42-1.竜人達の独善
トーラン王の瞳は爬虫類の目のように感情のないものに見えた。
「お腹が痛い」
カノンは竜人の敵意に晒されるストレスからか、連日、腹痛を訴えていた。医者に診てもらい薬をもらったが、トーラン王の瞳を見ているとまたお腹が痛くなってくる。
「この後の決定は、トーラン王の一存による」
誰かがそう言っていたのだが、竜人達の――恐らく国民の代表と思われる者達の話し合いは続いていた。たくさんの竜人が集まっていた集会と違って、声高にカノン達の処刑を叫ぶ者はいないが、それでもカノン達には厳しい視線が向けられる。
鷹常は自身の国である弦の国との国交を開いてほしいと訴える。
「なんのために? 竜の里は貧しい。そなたの国に利益はなかろう」
「そんな事はありません。わたくしが見た限りでは……」
鷹常は鉱山資源がどうの、竜人の戦闘能力がどうのと言っていたが、カノンはあまり聞いていなかった。
「我々を利用する気か!」
竜人の怒声にすっかり臆病になり、カノンは身を縮こまらせる。鷹常は竜人側の利益も述べて、なんやかのと話し合っている。それに頷く竜人も何人かいたが、まだ鷹常の素性を疑い、頑固に処刑を訴える者もいた。
「トーランの野郎、なんでさっさと処刑しちまわねえんだ!」
ゴーデンは鍛錬用に建てられた木の柱を、平手で破壊する。
「くそっ、また壊れやがった!」
ゴーデンは苛立たしげに地団太踏み、その様子を恐れた他の竜人達は端に寄っていく。ゴーデンやグラーン、メヤーマは代表集会に参加しておらず、鍛錬場にいる。彼らはあくまで戦士だからだ。それでもカノン達にどういう処分がなされるのか、ずっと気にしていた。
「あたしはトーランに賛成よ。竜人族の痛みはみんなわかってる。だからと言ってそれを他の奴らにぶつけちゃったら、あたし達は竜人狩りをしていた奴らと一緒じゃないか」
「それでおれ達の怒りが治まるかっていうんだよ! 親父もじいちゃんも殺されたのをおれは見てる! 奴らも片っ端から殺しちまえばいいんだ!」
ただならぬ剣幕で怒鳴るゴーデンに怯まず、メヤーマは鍛錬用の剣を抜く。
「これから人の親になろうって奴が、バカな事言ってるんじゃないよ! 来な! 根性叩き直してやる!」
「お、おい、頼むから安静に……!」
メヤーマのお腹はまだそれほど大きくなっていないが、中にはゴーデンの子供がいる。そんなメヤーマに叱られると、ゴーデンも慌てて一応はちゃんと考えようという素振りを見せる。
「夫婦喧嘩は犬も食わないっていうよ~」
しゃがんで二人を眺めていたグラーンが茶々を入れると、ゴーデンは「うるせえ!」と怒鳴り返す。グラーンはそれを気にせず、「はあー」とため息をつく。
「やっぱり処刑されちゃうのかなあ。大人はゴーデンみたいなのばっかりだもんなあ。最悪おれが逃がしてやるか……」
グラーンはまたため息をつく。その後ろではダーダンがにやりと笑っていた。ダーダンは何も言わずに、鍛錬場から出て行った。そして代表集会が終わって執務室に戻ろうとしているトーラン王を待ち受けた。
ダーダンは腕を組みながら廊下の壁にもたれかかっている。トーランはダーダンに気づいたが、声もかけずに前を通り過ぎようとする。
「肝が冷えるだろ?」
ダーダンの前を少し通り過ぎたトーランは歩みを止める。
「おまえは……わたしにどうしてほしいのだ?」
「どうも。ふふん、ただの嫌がらせさ」
トーランはダーダンの方は見ないまま、静かに呟く。
「わたしは処刑などしない」
「知ってるさ」
「でもみな納得はしない」
「そうだな」
それでさあどうする? とでも言いたげに、ダーダンはにやにや笑っている。その無言の質問には答えず、トーランがそのまま歩き出そうとすると、前から女性の竜人が小走りで近寄ってきた。顔中が深緑色の鱗で覆われたその女性は、トーランの妻でリューマという。
「あの子達はどうなりました?」
トーランがまだ処分は決定していないと言うと、リューマはトーランに詰め寄る。
「どうして早く解放してあげないのです? 女の子がいるんですよ?」
竜人の中にはリューマのようにカノン達に肩入れする者もいた。カノン達が赤い鱗の竜人を看取ってくれたという話を信じ、その恩に報いるべきだと考えている。一般の国民もそう思っている者は少なくない。カノンが国民集会の場で必死に話した事は、無駄ではなかった。
ただリューマの父のオーストのように、処刑以外考えていない者もやはり少なからずいた。
「なぜ奴らを処刑せんのだ」
義父を前にして、トーランは軽く頭を下げる。
「わたしは彼らに危険はないと考えています」
「危険があるかないかなどどうでもいい。必要なのは竜人族の怒りを浄化させる事だ。そうでなくては竜人族は先へは進めない」
オーストがそう言うと、リューマはオーストに抗議する。
「やり場のない怒りを、罪もない彼らにぶつけるなんて間違っています!」
義父に言いたい事をリューマが代弁してくれるのはありがたかった。しかしオーストは娘の言葉にも耳を貸さない。「黙れ、リューマ」と言うと、背を向けた。
「わしは数日出てくる。それまでに奴らの処遇を決めておくのだな」
オーストを見送るトーランとリューマの後ろで、ダーダンはにやりとしていた。
「オーストおじさんがどこに行ってるか、おれは知っているぜ」
ダーダンはリューマには聞こえないように言う。その話を聞くと、トーランはくるっと踵を返した。
「ダーダン、手伝え。わたしは彼らを解放する」
ダーダンはにやっと笑って、「了解」と答えた。
常人なら数日かかるであろう山道を、オーストは僅か一日で走り抜けた。そしてエーア地方の麓の村に来る。そこは普通の人間達の村だ。
オーストが姿を現すと、村人達は歓迎するようにオーストに声をかけてくる。オーストはあまり愛想のある顔をしないが、それでも人間の多くは竜人を温かく迎えてくれる。それをオーストは知っていた。
オーストは村の奥までやってくる。そこの小さな家にはおっとりした雰囲気の四十代後半くらいの女性がいた。
「オースト様」
女性はオーストを見ると、編み物をしていた手を休め、にっこりと微笑んだ。




