。


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